009 校門の有名人たち
俺とルナは、正門へ続く並木道を歩いていた。
いや、歩いているのは俺だけだ。
ルナは俺に負ぶさった状態でスマホをポチポチしている。
「迅の村、ネットにも載ってない」
「文字どおり秘境にある村だからな。険しい山奥にあるせいで郵便業者が来られないから、郵便物を回収するのにわざわざ下山しないとダメなんだ。でも、ネットは繋がっているし、テレビも映るよ」
「ネット通販で買った物はどうするの? 置き配してくれる?」
「置き配なんかないよ。郵便物と同じで村人が下山して回収するんだ」
「……不便。そんなとこ、住みたくない」
「同感だ。東京にやってきて思ったよ。まるで別世界だ」
話しているうちに正門が見えてきた。
「なんだ、あの人だかりは?」
門の前に人だかりができていた。
生徒だけではなく、保護者も入り交じって盛り上がっている。
テレビの撮影でも行われているかのような騒ぎだ。
「ボク、わかるよ。あれは――」
ルナが答えるより先に、人だかりの原因たちが声を上げた。
「あ! ルナさんが出てきましたわ! あれ! 迅さんも一緒ですわ!」
「わお! 迅くんもルナちゃんと同じ学校だったんだ! ていうか、なんでルナちゃんを負ぶっているの!? 何でもいいけど待ちくたびれたーっ!」
人垣がモーゼの海のように割れて、セラとマリンが姿を現す。
マリンの口ぶりから察するに、ルナのことを待っていたようだ。
二人とも清楚の極地とも言うべきデザインの制服を着ている。
名門校たる精華女子学院の制服だ。
「ごめん、迅のせいで遅くなった」
「俺のせいじゃないだろ。ラボに誘ったのはルナなんだから」
ルナが口元を緩める。
「あれれー!? ルナちゃんと迅くん、昨日より仲良くなってない!?」
「少し目を離した隙に……! ルナさん、侮れませんわね……!」
「ボク、抜け目ないから」
ルナが「ふふふ」とドヤ顔で笑った。
「やっぱり早乙女マリンだよ」
「あっちは神崎セラだ」
「精華女子学院の有名人二人がウチに来るなんて……」
「生のマリンちゃん、可愛すぎ!」
「セラ様、美しいー!」
「つーか、マリンやセラと仲良くしているあの男は何者だ?」
「負ぶっている女子もめちゃくちゃ可愛いし、ずるすぎんだろ!」
周囲の生徒たちがざわついている。
保護者たちも「本物よ、本物」などと興奮していた。
「あたしも有名になりましたなー! 迅くんのおかげで!」
マリンは腰に手を当て、ドンッと胸を張った。
そのセリフで、野次馬たちは俺が何者かを思い出した。
「あいつ、マリンちゃんの配信に映っていた最強ジャージ男じゃね?」
「本当だ! アビス・ドラゴンを素手で倒した奴!」
「他の配信でもすげー強かったよな! 俺たちと同じ学校だったんだ!」
「でも、生で見ると全然威圧感ねぇなー」
「やっぱり最強ジャージ男って、マリンちゃんが作ったフェイク動画だったのかな?」
「マリンちゃんが可愛いなら何でもOKです!」
「きゃー! セラ様ー!」
野次馬たちの熱狂ぶりは落ち着きそうにない。
(ここに長居すると余計に目立つな……)
俺は何食わぬ顔でルナを降ろし、そそくさと退散を試みる。
「ちょっと待ったー!」
だが、案の定、マリンに止められた。
「せっかくだし、迅くんも一緒に行こうよ!」
「行くって、どこに?」
「新しいパンケーキのお店! 今日は三人で行く予定だったんだけど、四人で行ったらもっと楽しいじゃん?」
「そうですわ! ほら、迅さんも行きますわよ!」
マリンとセラが俺の腕を引っ張る。
「……迅はボクのだから」
先ほど降ろしたばかりのルナが背中に飛び乗ってくる。
これは逃げられそうにない。
「わかった。行くよ。行くから、離してくれ。というか、目立ちまくりだからさっさと移動しよう」
強引な美少女たちに迫られたら断れない。
本当は家でゆっくりしたかったが、少しだけ付き合ってやることにした。
「すげーな、あの男。マリンとセラにベタベタされているぞ」
「あんなハーレムがあっていいのかよ……」
「名前の知らない小さい子もめちゃくちゃ可愛いしよぉ……」
「不公平すぎませんか、神様」
野郎どもの嫉妬に満ちた怨嗟の声が背中に刺さる。
東京で倒したあらゆる魔物よりも怖いものだった。
(まさか入学初日にここまで目立ってしまうとは……!)
田舎者の俺にとって、目立つことほど怖いものはない。
何が起こるかわからない不安があるからだ。
この恐怖を適当な例を挙げて説明しよう。
まず、全身のあらゆる毛を剃り落としたツルツル人間を想像してほしい。
そいつは眉毛や睫毛、果てにはケツの毛まで完全に剃っているヤバい奴だ。
次に、そのツルツル人間に延々と追いかけ回される姿を想像してほしい。
ツルツル人間は何も話すことなく、常に一定の距離でこちらを見ている。
その時に味わうであろう恐怖を、俺は今、味わっているのだ。
「あ、そうだ。マリン、セラ、すごい情報がある」
「どうしたの? ルナちゃん」
「迅、魔力と魔法を知らなかった」
「へっ?」
「どういうことですの?」
「言葉のまま。魔力や魔法の概念自体を知らなかった。だから、指先から火を出しただけですごく驚いていた」
「信じられませんわ! その状態であれだけの強さを誇るなんて……! やはり、迅さんは武の神髄に達していらっしゃるようね!」
「それはいいこと聞いた! 迅くん、今度すっごい魔法を見せてあげるよ! あたし、これでも光魔法の使い手だから!」
「光魔法か……。よくわからないが、光熱費の削減には役立ちそうにないな」
パンケーキ屋に向かう間、俺たちはくだらない雑談に花を咲かせた。
思っていた高校生活とは違うけれど、これはこれで悪くない。
評価(下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。














