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Future in an oblong box  作者: 鳴海 酒
第9話 きっちょむさん
35/91

09-5

 

 砂利交じりの水が、透明な壁にぶつかった。

 バチバチと油がはぜるような音がする。無数の閃光とともに空間が歪む。

「光学迷彩!?」

 思わず口を衝いて出るのは、その星には存在しない単語。


 グレンが銃で追撃を加える。軽快な金属音が数回、ダメージは期待できないだろうとノゾミは思った。

 ラトルの推測通りに相手が機械なら、手持ちの剣ではとても切断できそうにない。頑丈で重量のある武器がいる。とっさに飛び出したために、ハルバードは後方の馬の鞍だ。

 ノゾミは歯噛みした。こんな時のために用意したというのに。


 ――ああ、そうだ。頑丈で重量のあるものだって? あるじゃないか、すぐ身近に。

 いい機会かもしれない。先日メドウスに習ったことを思い出し、走りながら脚部にマナを集める。全体ではなく、関節を強化するようなイメージで。

 マジックモーメント。ノゾミの体は一気に加速する。地面を蹴り、空中でその体をスプリングのように縮める。

 発光がようやく収まってきたその空間に向かい、ノゾミは両足を思いきり突き出した。

 ノゾミの放つドロップキックをもろに食らい、モンスターはたたらを踏んで後ずさる。なんとか転倒は防いだものの、激しく動いたせいで金属製の足が見えている。


「どいて、ノゾミ!」

 メドウスが再度マジックを放つ。今度は直撃だ。

 耳をつんざくような鳴き声を発し、モンスターが姿を現す。迷彩を剥がしたというよりも、自分から脱ぎ捨てたように見えた。奴の地面は引き続き歪んでおり、まるで宙に浮いているかのようだ。

 異変を感じた山鳥がぎゃーぎゃーとわめきだし、樹々もにわかに動き出す。


 鈍く光る総金属製のボディ。ノゾミとグレンは即座に、その装甲を手持ちの武器で貫けるだろうかと吟味する。

 関節の裏側を。露出したセンサー類を。そうだ、設定されているであろう弱点を。


 一方メドウスは、無機質なガラスの瞳に射すくめられていた。

 化け物だ。

 姿はメドウスの知るどの動物にも似ておらず、そもそも生命体なのかという疑問すら頭をよぎった。四本の足に支えられた長方形のボディから伸びる、二本の腕と一本の首。それらは関節の数も可動域も不明瞭で、その全身は光沢のある金属に覆われている。

 他のモンスター、ドラゴンやゼノボアなどとは根本的に違うモノがそこにはいた。


 モンスターは低く小さな唸り声をあげ、腕を振り上げる。ガシャガシャと音がして、腕の先が変形した。

 黒くぽっかりと開いた穴。銃口か。

 ご丁寧に教えているのだ、今から攻撃するということを。攻撃の狙う先を。


 ノゾミは後ろを一瞬振り向き、射線に二人が被っていないかを確認する。奴の腕が止まり、銃口のすぐ横のランプが赤く灯る。それを目印に、ノゾミは横に飛んだ。

 後方で石がはじけ飛ぶ。

 思った通りだ、こちらの避けられるようなタイミングで打ってくる。連射はしてこない。いや、というよりも。


 モンスターは徐々に後退を続け、そのままざぶざぶと川へと入っていく。

「おい、今のうちにそいつを起こせ。さっさとここを離れるぞ」

「賛成。長居は無用よ」

 そこでようやく、メドウスは我に返る。倒れていた人物に駆け寄り体を起こすと、肩にはバッサリと切り傷があった。大丈夫かと声をかける。


「たす、けて。 この先に、村が……」

 呻きつつも返事が返ってくる。良かった、生きている。

 話をしっかり聞いている暇はなかった。警戒はグレンが引き受け、ノゾミと二人で馬に乗せる。

 奴は、数発の威嚇射撃の後、そのまま向こう岸へと消えていった。


 メドウスはかなり興奮していた。

「ノゾミ、君はあのモンスターを見たことがあるんだろう?」

「なぜそう思うの?」

「対処法を知っていた。それと、名前も」

 ノゾミは思わず叫んでしまったことを後悔するが、既に後の祭りである。メドウスはともかく、グレンにどう言い訳すればいいのだろうか。


「グレンさん、あなたはあのようなモンスターを見たことは?」

「ねえよ」

 グレンはめんどくさそうに唾を吐いた。

 その様子をノゾミは少し不思議に思い、逆にこちらから聞いてみる。

「あんた、興味ないの? 姿を消すモンスターとか珍しいんじゃない?」

「うっせえな、珍しいかどうかなんてどうでもいいんだよ。見たことが無いだって? そんなことがいちいち気になるなら、動物園で狩りでもしてろ。

 だいたい俺は生物学者じゃない。殺し方さえわかれば、あとは興味ないね」


 なるほど、ノゾミはグレンのことがいけ好かない理由が少しわかった。似ているのだ、自分と。

 ノゾミはそこで話を打ち切ると、しょげているメドウスを慰めた。

「気にしないのよ、メドウス。初めて見る種類のモンスターで、驚いたんでしょう? 神様だって寝ぼけてへんな生物を作ることくらいあるわ。そうね、今回は――たまたまピザの具にネジや釘が混じってたようなものよ」

 ありがとう、と小さくつぶやくのが聞こえる。ノゾミは少しだけ安心する。


「あいつがまた出たら、僕に任せてよ。マジックは苦手みたいだし、また食らわせてやるから」

 苦手? ノゾミは先ほどの戦いを思い出した。

 ああ、そういえばあの一撃で迷彩がはげたのだった。やせ我慢かもしれないが、今はそれでもいい。黙っておいてやろう。

 そんなノゾミの気遣いを、ラトルが即座に打ち砕く。


「ムダですよー」

「え、でも隠れてたやつがバチバチ火花を吹いてたよ」

「最初のは、砂利交じりの水で、一時的に電磁迷彩がショートしかけただけです。直撃したところで、本体はドライヤーを浴びた程度にしか感じてませんよ。小石でも巻き込んでベアリング代わりしたほうが、多少はマシでしたね」

「そんな」

 再びしょぼんとするメドウス。

 ラトルはラトルで、勘違いで大やけどをしては大変だという、優しさからの言葉だったのだが。


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