006 深まる絆
スライムとの戦闘はものの数秒で終了した。
だが、この戦闘によって新たな問題が生じてしまった。
「やれやれ、服が汚れてしまったじゃないか」
数十匹のスライムを皆殺しにした結果、俺は粘液まみれになったのだ。
奴らは返り血の代わりに粘液をぶちまけながら死んでいった。
もちろん、他の三人も同じようにひどい有様だ。
「信じられませんわ。あれだけの数を一瞬で倒してしまうなんて……」
セラはへたり込み、呆然とした表情で俺を見上げる。
まとっている強化スーツは、粘液でテカテカと光っていた。
「……ん。迅、助かった。やっぱり強い」
ルナが抱きついてくる。
美少女に密着されるのは嬉しいが、スライムの粘液が不快だ。
あと、彼女の胸に将来性がないことを再認識して残念な気持ちになった。
「迅くん、助けるの遅すぎ! でも、迅くんの戦闘はよかった! めちゃくちゃ画になるし、これはまたバズっちゃうかも!」
マリンの脳内は、早くも「バズるかどうか」で支配されていた。
自分の体に付着した粘液を拭きながら、スマホで配信を確認している。
どこからか取り出した杖は、いつの間にか消えていた。
「それより、さっさと帰ろうぜ。粘液まみれで気持ち悪いし、このままだと風邪をひいてしまう」
「そうだね! 魔石もいっぱい集まったし、今日はこのくらいで勘弁してやろう!」
俺の言葉に、マリンが同意する。
他の二人も賛同し、満場一致で俺たちは帰ることにした。
(結局、魔法は見られなかったな)
俺は魔法が気になって仕方なかった。
マリンが当たり前のように言う「魔法」とはどんなものなのか。
「どうしたの、迅くん? 何か気になることでもあるの?」
帰りの道すがら、マリンが俺の顔を覗き込んできた。
ここで「魔法について教えてくれ」と言えば解決するわけだが――。
「いや、何もない」
――俺は尋ねることができなかった。
なぜかはわからないが、「訊いたら負け」と思ったのだ。
◇
ダンジョンを出て、換金所で魔石を換金した。
「合計で六万円になります」
受付嬢の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「六万円か」
俺は素早く脳内で電卓を弾いた。
四等分すると一人当たり一万五千円になる。
今までで最も少ない収入だ。
しかし――。
「この短時間にしては、悪くない稼ぎですわ!」
「だねー! 戦った気がしないのに稼いだもんだね、あたしたち!」
セラとマリンが声を弾ませている。
「戦った気がしないというが、そもそもマリンは戦っていないからな」
「なんだっていいじゃん! 分配分配ー!」
受付嬢が一万五千円の入った封筒を俺たちに渡す。
(クリーニング代やら手間賃やらを考えると割に合わないな)
初めてのPTで学んだのは、「俺にはソロが向いている」ということだった。
仲間の数が増えると、それだけ稼ぎの効率が下がってしまうからだ。
東京は魔物も冒険者も弱いため、PTを組むだけ損になる。
(今後はソロでいいな)
そう思ったのだが――。
「今日は付き合ってくれてありがとう、迅くん! また一緒に組もうね!」
「迅さんとのPT、とても素敵でしたわ! 私も切磋琢磨いたしますので、今後とも何卒よろしくお願いしますわ!」
「迅と一緒だと、ダンジョンも楽しい」
三人の嬉しそうな顔を見ていると、判断が鈍ってしまう。
「ま、まあ、たまにはPTもいいかもな」
先日のアビス・ドラゴン討伐によって、お金の心配はなくなった。
億万長者までの道のりは長いが、少しくらい寄り道してもいいだろう。
そもそも、最初は億万長者を目指していたわけでもないし。
「じゃあ、これから打ち上げしますかー!」
マリンが右手を突き上げる。
「その前に服屋で着替えよう。あと銭湯で体をきれいにしたい」
「迅さんに賛成ですわ! 体をきれいにしてから打ち上げですわ!」
「……打ち上げは、好き」
こうして、俺たちは今日の稼ぎを見事に使い切るのだった。
◇
「それじゃあ、またな」
「またねー、迅くん! これからもよろしくー!」
「ごきげんよう、迅さん!」
食事のあと、俺たちは解散した。
といっても、家の方向が違うのは俺だけだ。
マリンとセラは仲良く話しながら去っていく。
ルナはマリンにおんぶされた状態で眠っていた。
「ふぅ。今日は疲れたな」
自宅に戻った俺は、真っ先に時計を確認した。
時刻は21時を過ぎており、地元なら就寝の準備に入る頃だ。
だからだろうか、自然とあくびが出る。
(いよいよ明日から高校生活が始まるのか)
俺が通うのは私立暁冒険者学園だ。
その名のとおり冒険者を養成するための高校である。
いわゆる「冒険者学校」と呼ばれるものだ。
冒険者学校は、全国にいくつも存在している。
学力不問で入れるため、俺のような馬鹿にはありがたい存在だ。
その中でも俺が暁学園を選んだのは、村長が決めたからに他ならない。
「都会のことはようわからん」と言ってダーツで決めてくれた。
俺も都会のことなどわからなかったので、その決定に従った。
村のみんなも都会のことには疎いため、素直に祝ってくれた。
「制服、出しておくか」
俺はクローゼットから真新しい制服を取り出した。
ブレザータイプのシンプルなデザインだ。
戦闘用に改造することが許可されているらしい。
だが、俺はそのまま着ることにした。
下手に改造して、学校で笑われたら目も当てられない。
田舎者がイキがるのは慣れてからだと相場が決まっている。
ふと気になって、ポケットからスマホを取り出した。
「そういえば、マリンの動画、どうなっているかな」
マリンのチャンネルは、出会った初日しか見ていない。
アビス・ドラゴンの討伐でバズったことは本人から聞いていた。
しかし、実際にどうバズっているかは確認していなかったのだ。
そこで、アビス・ドラゴンを倒したときの配信アーカイブを開いてみる。
すると、再生回数がとんでもない桁になっていた。
「1000万再生……!? たった一日で!?」
俺は目を疑った。
何度も桁を数え直すが、やはり1000万再生で間違いない。
「すごいな……。みんなの反応が怖いぜ……」
恐る恐るコメント欄を見てみた。
『強すぎて草』
『これフェイク動画じゃね? ワンパンとかありえんてww』
『いや、こいつマジもんだろ。動きが見えねぇ』
『ジャージ姿でドラゴン狩るとかシュールすぎ』
『どんな筋肉してんだよ』
『アビス・ドラゴンを素手で殴り殺すとか意味不明すぎなんだけどw』
『抱いて!』
どうやら俺の戦闘スタイルは、ネット民に大きな衝撃を与えたようだ。
「やれやれ……目立ちたくはないんだが」
思い返せば、ギルドの教官も俺のことを知っていた。
どうやら俺の顔は、すでにかなり知れ渡っているらしい。
今さらながら不安になってくる。
明日からの高校生活、果たして俺は平穏無事に過ごせるのだろうか。
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