第7話 蒼龍の書
結婚って僕とシェリルが。王女だよねシェリルって。他のみんなはどう思っているんだろう、それよりもシェリルは。
ディオジーニ様が説明する。
「シェリル様はプエルモント教国の第2王女です。本来なら王族や貴族でない者との婚姻は認められません。貴族扱いされるとはいえAランクの冒険者は下級貴族扱いです。上級貴族と同格であるSランクの冒険者であれば認めても良いということです。冒険者の貴族扱いは1代限りなのでそれでも特別なことなのです。生まれてくる子供が平民となるのも困るのでシェリル王女には結婚と同時に公爵の地位が与えられます」
そういう説明はどうでも良かった。いやシェリルにとっては重要なことかもしれないけど。いかん、混乱している。おそらく顔は真っ青なんだろうな、こういう場合はリーナが何か応えてくれるはずなんだけどリーナも固まっている。
ガルシアス王が続ける。
「半年でSランクにならなかったら、この話は無かったことにする。それで不満か」
「いえ、不満というわけではありません。突然のお話なので」
「そうだろうな、ゆっくり考えてくれ。できれば早く答えが欲しい」
シェリルが、
「あと半年は今のままで良いんですね」
「それは約束だからな」
「じゃあ半年以内に返事をします。サトシと結婚して冒険者を続けるか、王宮に戻るか」
「分かった、サトシもそれで良いのだな」
「はい」
とりあえず半年の猶予がある。半年間で結論を出さないといけない。どっちになっても良いようにSランクにならないといけないのか。場合によっては『黒龍の牙』がバラバラになるかもしれない。
「よし、この話はここまでにしよう」
サルバティ15世が、
「書物は書記官に写させましょう。立ち会われますか」
リーナは動揺したままであったが、何とか応えることができた。
「はい、一度書物を確認させて下さい」
「そうですね。晩餐会までは2時間ほどあります、これから教会に参りましょう。よろしいですか王様」
「分かった、晩餐会には遅れないように」
そう言われて僕たちは立ち上がり王に礼をして教皇とともに部屋を出た。テルミニオ様もいっしょに。
テルミニオ様は教皇の元で修行中なのだそうだ。テルミニオ様がシェリルに話しかけた。
「シェリル、今の話をどう思った」
「分かりません。突然のことで何も考えられませんでした。婚姻の相手を自分で考えるというような教育は受けていませんでしたので」
「そうだろうな。半年間考えられるのだから、しっかり考えることだ。王女で自分の将来を選択できる機会が与えられるだけでも前代未聞なんだよ」
「そうですよね。でも、・・・」
といって僕の方を見る。いやなんだろうな、僕がセシリアやアルトとずっと同じ部屋で生活していたということを知っているんだしね。
サルバティ大聖堂に着き、教皇の執務室に入る。教皇は秘蔵書架の鍵を取り出した。それから教会図書館に行き秘蔵書架に入る。1冊の本を取り出しリーナに見せる。
「これで間違いはありませんか」
「これです」
「サトシ、見て」
「見たことのない言語だね」
「では、書記官を呼んで参ります」
と教皇が出て行く。テルミニオ様はそのまま残った。
文字は英語のアルファベットのようなものが並んでいる。写しても間違いは起こりにくそうだ。くねくねしたものなら相当の時間を覚悟しなければと思っていたが活字っぽくて良かった。僕は本を鑑定してみた。
『書物、蒼龍の書、ファジルカ大陸共通語、紙98枚、炭、油』
と出た。片面にしか文字が書いてないので、表紙や裏表紙を除いても96ページある。ファジルカ語だ、それなら今後必要になるだろうな。とりあえず翻訳スキルを取っておこう。僕はリーナに目配せする。リーナは頷き返す、分かってくれたようだ。
リーナがナナとテルミニオ様に話しかける。教国の宗教や差別について話を聞いている。その隙に翻訳を取る。特にごまかさなくてもばれないんだろうけど、翻訳のスキルを取るところを今まで見ていたリーナがごまかそうとするんだから何か意味があるのだろう。
ファジルカ大陸共通語の翻訳を取ると本が読めるようになった。表紙をめくり目次をざっと見る。神の門という項目がある。そこを開こうとしたときに教皇たちが戻ってきた。
「今から急いで写しを作ります。2人の書記官で写しますので明日の朝までには出来上がると思います」
「お願いします。終わったらチェックさせてもらってもいいですか」
「もちろんです」
「では、後は任せて王宮に戻ることにしましょう。晩餐会もありますので」
王宮に戻ると、控室に通された。そこにはミレットさんがいた。ミレットさんは、
「お着替えになられますか。衣装部屋にはドレスなども用意されていますが」
シェリルが応える。
「いえ、冒険者の格好で出席します。それが私たちの正装ですから」
ミレットさんは笑って、
「承知いたしました。サトシ様もそのままの方が気楽ですよね」
「そうそう、ただでさえ緊張するんだ。服までびしっとさせられたら歩けなくなるくらいカチカチになるよ、きっと」
「でも、顔見知りばっかりですよ。シェリル王女が冒険者になっていることを知っている人だけですから。では、私はこれで」
とミレットさんが出て行った。やっと『黒龍の牙』のメンバーだけになった。
「ねえ、シェリル。どうするの。サトシも」
とリーナが聞く。セシリアがビクッとして振り向く。アルトが見つめてくる。
「まだ分からないわ。でも王宮に戻るのはいやよ」
「じゃあサトシと」
「でも、みんな許してくれるの。サトシと結婚すること」
リーナが怒って、
「そう言うことを事務的に聞かないで、セシリアやアルトが今どういう状態なのか知っているんでしょ」
「ごめんなさい。だから、これからみんなで考えよう。半年あるんだから」
「じゃあ、みんなで結論を出すってことで良いのね」
「まあ、私の気持ちが最優先だけどね」
そういうとリーナがシェリルを睨みつける。シェリルは続ける、
「だから、みんなもこの件に関しては自分の気持ちを最優先して欲しいの。遠慮なんかしたら許さないからね。サトシもよ」
「分かったわ。私も頑張る」
とリーナが言う。セシリアとアルトはあっけにとられている。ナナは静かに頷いている。
ミレットさんが呼びに来たので晩餐会の会場に入った。入る前にいろいろとリーナと打合せをした。蒼龍の書のことも含めて。
晩餐会は滞りなく進んだ。国王から長い挨拶のあと、
「『黒龍の牙』は今後もわが国からの依頼をこなしてくれると信じている。それで馬と馬車を贈る」
という言葉があり、目録を渡された。それには、軍馬6頭、それに馬車とそれを引く馬2頭と書いてあった。お礼の挨拶をしなければならない。
「身に余るお言葉と贈り物をいただきありがとうございます。お礼に今回の冒険で得た品を国王陛下に献上させていただきたいと思います」
挨拶を終えてほっとした。リーナやシェリルからすると短すぎて物足りないだろうけど、僕はこれだけ言うのでも精一杯だ。そして、闇の袋から透明な皮を出す。リトルフェンリルの皮だ。スウェードルさんに言わせれば、今の流通量のままなら、安く見積もっても金貨10万枚くらいの価値だそうだ。100億円なんだよね日本でいうなら。もっとも、スウェードルさんの店に残る皮だけでも市場に出れば価格は大暴落するらしいけど。
王は受け取り、
「献上の品、感謝する」
と言って、ディオジーニ様に渡す。ディオジーニ様のもとにモリエール様とカルメリット様が近寄り皮を確かめる。そしてカルメリット様が、
「こ、これはリトルフェンリルの皮」
モリエール様も、
「なんと、こんなに広いものが有ったとは」
と驚いている。ディオジーニ様も言葉が出ないようだ。ようやく、ことの重大さに驚いた国王は、
「リトルフェンリルを倒したのか」
と聞いてくる。
「いえ、偶然手に入れただけです。リトルフェンリルを倒していたら、もうSランクになっています」
「そうか」
とまともな思考が出来ていないようだ。
「俺に献上するということはメルカーディアにも」
「もちろんです。2つ有りますから」
それっきり会話が止まってしまった。笑って見ているのは『黒龍の牙』だけだった。
晩餐会が終わり、ディオジーニ様に呼ばれた。
「馬車は最高級のものだ。揺れも少ない。ただ無駄な装飾は外しておいた。冒険者用のものらしく見えるようにな。それから、冒険者カードの色だが今のままでは困る。君らではどうしようもないことなので次の宰相会議で相談させてもらう。アルトさんのお父上がルグアイの兵士だったそうだから2人ずつ赤と黄と緑にできる。それよりもいっそ黒色にしてしまおうかとも思っている。そのあたりは任せて欲しい」
そういわれてもよく分からない。何色でも良いと思う。黒ならかっこいいかなと思うくらいだ。どうせここまで目立ったんだから。
「それは話し合って下さい。僕たちで決められるのならみんな同じ色が良いです」
宿舎に帰り、みんなと相談する。
「馬車や馬はどこに置いたら良いんだろう」
セシリアが、
「冒険者ギルドに頼めば預かって世話してくれるはずです、料金はかかりますけど」
「とりあえずはそうするとして、家を変えよう。部屋数も足りないし」
リーナが、
「ロチャたちもいるしね」
「それで、馬や馬車を置けるような広い家が欲しい」
「そうなるとマリリアじゃ無理ね」
「帰ったら、マリリアの周辺で探してもらおう」
次の日にディオジーニ様に別れを告げて教会に行った。そして蒼龍の書の写しを確認した。紙の質は違ったがまるでコピーしたようにそっくりなものができている。なにかそういうスキルがあるのだろうな。内容を確認する。どこを開けても読めるので問題ないだろう。書記官にお礼を言い、教皇に別れを告げてマリリアに戻ることにする。馬6頭は後日届けてくれるそうだ。
馬車は、黒く塗られた客車であるが派手な装飾もなく頑丈そうで冒険者向けなのが分かる。乗ってみると揺れは少なくかなりのスピードが出そうだ。僕とセシリアが御者台に上りマリリアに出発した。帰りは、クラウディオさんたちを救出した帰り道と同じ、トリニダの森の南をかすめメルカーディアに入るルートだ。




