016 深層からの来訪者③
キノコの力で発情したセラが、俺を押し倒してくる。
さらに――。
「む……んっ……」
唇を塞がれた。
柔らかくて、甘い感触。
(これが俺のファーストキス……!)
まさか、キノコの毒で理性を失ったお嬢様が相手になるとは思わなかった。
幼馴染みのアカリにも許していない、俺の大事な“初めて”が……!
「ぷはっ……! お、おい、セラ! 落ち着け!」
俺は慌てて彼女を引き剥がそうとする。
ところが、予想外にも俺は力負けしてしまった。
もちろん本気を出せば振り払えるが、可能な限り力を抑えたい。
うっかり消し飛ばしてしまう可能性があるからだ。
東京の人間は脆い。
「嫌ですわ……。迅さんのこと、ずっと……こうしたかったのですから……」
セラは俺に跨がり、恍惚とした表情で笑みを浮かべる。
そして俺の制服に手を伸ばし、ブレザーのボタンを外す。
普段の清楚で凛とした彼女からは想像もつかない乱れっぷりだ。
このままでは、キスより先の展開も起こり得る。
(いや、待てよ。それっていいことなんじゃないか?)
ふと思った。
このまま流れに身を任せたほうが得策ではないか?
そうすれば、おそらく俺は大人の階段を一段上がれるだろう。
そう、「女を知る男」になれるのだ。
(セラは毒のせいで暴走しているわけだし、これは不可抗力ってことで……)
理性が音を立てて崩壊し、脳が都合よく解釈する。
しかし、田舎で培ったサバイバルの心得が待ったをかけた。
(毒の治療が遅れたせいでセラにもしものことがあったら後悔するぞ)
一見すると、キノコの毒は発情作用だけに見える。
だが、見えないところで他の効果も進行しているかもしれない。
癌のように……。
「……くそっ! 治療するしかない!」
俺は泣く泣く諦めることにした。
鋼の意志で邪念を振り払い、コップに残っていた水を口に含む。
それから上体を起こし、口移しでセラに水を飲ませた。
「んぐっ……!?」
セラが水を吐き出そうとするが、口を手で塞いで阻止する。
そうして強引に飲み込ませたあと、即座に解毒を開始した。
神隠村に伝わる秘孔の一つ「浄化のツボ」。
左右の胸の付近にある10箇所のポイントを、同時に強弱をつけて刺激する。
それによって体内の毒素を強制的に排出させる荒療治である。
「ここだっ!」
俺の両手が、セラの柔らかな双丘を鷲掴みにした。
左右の指を総動員して、10箇所を同時に突く。
「あぁっ……! 迅さ……んっ!」
セラが気持ちよさそうに喘ぐ。
はたから見れば、間違いなく誤解されるシーンだ。
きっと俺がセラの胸を揉んでいるようにしか見えない。
だが、これは立派な医療行為だ。
東洋の秘境に伝わる由緒正しき解毒法であり、断じてセクハラではない。
そう自分に言い聞かせて、俺はセラのツボを刺激し続けた。
「毒よ、抜けろ! ついでに俺の邪念も抜けろ!」
「ひゃうっ……! あ、あつい……!」
「耐えろ……! 耐えるんだ、セラ……! 俺も必死に耐えているから……!」
セラが悶える中、数分間にわたって懸命な施術を続ける。
すると――。
「ひゃあん!」
セラの体がビクンと跳ねた。
体の力が抜けて、荒い呼吸が落ち着き、顔の赤みが引いていく。
しぶとく粘っていた体内の毒素が完全に排出されたのだ。
「よし……! 残念だが、これでよし……!」
俺はすぐさまセラから離れた。
「……はっ!? こ、これは……わたくし……何を……?」
セラが我に返る。
「気がついたか。お前はキノコの毒で暴走していたんだ」
俺は事情を説明した。
暴走した彼女が俺に何をしたか、そして俺がどう解毒を行ったのか。
「そ、そ、そんな……」
セラの顔が真っ赤に染まっていく。
湯気が出そうなほど沸騰しており、このうえなく恥ずかしそうだ。
それから両手で顔を覆い、その場にうずくまってしまう。
「まあ、こういうこともある。キノコを食べさせたのは俺の責任だ。俺が悪かった。すまなかった」
俺は深々と頭を下げる。
対するセラの反応はというと――。
「どうして解毒したのですか! そのままにしてくださっていれば、私……迅さんと一線を越えることができましたのに!」
まさかの「解毒が早すぎる」というお叱りだ。
俺は後悔した。
◇
気まずい空気の中、俺たちはダンジョンを脱出した。
換金所に向かい、集めた魔石を換金する。
ついでに、デス・マンティスの鋭い両腕も納品しておいた。
「合計で三百万円になります」
受付嬢の声に、周囲がざわつく。
アビス・ドラゴンには及ばないが、文句のない大金だ。
しかも、今日は俺とセラの二人きりである。
分配も二等分でいいため、一人当たりの取り分は百五十万円だ。
「これでまた美味い肉がたらふく食える!」
俺はホクホク顔で金を受け取った。
セラはまだ顔を赤くしたまま、もじもじしている。
ただ、少しは機嫌を直してくれたようだ。
「さて、解散するか」
換金所を出たところで言った。
夕日が俺たちの影を長く伸ばしている。
「あの、迅さん……」
セラが意を決したように顔を上げた。
「今日は、その……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「迷惑だなんて思っていないよ。キノコの件は明らかに俺が悪い」
「それでも、私が暴走したのは事実ですわ。それに、その後も大人げない振る舞いをしてしまい……」
「気にするな。なにはともあれ無事だったんだからいいじゃないか。デス・マンティスの肉は美味かったしな!」
俺が笑って許すと、彼女は安心したように微笑んだ。
「では、謝るのはやめて、お礼を言わせてください。迅さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「……また、デートに付き合ってくださいね」
セラは最後にそう言い残し、深々とお辞儀をして去っていった。
長い黒髪が風になびくのを見送りながら、俺はその言葉を反芻する。
(これってデートだったのか)
二人で出かけ、手を繋ぎ、ハプニングもあった。
言われてみれば、たしかに立派なデートだ。
俺は自分の両手を見つめた。
そこには、まだセラの柔らかい感触が残っている気がした。
評価(下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。














