09-5
砂利交じりの水が、透明な壁にぶつかった。
バチバチと油がはぜるような音がする。無数の閃光とともに空間が歪む。
「光学迷彩!?」
思わず口を衝いて出るのは、その星には存在しない単語。
グレンが銃で追撃を加える。軽快な金属音が数回、ダメージは期待できないだろうとノゾミは思った。
ラトルの推測通りに相手が機械なら、手持ちの剣ではとても切断できそうにない。頑丈で重量のある武器がいる。とっさに飛び出したために、ハルバードは後方の馬の鞍だ。
ノゾミは歯噛みした。こんな時のために用意したというのに。
――ああ、そうだ。頑丈で重量のあるものだって? あるじゃないか、すぐ身近に。
いい機会かもしれない。先日メドウスに習ったことを思い出し、走りながら脚部にマナを集める。全体ではなく、関節を強化するようなイメージで。
マジックモーメント。ノゾミの体は一気に加速する。地面を蹴り、空中でその体をスプリングのように縮める。
発光がようやく収まってきたその空間に向かい、ノゾミは両足を思いきり突き出した。
ノゾミの放つドロップキックをもろに食らい、モンスターはたたらを踏んで後ずさる。なんとか転倒は防いだものの、激しく動いたせいで金属製の足が見えている。
「どいて、ノゾミ!」
メドウスが再度マジックを放つ。今度は直撃だ。
耳をつんざくような鳴き声を発し、モンスターが姿を現す。迷彩を剥がしたというよりも、自分から脱ぎ捨てたように見えた。奴の地面は引き続き歪んでおり、まるで宙に浮いているかのようだ。
異変を感じた山鳥がぎゃーぎゃーとわめきだし、樹々もにわかに動き出す。
鈍く光る総金属製のボディ。ノゾミとグレンは即座に、その装甲を手持ちの武器で貫けるだろうかと吟味する。
関節の裏側を。露出したセンサー類を。そうだ、設定されているであろう弱点を。
一方メドウスは、無機質なガラスの瞳に射すくめられていた。
化け物だ。
姿はメドウスの知るどの動物にも似ておらず、そもそも生命体なのかという疑問すら頭をよぎった。四本の足に支えられた長方形のボディから伸びる、二本の腕と一本の首。それらは関節の数も可動域も不明瞭で、その全身は光沢のある金属に覆われている。
他のモンスター、ドラゴンやゼノボアなどとは根本的に違うモノがそこにはいた。
モンスターは低く小さな唸り声をあげ、腕を振り上げる。ガシャガシャと音がして、腕の先が変形した。
黒くぽっかりと開いた穴。銃口か。
ご丁寧に教えているのだ、今から攻撃するということを。攻撃の狙う先を。
ノゾミは後ろを一瞬振り向き、射線に二人が被っていないかを確認する。奴の腕が止まり、銃口のすぐ横のランプが赤く灯る。それを目印に、ノゾミは横に飛んだ。
後方で石がはじけ飛ぶ。
思った通りだ、こちらの避けられるようなタイミングで打ってくる。連射はしてこない。いや、というよりも。
モンスターは徐々に後退を続け、そのままざぶざぶと川へと入っていく。
「おい、今のうちにそいつを起こせ。さっさとここを離れるぞ」
「賛成。長居は無用よ」
そこでようやく、メドウスは我に返る。倒れていた人物に駆け寄り体を起こすと、肩にはバッサリと切り傷があった。大丈夫かと声をかける。
「たす、けて。 この先に、村が……」
呻きつつも返事が返ってくる。良かった、生きている。
話をしっかり聞いている暇はなかった。警戒はグレンが引き受け、ノゾミと二人で馬に乗せる。
奴は、数発の威嚇射撃の後、そのまま向こう岸へと消えていった。
メドウスはかなり興奮していた。
「ノゾミ、君はあのモンスターを見たことがあるんだろう?」
「なぜそう思うの?」
「対処法を知っていた。それと、名前も」
ノゾミは思わず叫んでしまったことを後悔するが、既に後の祭りである。メドウスはともかく、グレンにどう言い訳すればいいのだろうか。
「グレンさん、あなたはあのようなモンスターを見たことは?」
「ねえよ」
グレンはめんどくさそうに唾を吐いた。
その様子をノゾミは少し不思議に思い、逆にこちらから聞いてみる。
「あんた、興味ないの? 姿を消すモンスターとか珍しいんじゃない?」
「うっせえな、珍しいかどうかなんてどうでもいいんだよ。見たことが無いだって? そんなことがいちいち気になるなら、動物園で狩りでもしてろ。
だいたい俺は生物学者じゃない。殺し方さえわかれば、あとは興味ないね」
なるほど、ノゾミはグレンのことがいけ好かない理由が少しわかった。似ているのだ、自分と。
ノゾミはそこで話を打ち切ると、しょげているメドウスを慰めた。
「気にしないのよ、メドウス。初めて見る種類のモンスターで、驚いたんでしょう? 神様だって寝ぼけてへんな生物を作ることくらいあるわ。そうね、今回は――たまたまピザの具にネジや釘が混じってたようなものよ」
ありがとう、と小さくつぶやくのが聞こえる。ノゾミは少しだけ安心する。
「あいつがまた出たら、僕に任せてよ。マジックは苦手みたいだし、また食らわせてやるから」
苦手? ノゾミは先ほどの戦いを思い出した。
ああ、そういえばあの一撃で迷彩がはげたのだった。やせ我慢かもしれないが、今はそれでもいい。黙っておいてやろう。
そんなノゾミの気遣いを、ラトルが即座に打ち砕く。
「ムダですよー」
「え、でも隠れてたやつがバチバチ火花を吹いてたよ」
「最初のは、砂利交じりの水で、一時的に電磁迷彩がショートしかけただけです。直撃したところで、本体はドライヤーを浴びた程度にしか感じてませんよ。小石でも巻き込んでベアリング代わりしたほうが、多少はマシでしたね」
「そんな」
再びしょぼんとするメドウス。
ラトルはラトルで、勘違いで大やけどをしては大変だという、優しさからの言葉だったのだが。




