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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第12話 地獄めぐり
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12-1


 レヴィベ山脈を越え、ベツレヘムの村を過ぎた先。この世の果て。

 そこには地の底へと続く、巨大な洞窟が口を開けている。

 アグアス・テルマレスとは七つの地獄の総称ではあるが、それらの地獄が同列というわけではない。この洞窟こそが、真の意味でのアグアスなのだ。


 洞窟の入り口にある、ココディロ。洞窟の内部の、オセアン。そして洞窟の深奥、ヴィエント。

 洞窟を悪魔だとすれば、周囲の四つのアグアスは、悪魔を祀るための祭壇に過ぎない。その祭壇に捧げられる羊こそが、無謀なる冒険者たちなのだ。


「僕もそこまで詳しく覚えてるわけじゃないから、簡単な説明になっちゃうけどね。洞窟の入り口には、ココディロがある。竜のアグアスだ。竜というのはターコイズガーゴイルのことで、盗賊からアグアスを守るとか、入る資格があるかどうかを確かめるとか――。とにかく門番みたいな役目をしてる」

「それよそれ。そういうのを待ってたのよ」

 ノゾミは心から嬉しそうだ。とにかく倒して入ればいいわけね、と物騒なことをつぶやいている。


「ターコイズガーゴイルは小型の竜だ。羽はないから、大型のトカゲって呼んだ方がいいかな。けど、その分動きは素早いらしい。特に記述があるわけじゃないけど、洞窟内に巣を作ってたりする可能性もあるね」

 恐ろしい話を聞くたびに、ノゾミの足取りは軽くなる。

 ちなみに今回、馬はベツレヘムに預けたままだ。洞窟内に乗り入れるわけにもいかないし、ガーゴイルを餌付けするつもりもない。


「地図によると、あの先だ」


 ノゾミ達はちょっとした崖の上から様子をうかがう。洞窟の入り口をちょうど見下ろせる位置だ。

 なるほど地獄呼ばわりされるのも頷ける。

 切り立った岩肌に走る、太い亀裂。縦に大きく裂けた穴の奥からは、細い川が流れ出ていた。亀裂の奥は、漆黒の闇。

 水か。そういえば途中で見た崖は、石灰岩だったような気もする。中は鍾乳洞になっているのかしら。


 川は入り口のすぐ近くで池を作り、ほとりには何頭もの竜がうろうろしていた。鮮やかな水色の鱗。あれがターコイズガーゴイルか。

 確かに小柄ではあるが、ドラゴンの名に恥じない立派な大顎には、細かい歯がサメのようにびっしりと生えていた。


 そして最大の問題。

「ちょっと数が多いわね」

 ちょっとどころではない、見えるだけでも十数匹はいる。水の中や木陰に隠れてもいるだろうし、これではせっかくのダンジョンに入る事すらできない。


「どうするんですか? 強引に突っ切って入れたとしても、今度は洞窟から出られなくなりますよ」

 心配するラトル。

 メドウスは言った。

「いや、たぶんその心配はないと思う。ゴードンは別の出口を見つけて、そこから逃げ出してる」

 そこらへんはさすがというべきか、ダンジョンっぽい作りをしている。開発者の気遣いだろうか。


 ならば、とラトルが聞く。

「はーい先生、そちらの出口から入るのはダメなんでしょーか?」

「却下。何もない山をうろついて探すなんて、面白くないわ」

 ノゾミの却下は予想の範囲内だったが、メドウスからもやんわりと否定された。出口とされる場所は不明で、探そうにも見つかるかどうかも怪しい。

 もっとも、もし用意されていたとしても、崩落などでつぶれている可能性は常にある。あまりあてにはしない方がいいだろう。


「とりあえず、やれるだけやってみましょ。もし出られなくなった時は、エドモン・ダンテスでも探してみるわ」

 ノゾミはバッグをごそごそと漁り、怪しい薬品をいくつか取り出す。手早くいくつかの液体を混ぜ合わせる。

「洞窟から流れてる川に、毒を流そうと思うの。あいつらタフそうだし、全滅はしないと思うけどね。ぐったりしている間に走り抜けましょう。ああ、陰に隠れてる奴に奇襲されないように、索敵はしっかりね」


 言うが早いか、いかにもな色をしたオレンジ色の瓶を川へと投げ込む。躊躇も止める暇も無かった。

 瓶は乾いた音を立てて砕け散った。

 水量はそう多くない。池部分を中心に、色のついた液体はゆっくりと広がっていく。


「ちょ、ノゾミさん、何してるんですか!」

 慌てるラトル。環境破壊だの汚染だのといった言葉が駆け巡る。メドウスも、あまりに大胆なその行動に、顔を引きつらせていた。

 二人を無視して、ノゾミは次の手を用意する。粗雑な作りの煙幕だが、野生動物の嫌う臭いをまき散らすものだ。火をつけて河原へと投擲。

 数回の破裂音とともに、鼠色の煙が周囲を覆う。


 煙はやがて晴れ、哀れなターコイズガーゴイル達が再び姿を現す。水辺のガーゴイルは、ぐったりと顎を地べたにつけて寝そべっている。口の端から泡を吹いている個体もいた。

 運良く逃れたものたちも、よたよたした足取りで木陰に入り込もうとしていた。


「今よ」

 ノゾミは崖の中腹まで一息に駆け下り、メドウスに早く来いと手で合図を送る。

 あっけにとられるメドウスだったが、この期に及んで戸惑うほどグズではない。


 二人は苦しむガーゴイルの間を縫って、洞窟内に滑り込んだ。

「ガアァァ」

 突如、よだれを垂らしたガーゴイルが襲い掛かる。毒の影響は軽微。入り口にある岩陰に隠れていたのか、煙に追われて逃げ込んだのか。


 とっさに身をひねり避けるノゾミ。メドウスを庇うように前へ出ると、

「邪魔よ」

 敏感な鼻先を狙い、思いきり蹴り飛ばした。

 体重は軽いとはいえ、アーマーで強化された蹴りだ。おまけにブーツには鋼鉄の芯。

 ガーゴイルはぐひゅうと無様な悲鳴を上げ、バシャバシャ騒がしく這いずり逃げる。


 先を急ぐ。とりあえず、ガーゴイルの届かない位置までは。

 二人は薄暗い川原を走り、奥へ進んでいった。


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