011 エリートからの挑戦状①
一般的な高校だと、教科ごとに教師が違うものだ。
しかし、暁冒険者学園では全ての授業を担任が受け持つことになっていた。
そのため、座学もレイコ先生が担当である。
「だから、PTで戦う際には役割分担が大事で――」
一限目とは打って変わり、二限目以降のレイコ先生は穏やかだった。
とにかく、どこにでもいる普通の教師のように授業を進めている。
服装がセクシーであること以外、何らおかしな点は見当たらない。
そんなこんなで、昼休みになった。
俺はルナと学食に行き、二人でメシを食っていた。
「……ん。迅、これ美味しい」
ルナは俺の向かいに座り、俺の唐揚げを奪って食べている。
自身の定食には目もくれず、当たり前のように俺のおかずを奪う。
小動物のように頬張る姿は愛らしいが、貴重な食料を奪われるのは痛い。
「おい、ルナ。自分の分があるだろう」
「迅のがいい。迅の味がするから」
「唐揚げに俺の味はしないと思うが……」
そんな他愛のない会話をしていた時だった。
「見つけたぞ! 朝比奈迅!」
不意に頭上から気取った声が降ってきた。
顔を上げると、そこにはいかにもなエリート風の男子生徒が立っていた。
整髪料で完璧にセットされた銀縁眼鏡の男で、仕立ての良い制服を隙なく着こなしている。
背後には、腰巾着のような取り巻きの生徒を数名従えていた。
漫画に出てくる嫌味な金持ちキャラを具現化したような男だ。
「誰だ?」
俺は唐揚げを守りつつ尋ねる。
「フン、僕を知らないとは。さすがはF組の落ちこぼれだな!」
男は眼鏡の位置を中指で押し上げ、ふんぞり返った。
周囲の生徒たちが遠巻きにこちらを見ている。
「僕は桐生院ハク。首席で入学した1年A組のトップ、すなわち選ばれし者なのさ」
桐生院と名乗る男は、勝ち誇ったように胸を張る。
どう見ても馬鹿そうだが、同学年では一番の優等生らしい。
「で、その首席様が俺に何の用だ?」
「単刀直入に言おう。早乙女マリンさんを紹介しろ」
桐生院は命令口調で言った。
「は?」
「とぼけるなよ。昨日、校門前でマリンさんと親しげにしていただろ!」
どうやら、昨日の野次馬にこの男も紛れ込んでいたらしい。
セラについて触れないあたり、敬虔なマリン信者のようだ。
「紹介してどうするんだ?」
「決まっているだろう。彼女のような高貴な存在には、僕のようなエリートこそが相応しい。君のような野蛮人と接するだけで、彼女の経歴に傷がつく」
桐生院は心底見下した目で俺を見る。
俺はため息をついた。
「酷い言い草だが、まあいい。マリンと仲良くしたいなら勝手に話せばいいだろ。きっと今後も俺たちを迎えに来る。その時に話して連絡先を交換すればいい」
「それができたら苦労しない! 相手は有名な配信者なのだぞ! 話しかけてもあしらわれるだけだろ! 紹介が必要だ!」
情けないエリートだ。
俺は呆れ果てて、深く息を吐いた。
「だったら諦めるんだな」
「そうはさせるか! 仮に僕がマリンさんと仲良くなれなくても、君のような底辺が彼女にまとわりつくことは許されないのだ!」
この桐生院という男は、大きな誤解をしている。
まとわりつかれているのは俺のほうだ。
しかし、それを言ったところで信じてはくれないだろう。
「……さっきからうるさい。消えて」
黙って唐揚げを食べていたルナが、不機嫌そうに口を開いた。
「なんだ、この小さい女は?」
「迅のパートナー」
「パートナーではないが……まあ、同じクラスの友達だ」
「フン、F組同士で傷の舐め合いか。とにかく朝比奈、僕の命令に従え。さもなくば、この学園での居場所をなくすことになるぞ?」
「なんだっていいから失せろ。メシが不味くなる」
俺は追い払うように手を振った。
それが気に障ったようで、プライドの高いエリート様の顔が赤くなった。
「き、貴様……! 首席である僕を愚弄するのもいい加減にしろ!」
「…………」
面倒くさいので、俺は何も言わないことにした。
存在自体を無視して、ルナの定食に箸を伸ばす。
……が、すでにおかずは残っていなかった。
見た目に反して食欲旺盛な女だ。
「いいだろう。そこまで言うなら、冒険者学園らしく実力で決めようじゃないか!」
桐生院が大声で宣言した。
俺が無視しても、こいつはお喋りをやめないつもりだ。
(はぁ……この馬鹿のせいでまた目立ってしまった)
周囲には人だかりができている。
どいつもこいつも、自分の食事より俺のことが気になるようだ。
「勝負だ、朝比奈! 僕が勝ったら、君は僕にマリンさんを紹介しろ!」
「断る。面倒くさい」
俺は即答した。
何のメリットもない勝負を受ける義理はない。
残っているメシを胃袋にぶち込み、ルナと席を立った。
「なんだ? 逃げるのか? A組のトップ、選ばれし者の僕が怖いのか?」
桐生院が挑発してくる。
「そうだ。首席様が怖いから戦わないよ。じゃあな」
適当に答えて、ルナと二人で食堂を出ようとする。
そんな時だ。
「はん! やはりF組は腰抜けだな。勝負にも応じないとは、どうしようもない根性なしだな!」
ピクッ。
俺のこめかみが震えた。
「迅?」
ルナが異変に気づく。
「……お前、今、なんて言った?」
俺は振り返り、桐生院を睨んだ。
「ん? 根性なしと言ったんだが? その通りだろ?」
俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。
俺の故郷である神隠村において、「根性なし」は最大限の侮辱だ。
魔法と縁がない時代に取り残された村なので、何事にも「気合」と「根性」が重んじられる。
だからこそ、「根性なし」と言っていいのは格上の人間だけだった。
村の長老格などが、出来の悪い人間に対して叱る時などに使うものだ。
大阪の人間に「面白くない」と言うようなものである。
「そこまで言うなら、その勝負、受けてやるよ」
「フフン、最初からそう言えばいいんだ。勝負の内容だが――」
「その前に、俺が勝った場合の条件も決めさせろ」
俺は桐生院に歩み寄り、その顔を真正面から見据えた。
「君が勝つことなどあり得ないが、聞くだけ聞いてやろう。言ってみろ」
「なら、俺が勝ったら土下座してもらう」
「なっ……!?」
「どうした? 俺の勝利はあり得ないんだろ? だったら、どんな条件でも問題ないはずだ」
俺が放つ殺気に、桐生院が一瞬怯んだように後ずさる。
だが、すぐに気を取り直して鼻で笑った。
「い、いいだろう! その条件を承諾しよう!」
「決まりだな。で、何で勝負するんだ?」
「決まっているだろう! ポイント競争だ!」
「ポイント競争?」
「知らないのか? さすがは落ちこぼれのF組だな!」
「御託はいいから詳しく教えろよ」
桐生院は舌打ちしてから解説を始めた。
「学園が管理している専用のダンジョンに行き、魔物を倒すことで得られるポイントを競うものだ」
「制限時間内により多くのポイントを稼いだほうの勝ちってことだな?」
「そういうことだ!」
「わかった。今すぐ行くぞ。俺に『根性なし』と言ったことを後悔させてやる」
「……迅、正気? 相手は馬鹿だよ? 無視すればよかったのに」
ルナが小走りでついてくる。
「そのつもりだったが、『根性なし』と言われたら引き下がれない」
桐生院の実力は未知数だが、負ける気はしなかった。
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