015 深層からの来訪者②
「迅さん! 単独で挑むのは危険ですわ! 私も加勢します!」
セラが慌てて刀を抜いた。
俺の後ろにいるため、姿は見えないものの、気配でわかる。
「その必要はない」
俺は一気に距離を詰める。
今回は意図的に強めの力で殴ることにした。
「中途半端に手加減するより――」
ドォォォォォン!!
「――強く殴ったほうが肉に余計な衝撃を与えなくて済む!」
俺が欲しいのは、デス・マンティスの腹肉だ。
だから、不要な顔面を殴り飛ばした。
「キシャァァ……ッ!?」
カマキリ野郎はパンチの風圧に驚く。
次の瞬間には、頭部が跡形もなく消えていた。
振り上げた鎌をたらりと垂らしながら、その場に崩れ落ちる。
「よし! 腹部にはダメージが及ばなかったな! あとは解体して肉をいただくだけだ」
デス・マンティスの体は非常に硬く、安物のナイフでは解体できない。
だから、敵の腕を千切り、鎌をナイフの代わりにさせてもらった。
「さすがは深層の死神、切れ味がいいな」
俺は上機嫌で解体を進める。
「デス・マンティスが一瞬で……! し、信じられませんわ……!」
セラが口をぽかんと開けている。
周囲で逃げ惑っていた冒険者たちも、足を止めて呆然としていた。
「嘘だろ……一撃……?」
「夢でも見ているのか……?」
俺のユニークな戦闘のせいで、静寂が森を支配する。
またしても目立ってしまったが、これはもはや不可抗力だ。
俺は黙々と作業を進めた。
◇
デス・マンティスの肉は貴重だ。
できることなら、一刻も早く持ち帰って保存したい。
そうはわかっていながらも、俺たちは休憩することにした。
空腹に勝てなかったのだ。
そんなわけで、カマキリ野郎の肉を持ったまま森に入っていった。
「迅さん、本当にダンジョン内で食事をするのですか? 危険ですわ」
「問題ないさ。ほら、見てみろよ」
俺は周囲に目を向けた。
たくさんの魔物がいるものの、誰も襲ってこない。
むしろ俺たちから遠ざかっている。
「どいつもこいつもビビって逃げている。別に問題ないさ」
「たしかに……。それに、何かあっても迅さんが一緒なら安全ですわね」
セラが微笑んだ。
「この辺で休むか」
俺は川辺で提案した。
川の水で喉を潤せるので一石二鳥だ。
「そうですわね!」
セラも同意する。
「問題は火だな。ライターか何かあるか? なくても別にかまわないが」
神隠村の人間は、指パッチンで火熾しができる。
ただ、そのためにはおがくずを集めるなどの手間が必要だ。
「お任せください。これでも私、嗜む程度には魔法を使えますので!」
セラは薪を集め、そこに指先を向けた。
「着火!」
小さな火球が飛び、薪が焚き火へと姿を変えた。
「剣術一筋かと思っていたが、魔法も使えるとは驚きだ。意外にも器用なんだな」
「ふふ、ありがとうございます。ですが、本当に嗜む程度ですわ」
「それでも使えるだけ十分だよ。俺なんか何も使えないからな」
「術式と魔力のコントロール法を身につければ、迅さんでも魔法を使えるようになりますわ」
「それが、俺は体質的に魔法が使えないらしい」
セラが「え?」と驚いた。
「前にルナが言っていたんだ。俺の魔力って、普通の人と違って体内を流れているんじゃなくて癒着しているんだ。だから、魔力を体外に放出する……すなわち魔法を使うという行為ができないらしい」
「なるほど……。魔法が使えないのは不便ですわね……」
「だが、俺には神隠村で身につけた技術がある。どうにでもなるさ」
そう言うと、俺はすぐそばの木に近づいた。
いい感じの太さをした幹が特徴的だ。
「見てな」
右手に意識を集中させ、木に向かって手刀を放つ。
スパァン!
気持ちいい音を立てながら、木が綺麗に切断された。
「えっ……?」
セラが目をぱちくりさせている。
「驚くのはこれからだぜ」
神隠村のサバイバル術はここからが本領だ。
俺は切り出した木材を指先で削り始めた。
「指で木材を加工している!?」
「ふふふ、すごいだろ?」
俺は爪と指先の圧力だけで、加工を進める。
木材は豆腐のように削れ、10秒程度でコップが完成した。
「ど、どうなっているんですの……? 魔法も刃物も使わずに……」
「これが神隠村のサバイバル術だ。魔法ほど便利じゃないが、なかなか大したものだろ?」
「恐るべし、神隠村……!」
俺は即席のコップに湧き水を汲み、焚き火でカマキリの肉を焼く。
太めの骨に肉を突き刺して、マンガでお馴染みの骨付き肉スタイルにする。
「いい匂いだな」
「絶対に美味しいですわ!」
デス・マンティスの肉から滴る肉汁が燃えて、最高の香りを放つ。
いい感じに脂が乗っていて、期待感を高めてくれる。
「さて、食おうぜ! はしたなく骨を持ってかぶりつくぞ!」
「はい!」
俺たちは「いただきます!」の合図で食べ始めた。
両手で肉を持ち、豪快にかぶりつく。
「美味い! めちゃくちゃ美味いぞ!」
一口食べると、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
弾力があるのに柔らかく、噛むほどに肉汁が溢れてくる。
鶏肉のような味を想定していたが、実際は牛肉に近かった。
上等なサーロインステーキを食べているようだ。
「本当ですわ! これは絶品です!」
俺に倣って、セラもはしたなくかぶりついていた。
口や頬を脂でテカテカと光らせて、嬉しそうに笑っている。
「とはいえ、肉だけじゃ味気ないな。付け合わせがほしい」
俺は周囲を見渡した。
いい感じの食材がないか探した結果――。
「お! 美味そうなキノコがあるじゃないか!」
木の根元に生えている色鮮やかなキノコを発見した。
赤とピンクの斑点があり、いかにも怪しい見た目をしている。
だが、怪しいものでも食ってみれば美味いものだ。
今食べているカマキリの肉がいい例である。
「迅さん、それは……見た目が毒々しすぎませんか?」
「大丈夫だ。俺の勘が『食える』と言っている」
根拠はないが、自分の勘には自信がある。
俺はキノコを毟り取り、焚き火で炙った。
表面が汗をかき、しんなりとしてくる。
「じ、迅さん、焚き火に手を突っ込んで熱くないのですか?」
キノコを焼いていると、セラが驚いた様子で見てきた。
「問題ないさ。マグマに比べたら可愛いもんだ。それより、セラも食ってみろよ。焼けば毒も消えるぜ」
俺は「ほら」と、キノコをセラの口に近づける。
「む、無茶苦茶な理論ですわね……。でも、迅さんがおっしゃるなら……」
セラは目をきゅっと閉じ、小さな口を開けた。
そこにキノコを入れてやると、彼女はパクッとかじった。
「……あら? 意外と美味しいですわ。甘みがあって、フルーティーな香りがします」
「だろ? 俺の目に狂いはないんだ」
俺もキノコを食べてみたが、思ったとおりの美味しさだ。
セラの言うとおり、フルーティーな香りがいいアクセントになっている。
肉々しいカマキリ肉の付け合わせにピッタリだ。
だが、食べてから数分後――。
「はぁ……はぁ……っ……」
セラに異変が生じた。
呼吸が荒くなり、白い肌がほんのり赤くなっている。
そのうえ、瞳がとろんと潤んでいた。
「おい、どうした? 体が赤いぞ?」
「わ、わかりません……。ですが、体が、熱くて……うずいて……」
セラが自分の胸元をぎゅっと掴み、苦しそうに身をよじる。
「まさか、あのキノコ……毒キノコだったのか!?」
驚いたのも束の間――。
「迅さ、ん……私……もう、我慢できませ、ん……ッ!」
突然、セラが俺に抱きついてきた。
熱い吐息が首筋にかかる。
彼女の体は燃えるように熱く、そして震えていた。
「私……迅さんが……欲しいです……っ」
理性の箍が外れたセラの瞳は、肉食獣のように俺を捉えていた。
俺には効かなかったが、あのキノコには強力な発情作用があったようだ。
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