09-6
川原に倒れていたのは、まだあどけなさの残る少女だった。
少女はオーラと名乗った。
山菜を取りに山へ入ったところ、いきなり切りつけられ、あそこまで逃げたところでついに力尽きたらしい。
誰にやられたのかと聞いてはみたが、見ていない、と申し訳なさそうに首を振った。傷が思ったより浅かったのは不幸中の幸いか。
いや、おそらく違うだろう。そうノゾミは推測していた。
姿を消しておきながら、武装もしていない少女を殺せないはずがない。あのモンスターは明らかに手加減をしていた。
奴が人為的に設定されたモンスターである限り、町や村など、人が多数いる場所には入ってこないはずだ。行動パターンが変わっていなければ、だが。
ノゾミは自分たちが変なフラグを立てていないことを、天に祈った。
村についた一行は、すぐにオーラを医者まで運んだ。駆け付けた村長に事情を説明し、後を任せる。今夜はこのまま村に一泊することになるだろう。
予定通りの宿泊先なのに、先の一件のせいで、落ち着けない一夜になってしまった。
ノゾミは村長に、モンスターについて何か知らないか尋ねてみた。何でもいい、最近変わったことは無いかとも。
最初は心当たりが無いと言っていた村長だったが、ノゾミが例のモンスターの特徴を伝えると、目の色を変えてあるモンスターについて語り始めた。
なんでも昔から村に伝わるモンスターで、持ち物の一つに、姿を消すマントがあるらしい。昔この地域にいた小賢しい青年が、そのモンスターからマントをくすねたことがあるとかなんとか。
最初は真面目に聞いていたノゾミだったが、すぐにただの民間伝承ではないかと思い始める。だいたいその時マントをくすねたのなら、あいつが持っていたのは何だというのか。
どうやらさっさと一人で酒を飲みに行ったグレンが正解だったようだ。
「昔、同じような話を聞いたことがあるよ。マントをくすねたのは、魔法使いのゴードンだったけど」
メドウスですら、村長の長話にはぐったりだったようだ。
「まあ、姿を消す話なんて、地球にも山ほどありますからねー。話半分に聞いときましょう」
三人して出てくるのはため息のみだった。
「そういえば、あいつの名前を教えてくれないか?」
「なんで私に聞くのよ」
「こうがくなんとかって呼んでたじゃないか」
ああ、あれか。
「光学迷彩ね。あいつのことじゃなくて姿を消す、そうね、姿を消す魔法のことよ」
魔法と言う単語を口にするのに、一瞬ためらう。
名前なんて何でもいいが、確かに名無しのままでは不便だ。仕方ないので、子供だましの童話をクソ真面目に披露してくれた村長に敬意を払い、当面は奴を『テング』と呼称することに決めた。
夜。眠れぬノゾミは、珍しくヘッドセットも取らずに、一人で宿から抜け出した。別に何をするつもりもなかった。なんとなく一人になりたかったのだ。
ふと天を見上げると、あまりの星の多さに驚く。
「うわぁ、星空ってこんなにきれいなんだ」
「意外と女の子なんですね、ノゾミさんも」
ラトルの突っ込みが聞こえた気がした。たぶん彼女ならそう言っただろう。
「うるさいなあ、ほっといてよ」
一人で返事をしてみる。馬鹿らしくなって、笑みがこぼれる。ラトルの皮肉も今は気にならない。
そういえばこちらに来てから、のんびりと星空を見上げたことはなかったな。
星空か。ふとあの夜のことを思い出す。
バンクスだったか、あの預言者はどうしただろう。殺されたか、逃げ出したか。
アクロバティックなことなどせずに、星空の下で自らの宗教的立場でも語っていれば良かったのだ。
そうすれば、少なくとも信者の女の子くらいは喜ばせられたはずだわ。
ふらふらと、とりとめのないことを考えながら歩く。
「おい、装備くらい肌身離さず着とけ。盗まれても知らねえぞ」
急に声をかけてきたのは、グレンだった。まだ飲んでいたのだろうか。
ノゾミはため息まじりに返事をする。
「私が泥棒なら、鍵のかかった部屋よりも夜道で倒れている酔っ払いを狙うわ」
「けっ、くだらんこと言ってないで、一杯付き合え」
グレンが取り出した瓶を、ノゾミは中身も見ずにあおる。控えめにケホっと咳き込む様子を、グレンは満足そうに眺める。
「ところでさ」
ノゾミは声のトーンを落とした。
「あんた、姿を消すマントを拾ってたよね? それ、どうするつもり?」
「気付いてたのか。よく見てたじゃないか、褒めてやる。あれはなかなか便利そうだしな」
グレンは悪びれもせずに素直に認めた。
その瞳は言っていた。お前はそれを知っていて、なぜ相棒に教えなかった? なぜ今、ここで問う?
「ふーん。まあいいけど、悪用したら怒るわよ」
グレンは首をすくめて、やらねえよ、とジェスチャーで示した。
「俺としちゃ、この先どうするかの方が問題だ。金にならないモンスターなぞ無視して、先を急ぎたいんだがね」
とうっぜん、と力を込めてノゾミが言う。
「テング退治よ。ラッキーじゃない、あんなレアモノに出会えて」
グレンはため息をつくと、キャトルマンで顔を隠す。付き合ってられんとばかりに。
「やるならお前らだけでやれ。一日だけこの村で待っててやる、明後日には出発だ」
森に消えた奴を探すだけでも一日は難しいだろう。それは先輩冒険者である、グレンからの試験だった。




