026 未知の階層
深夜のダンジョンは静まり返っていた。
冒険者の姿は見当たらず、魔物がのびのびと過ごしている。
(浅い階層に問題があるなら、他の冒険者が対処しているはずだ。スタンピードに関する何かがあるとすれば、きっと深層だろう)
俺は一直線に地下四十層を目指す。
その道中、ふとあることが気になった。
「そういえば、このダンジョンって最深部は地下何層なんだ?」
ダンジョンは場所によって深さが異なる。
例えば暁冒険者学園の管理するダンジョンは、地下五層までしかない。
「不明、か……」
俺のいる東京都暁区の駅前ダンジョンは、最深部の情報が不明だった。
俗に「深層」と呼ばれる地下四十層あたりから魔素濃度が急激に高くなるため、Sランクの冒険者でも先に進むのが難しいそうだ。
もっとも、ネットの情報なので、どこまで正しいのかはわからない。
「なんにしても、ここから先は一般には知られていないエリアってことか」
俺は地下四十層を突破した。
敵は弱いが、歩きすぎて足が棒のようだ。
「仮眠を取るか」
地下四十一層で休むことにした。
この階層には、紫色の毒々しい草花が咲き誇る草原が広がっている。
デス・マンティスが群れで歩いているなど、浅い層とは雰囲気が違う。
さすがの俺でも、無策で寝るわけにはいかない。
ということで、ショップで買ってきたアイテムを取り出した。
見た目はどこにでもある簡易テントだ。
運動会などの野外イベントで使われていそうな代物である。
完全に組み立てると、テント全体が白い光で覆われた。
「これで完成か」
このテントは、あらゆる魔物の攻撃を無効化する聖域だ。
白い光の内側……すなわちテント内にいる限り、魔物は手出しできない。
魔石から抽出したエネルギーを応用した技術である。
もちろん、聖域の効果が一生続くわけではない。
説明書曰く、12時間程度で効果が切れるとのことだ。
「念のために効果を確かめておくか」
俺は約20メートル前方にいるデス・マンティスの群れに目をつけた。
こちらに背を向けて、仲間同士でじゃれあっている。
「ほら、かかってこいよ!」
力を込めた拳を敵に向かって繰り出す。
放たれた空気の塊が、敵に命中した。
「グギャ……!」
攻撃を受けたデス・マンティスは、顔が吹き飛んで死亡。
他のカマキリどもが怒り狂って突っ込んできた。
「そうだ、その調子だ」
俺はテント内に避難する。
「「「グギー!」」」
デス・マンティスの鋭い鎌がテントを襲う。
だが、テントはノーダメージだった。
「本当に魔物の攻撃を無効化していやがる」
俺は「おー」と感動した。
一方、デス・マンティスの群れは諦めて去っていった。
「これなら安心して眠れそうだな」
続きは起きてからにしよう。
そう判断し、草原の上で眠りに就いた。
◇
仮眠のつもりだったが、気づくと数時間も寝ていた。
「さて、活動再開だ」
俺はリュックから新たな道具を取り出した。
魔素の濃度を調べる検知器だ。
トランシーバーのような形をしており、片手で持てる。
画面には魔素濃度を示すメーターが表示されていた。
しかし――。
「ダメだ、これ。使えねーや。せっかく50万円も出したのにな」
俺は検知器を捨てた。
メーターの針が振り切れていたからだ。
すでに魔素が濃すぎて調べられない状態である。
「ま、適当に進めば何かしら見つかるだろう」
俺はテントから出て、ひたすらに奥を目指した。
四十一、四十二、四十三……と、テンポよく進む。
各階層の広さはマチマチだ。
見渡せないほど広大な場所もあれば、すごく狭い場所もある。
個人的には狭い場所のほうが好きだ。
次の階層へ移動するためのゲートを探す手間が省ける。
そんなこんなで、地下五十八層までやってきた。
「敵が強くなってきたな」
地下五十五層あたりから、敵が明確に強化された。
魔物は可愛らしいゴブリンやコボルトだが、強さは浅い層の個体とは雲泥の差だ。
深層のボスことアビス・ドラゴンがザコに思えるほど強い。
「久しぶりに武器を使うか」
俺は道中で手に入れた武器を取り出した。
巨大な鎌――デス・マンティスの片腕――だ。
「「「ゴブァー!」」」
「「「ワォーン!」」」
ゴブリンとコボルトの群れが突っ込んでくる。
見た目はFランク、強さはSランクを凌駕する魔物の集団だ。
「おらぁ!」
俺は鎌を大きく横に振った。
「「「グギャッ」」」
魔物たちがスパッと真っ二つになる。
直撃を避けた個体も、攻撃時に生じた風の刃で刻まれた。
「やっぱり武器があると違うな! 素手とは威力が段違いだ!」
俺は魔石を回収すると、さらなる奥へと足を進めた。
◇
地下六十層に達したとき、久しぶりの感覚に襲われた。
「酸素が薄い……」
神隠村で過ごしていたときのことを思い出す。
標高の高い場所にあったため、村の酸素は常に薄かった。
もちろん、ここと村とでは比較にならない。
村の人間からすれば、ここですら快適に思えるだろう。
それでも、東京では味わえない低酸素空間だ。
敵もぐんぐん強くなっているし、自然と警戒度が高まる。
「それにしても……気持ち悪い場所だな」
六十層は、赤い霧に覆われた巨大な谷だ。
道幅は約50メートルと広く、両側は険しい崖になっている。
霧の影響もあり、正確な崖の高さは不明だ。
同様に、歩いている道がどこまで続いているのかもわからない。
「敵が襲ってくる気配はないし、明らかにこれまでとは質が違う」
霧で周囲が見えなくとも、気配を察知することはできる。
神経を研ぎ澄ませながら慎重に進んでいく。
「ん?」
しばらくして、周囲の気配が変わった。
魔物の大群に狙われている。
左右の崖に張り付いているようなので、蜘蛛か何かだろう。
「霧を払うか」
俺は大きく息を吸い込むと、左から右に向かって吐き出した。
神隠村で鍛えられた圧倒的な肺活量によって突風を発生させた。
さらに持っている大鎌を回転させて竜巻を起こした。
「ブゥウウウウウウ!」
強烈な風によって霧が晴れていく。
「これは……!」
霧が消えると、おぞましい光景が広がっていた。
壁一面にびっしりと産み付けられた卵。
そして、無数に蠢く巨大なアリ型の魔物たち。
どうやらここは、アリたちの巣だったようだ。
「あいつがアリの親玉か」
前方には全長30メートル級の超巨大アリがいる。
大きく膨れ上がった腹部は、巨大なドームを彷彿とさせる。
女王アリだ。
見たところ、他に卵を産むアリはいない。
壁を埋め尽くすほどの卵も、目の前の女王アリが産んだものだろう。
「あいつがスタンピードの原因だと考えてよさそうだな」
仮に違ったとしても、得られる魔石は大金になるはずだ。
とりあえず、今回はここの敵を皆殺しにしたら帰るとしよう。
あとのことはキョウコさんが元気になってから考えればいい。
「さあ、害虫駆除の時間だ」
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