017 マリンとの休日、そしてトラブル
ゴールデンウィークに突入した。
世間は行楽ムード一色だが、俺の予定は空白だった。
セラは剣聖の父と修行するため山に籠もっている。
ルナは先日の論文が高い評価を受けたから何やら忙しいらしい。
「ゴールデンウィークこそ予定が詰まっていてほしかったが……」
俺は畳の上でゴロゴロしながら、壁に目を向ける。
(キョウコさんは今日も忙しくしているのかな)
目を瞑ると、キョウコさんの豊満な胸が脳裏に浮かぶ。
(いつか必ず揉み揉みイベントを……!)
デス・マンティスの肉では、残念ながら胸を揉むまでには至らなかった。
キョウコさんは喜んでくれたが、頭を撫でられ、頬にキスされただけだった。
それはそれで嬉しかったが、やはり揉み揉みイベントには程遠い。
大きな胸にはロマンが詰まっている。
ピロロン♪
ぼんやりしていると、唐突にスマホが鳴った。
画面には「早乙女マリン」と表示されている。
コラボ配信で忙しい人気者が、俺に電話してきたのだ。
『もしもし、迅くん? 今、暇だよね?』
「暇だけど、なんで決めつけるんだよ」
『だって、セラちゃんとルナちゃんがいないもん! というわけで、あたしの動画のネタ探しに付き合ってよ!』
「いつも言っているが撮影はNGだ。マリンのせいで目立っていろいろと弊害が――」
『お礼に高いお肉を奢るからさ!』
「今から行く。どこに向かえばいい?」
俺の体は反射的に玄関へ向かっていた。
◇
待ち合わせ場所は、渋谷のハチ公前……ではなかった。
少し離れた目立たない喫茶店の前だ。
「お待たせ、迅くん!」
「なんだその格好……完全に不審者だな」
マリンの服装は、いつものフリフリした軽装鎧や制服ではなかった。
タイトなワンピース姿で、大きめのキャップを目深に被っている。
そのうえ、黒縁の伊達メガネにマスクという変装スタイルだ。
いつも周囲をぷかぷか浮いている撮影ドローンもいない。
「失礼ね! これでもトップ配信者なんだから、変装くらいしないとパニックになるんだよ?」
マリンはマスクをずらしてウィンクした。
「いいと思うよ。常にその服装でいよう」
俺はマリンの胸を凝視しながら言った。
ワンピースがピチピチなので、いつもよりも胸の膨らみがわかる。
セラやルナにも見習ってほしいEカップだ。たまらない。
「迅くん、目線が胸に集中しすぎ! 少しくらい顔も見てよー!」
「で、今日は何をするんだ?」
不満そうなマリンを無視して、俺は彼女の胸を凝視したまま言った。
「まずは腹ごしらえ! 迅くんとのコラボ動画のおかげで、登録者数が爆発的に伸びたんだよね。で、収益も伸びたから美味しいお肉を食べようってわけ!」
「まるで俺が自分の意思でコラボしたかのような口ぶりだな。実際には勝手に巻き込まれただけで――」
「細かいことは何でもいいじゃん! あたしの奢りなんだし、迅くんの大好きな焼肉だよ?」
「まあ不満はない」
ということで、マリンと高級焼肉店に移動した。
個室も完備されているが、俺たちは中央の大きなテーブル席に座った。
他に客がいないからだ。
「俺たちの貸し切りなんだな」
「このお店、普段は夜にしか営業していないの! でも、店長さんがあたしのファンで、特別にお店を開けてくれた! これも迅くんのおかげだよ!」
「さすがだな、俺」
「うん、さすが!」
マリンが嬉しそうに笑う。
「さて、食べまくってやろう……!」
メニュー表を手に取り、内容を確認する。
(なんだこの価格は!?)
俺はめまいを覚えた。
高い。あまりにも高すぎる。
比較的安いカルビですら一人前で5000円だ。
しかも、一人前はたったの3枚しかない。
一人前という概念が、俺の感覚とは違っていることにも恐怖を覚えた。
「ほ、ほ、本当に奢ってくれるんだろうな……?」
俺は手を震わせながら尋ねる。
さすがに今回はマリンの顔を直視した。
「もちろん! 好きなだけ食べていいよ! 経費で落ちるから!」
俺の1歳上とは思えない頼もしさだ。
大人のワード「経費」をも使いこなしているとは恐れ入る。
「マリン様、一生ついていきます」
俺はマリンに感謝し、極上の肉を遠慮なく食べた。
やはり持つべきものは金回りのいい友人だ。
◇
食事を終え、店を出た俺たちは、腹ごなしに街をぶらついていた。
「迅くんって戦闘以外も画になるよねー! 気持ちいい食べっぷりだったし、次の動画は街ブラ系もいいかも!?」
マリンはスマホで周囲を撮影している。
何食わぬ顔をしているが、俺は異変に気づいていた。
「どうかしたのか?」
「え? 何が?」
「とぼけるなよ。さっきから後ろを気にしているだろ?」
合流してから今に至るまで、マリンはしばしば背後を気にしていた。
それも露骨に振り返るのではなく、スマホのフロントカメラや鏡の反射などを利用している。
かなりの警戒ぶりだ。
「実は最近、変な視線を感じるの」
マリンは怯えたように身を寄せてきた。
スマホを懐にしまって、俺の腕に抱きつく。
豊満な胸が押し当てられるが、今は気にならなかった。
それよりもマリンのことが心配だ。
「視線? ストーカーか?」
「そうなのかな……? でも、思い過ごしなだけかも……?」
そんな話をしている時だった。
「おっと、そこのお嬢ちゃん。ちょっといいかな?」
前方の路地から進路を塞ぐように男の三人組が現れた。
安っぽいスーツを着て、胡散臭い笑顔を浮かべている。
「うわっ、出た!」
マリンが露骨に嫌な顔をして俺の背中に隠れる。
「知っているのか?」
俺はマリンに尋ねたのだが、答えたのは相手の男だった。
「俺たちは芸能事務所のスカウトマンさ。マリンちゃん、うちの事務所に入りなよ。今の数十倍、いや、百倍は稼げるよ?」
「お断りしますって何度も言っているじゃないですか! あたし、個人勢でやっていくって決めてるんで! それに、あんたらの事務所は悪い噂ばっかり聞くもん! そんなところ、絶対にお断り!」
マリンが顔を出して拒絶する。
「まあまあ、そう言わずにさ。いいだろ?」
男たちがジリジリと距離を詰めてくる。
拒否権はないという態度だ。
「断ればどうなるか、わかってるよね? こっちは君の家も交友関係も把握しているんだよ?」
明らかな脅しだ。
「迅くん……!」
マリンが俺の袖をギュッと掴む。
いつもの陽気さは消え、心の底から怯えている。
(……せっかくの食後の余韻が台無しだな)
俺はため息をつき、マリンを庇うように一歩前へ出た。
「しつこいぞ、お前ら。さっさと失せろ。そして、二度とマリンに関わるな」
「あぁ? なんだお前、彼氏気取りか? お前こそ痛い目を見たくなかったら失せな。俺たちのバックには、Sランク冒険者がついてるんだぞ」
男が得意げに言った。
Sランク冒険者――。
一般人にとっては畏怖の対象であり、絶対的な強者の代名詞なのだろう。
だが、俺にとっては「ただの人間」でしかない。
アビス・ドラゴンすらまともに狩れないザコなど恐るるに足りない。
「Sランクだろうが総理大臣だろうが関係ない。俺の友達を悲しませる奴は許さない。文句があるならかかってこいよ。相手になってやる」
俺の態度を見て、男たちは「只者ではない」と感じたようだ。
連中の顔から余裕が消える。
「せ、先生! こいつを片付けてください!」
男が叫ぶと、路地の奥から大男が現れた。
身長2メートルを超える巨漢だ。
全身これ筋肉といった風貌で、手にはメリケンサックを嵌めている。
どうやらこれが、彼らの言う「Sランク冒険者」らしい。
「まあ、食後の運動程度にはなるか」
俺は首をコキリと鳴らし、巨漢と対峙した。
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