019 夢のお泊まり、膨らむ期待
マリンの住むタワマンは、エントランスからして別世界だった。
床は大理石、天井にはシャンデリア。
フロントにはコンシェルジュが常駐している。
ロビーに置かれているソファは、我が家の家賃10年分に相当しそうな高級感だ。
そんな高級タワマンの最上階――ペントハウス。
選ばれし最高級のその場所が、マリンの住処だった。
「ただいまー、あたし! おかえりー、あたし!」
マリンが電子ロックを解除して扉を開ける。
「すげぇ……!」
リビングだけでも、俺の部屋の何倍ある広さだ。
ガラス張りの壁面からは、光り輝く東京の夜景を一望できる。
俺のボロアパートですら家賃は7万円だ。
それを考えると、ここの家賃がいくらなのか想像もつかない。
月200万円と言われても「でしょうね」と思うだろう。
「すげぇな……。これがトップ配信者の城か」
「ふふん、すごいでしょ! ま、家賃を払っているのは親なんだけどね!」
マリンは「ふふん」と笑い、リビングのソファに俺を座らせた。
さらに冷蔵庫からジュースを持ってきて、目の前のローテーブルに置く。
ジュースは俺の分しかなかった。
「適当にくつろいでてね! あたし、さっき撮った動画のデータをPCに移しちゃうから!」
「え? 今から作業するのか?」
「うん! 動画は鮮度が命だから! 編集が終わるまで、ちょっと待ってて!」
そう言うと、マリンは自分の部屋に入っていった。
「熱心なのはいいことだが……」
思っていた展開とまったく違うことに困惑する。
ロマンチックなやり取りがあり、なんかいい感じになると思っていた。
(どうすればいいんだ、これ)
広すぎるリビングで一人、ぼんやりと過ごす。
(まあ、現実なんてこんなもんだよな)
俺は自分を納得させてジュースを啜る。
飲み終わって暇になると、マリンの部屋に向かった。
作業の邪魔をしたくないため、扉越しに話す。
「なあ、風呂に入ってもいいか?」
「いいよー! ごめんね、家に来てもらったのに放置しちゃって!」
本当にそのとおりだとは思うが、寛容な精神で「はいよ」とだけ答えた。
「ここか、風呂は」
何LDKかもわからない広い空間を歩き回って浴室にやってきた。
脱衣所だけでも俺の部屋に匹敵する広さで驚いたが、浴室はそれ以上に広かった。
ジェットバス付きの巨大な円形浴槽が鎮座しており、壁にはテレビが埋め込まれている。
まるで銭湯にでもやってきた気分だ。
「金持ちってすげーな」
脱衣所で服を脱いで浴室に入る。
礼儀正しくシャワーで洗ってから湯船に浸かった。
ボコボコと湧き出る泡が、疲れた体をほぐしてくれる。
「はあ……極楽だ」
足を完全に伸ばしてもまだ余る広い浴槽でくつろぐ。
ジェットバスが気持ちよくて、ついウトウトしてしまう。
そんな時、浴室の外から音が聞こえた。
ここからでは見えないが、マリンが脱衣所の扉を開いたようだ。
着替えを置きに来てくれたのだろうか。
これだけ広い家ならゲスト用のパジャマもありそうだ。
などと思っていると――。
ガラリ。
浴室の扉まで開いた。
「やっほー、迅くん! お待たせ!」
なんとマリンが入ってきたのだ。
それだけでも驚きなのに、彼女は裸だった。
頭にタオルを巻いているだけで、恥部が丸見えである。
「……! お、おい! どういうことだ!?」
「どうもこうも、一緒に入ろうと思ったんだよー! せっかくのお泊まりなんだし、いいでしょ? このお風呂、二人でも十分な広さだし!」
マリンはいたずらっぽく微笑むと、シャワーで体を流してから湯船に浸かった。
「いやいやいや、何言ってんだお前! 男女だぞ! 男女!」
「別にいいじゃん! あたしたち仲間でしょ? それに、迅くんの入浴中に襲われるかもしれないじゃん? セキュリティのためにも一緒にいないと!」
屁理屈を並べ立てながら、マリンがくっついてくる。
「たしかにそうだけど、異性なんだぞ……!」
「あはは。迅くん、照れすぎ! 顔が真っ赤だよ?」
「むしろ、どうしてお前は堂々としているんだよ……!」
「あたしも恥ずかしいよ? でも、配信で慣れっこだから!」
「すげーな……」
俺は何食わぬ顔でマリンの胸に目を向ける。
普段は服や鎧で隠れている部分が丸見えだ。
(これが……! 女のおっぱい……!)
そう思う一方、興奮しなかった。
決して、マリンの胸に魅力がないからではない。
むしろ魅力は素晴らしいのだが、それ以上に緊張していた。
(こういう展開を期待していたけど、もうちょっとあるだろ! 段階とか、恥じらいとか! いきなり裸で来るのは違うだろ!)
俺がドギマギしていると、マリンは「んーっ!」と両手を伸ばした。
「やっぱりこのお風呂はみんなで入るほうがいいね! 今度、セラちゃんとルナちゃんも呼んで四人で入りたいなー!」
「それは……素晴らしいな……!」
想像するだけでニヤけてしまう。
「迅くんって、わりと顔に出るよね。視線とかもそうだけど、わかりやすすぎだよー!」
「え? マジで?」
「うん! 今、エッチなこと考えていたでしょ?」
「ぐっ……」
俺は必死に表情を隠そうとする。
そんな俺を見て、マリンが「いや、バレバレだから」と笑った。
◇
風呂から上がり、ゲスト用の寝間着に着替えた。
案の定、このウルトラ高級マンションにはゲスト用の着替えがあったのだ。
一方、マリンはブカブカのTシャツにショートパンツというラフな格好だ。
濡れた髪から滴る水滴が、Tシャツの襟元を濡らし、肌に張り付いているのが妙に色っぽい。
「さて、と。そろそろ寝るか」
俺はリビングのソファを見やった。
フカフカだし、ここで寝る分には申し分ない。
「迅くん、そこで寝るつもり?」
ドライヤーで髪を乾かしながら、マリンが不満そうに口を尖らせた。
「ああ。俺は客だし、ボディガードだからな。入り口に近いここで十分だ」
「だーめ! お客さんをソファで寝かせるわけないじゃん! ベッドを使って!」
「さすがにこれだけ広いとゲストルームも備えているわけか」
「そうだけど、一緒のベッドで寝ようよ」
「……は?」
「キングサイズだから全然狭くないよ?」
マリンは当たり前のように言った。
「いやいや、それはマズいだろ。いくらなんでも」
「何がマズいの? お風呂でお互いの裸を見た仲じゃん! それとも、一緒のベッドだと妙な気を起こしちゃうのかなぁ?」
マリンがニヤニヤとからかうように顔を近づけてくる。
「そ、そんなわけないだろ!」
「そうなの? 別に襲ってくれてもいいのに」
「え!?」
「なんちゃってー♪ でも、本当に今日は一人で寝たくないの。だから一緒に……ダメかな?」
最後の一言は、消え入りそうなほど小さかった。
昼間の恐怖がまだ残っているのだろう。
「ダメじゃ……ない」
そんな顔をされては、無下に断ることなどできるはずもなかった。
だが、理性を保てる自信はない。
(大丈夫。備えあれば憂いなし……!)
俺は何食わぬ顔で寝間着のポケットを触る。
コンビニで買った避妊具が、童貞との決別を予感させた。
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