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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-6


 戦いに関して、ノゾミは非常に淡白な考えを持っていた。

 先手を取り、相手が何かする前に殺しを狙う。殺しきれなくとも、何かしらの部分を潰し、行動を封じる。

 戦って何かを決めること自体は好きだ。シンプルでわかりやすいことは良いことだ。けれど、戦い自体を楽しむということはしなかった。


 死神と呼ぶのは大げさだ。そこまで大それた話ではない。ただ、ノゾミの性格は冒険者というよりもアサシンに近いことだけは確かだった。

 そんな戦い方をしているので、大抵の場合、弱点を見つけた相手はそのまま死んでいった。こちらが先制攻撃を与えた相手に逆転されたことも、ほとんど記憶になかった。


「葉が、足場がもうあまりないわ」

「壁があるだろう。君がたまにやるように、今回も利用したら?」

「鍾乳石ですよ。しかも、湿気でぬるぬるの。ノゾミさんのブーツはそこそこ上等ですけど、トカゲのようにはいきません」

 メドウスが小さく笑った。何を言っているんだと。

「マジックモーメントがある。教えただろ? あれは筋力を上げるだけじゃない。マナには引き付け合う力があるって言ったのは、……ああ、君じゃなくてラトルだったね」


 ノゾミは神妙な面持ちで確認する。

「つまり、壁にくっつけと?」

「そこまでは言わない。止まるんじゃなく、蹴るだけだ。ノゾミの力なら、普通の土壁のように使うくらいはできるはずだよ」


 試しに足にマナを集め、吸い付くイメージで動かしてみる。そのまま軽く足を持ち上げると、ぶよぶよと葉が足の裏にくっついて来る感覚があった。

 若干気持ち悪いが、確かにこれなら何とかなるかもしれない。ぶっつけ本番は気が進まないが、仕方ない。念のために、失敗して滑り落ちても大丈夫なように、ルートを頭の中で組み立てる。 


「いいわ、やりましょう」


 作戦会議はここまでだ。

 ノゾミとメドウスは、まばらに浮く葉を蹴りながら同時に突っ込んでいく。

「自分から死にに来たか」

 戯言は無視して、冷たい目でヴィエントの挙動を見据える。奴の脳髄は機械だ。頭を切り替えろ。野生動物をベースにしたゼノボアなどと違い、必ずプログラムに則った行動を取るはずだ。


 ヴィエントが手を振りかぶった。

 二人はそれを合図に直角に方向を変え、離散する。その先は汗ばんだ灰色の鍾乳石だ。踏み込むと同時に、マナを巡らせる。

 思っていたよりも走りにくい。足元の水分が粘り気を帯びるように、靴底を離そうとしないのだ。

 ここに来ては滑るよりはましだと思うしかない。普段は疾風のように駆け抜けるところだが、今は不格好なカエルだ。捕まらないことを祈りながら、走る。跳ぶ。

 メドウスはマジックを使い、一番奥の花を焼いた。ノゾミも合わせて、隣の花にレーザーを発射する。燃え上がる蓮の花。

 やはりだ。ノゾミは確信した。

 生花がレーザーを当てた程度で、しかもここまで湿度の高い場所で、こんな不自然な燃え上がり方をするわけがない。これは用意された弱点だ。


「当たりよ、メドウス。続けて!」

 タネは割れてしまった。一番の難関である最奥の花は、既に燃やした。あとは油をタルに注ぎ込むモルジアナのように、淡々と作業を進めるだけ。ランプも指輪も必要ない。

 ようやく狙いに気付いたヴィエントが、慌てて竜巻を操作する。発生させるときは素早い水柱だが、立ち昇った状態での移動は苦手なようだ。ノゾミたちには追い付かない。二人は迂回して竜巻をかわすと、勢いよく葉に着地する。

 少し飛んだ位置が高過ぎたか、足を乗せた部分から亀裂が走り、大きく沈む。慌てて足を踏み直す。ふらつき、バランスを取る。一回、一蹴りだけもてば、それでいい。

 ヴィエント自身も不自然な軌道の跳躍で追いかけて来るが、それこそ手遅れだ。既に二人は二つ目を、そして最後の花を同時に焼き尽くしていた。


「ぐああああ」

 断末魔の叫び。ヴィエントがゆっくりと崩れ落ちる。

 冒険者二人は、肩で息をして、顔を見合わせる。二人とも、汗と水しぶきでずぶ濡れだった。

 ノゾミが片手を掲げる。不思議そうにそれを見るメドウス。

「あー、そうね。メドウス、右手上げて」

「こうかい?」

 パチンと軽快な音が響いた。勝った時はこうするのよ、とノゾミは言った。

「今までしてなかったじゃないか、今思いついたんじゃないだろうね?」

 メドウスは笑った。二人して酔っ払いのように笑い合った。


 揺れる湖面は、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

 花が消えた後は、ちぎれ飛んだ緑の葉のみが浮かんでいる。コバルトブルーの水面が、やけに毒々しく感じられた。

 最初に感じた聖地らしい様子はどこへやら、どちらかといえば緑の地獄だ。


「さてと」

 葉の上でうつぶせに倒れている老魔法使いに近寄る。ローブの隙間から、黒い煙が上がっていた。鼻の奥に染みる臭い。樹脂の焦げる臭いかとノゾミは思った。

「くそ、貴様ら、花の秘密になぜ気付いた」

 かすれた声。いや、違う。ノイズが混じっているのだ。

「当てずっぽよ、なんだか花が不自然で怪しかったから」

「ちっ、……次からは、もう少し気の利いた答えを用意しておけ。嘘でもかまわん」

 利用されるだけのNPCからの、最後の皮肉か。

 ヴィエントは死んだ。いや、破壊したというべきか。


「杖、持って行きましょ」

 ノゾミが杖を持ち上げると、ヴィエントの身体から上がる煙が激しくなった。

 二人がその葉から飛び降りると同時に、古の魔法使いの身体は炎上し、ひとしきり燃えた後、熱水の中へと沈んでいった。葉が遺体を包むように、巻込まれていった。


 ノゾミは手を胸の前に出し、少し迷った顔をする。

「こうだったかしら、ブッダ教のお祈りって」

 昔の記憶を手繰りながらの合掌とお辞儀だ。

「ノゾミさん、指先は組むんじゃなくて、伸ばすんですよ」

 ありがとう、とノゾミは珍しく素直に従った。


「それがここらの地域の作法なの?」

 メドウスが聞いた。

「さあ、たぶん」

 曖昧に濁しておく。二人は向こう岸に置いたままの荷物を回収し、奥の洞窟へと渡った。


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