010 担任は元ヤン教師
次の日。
いよいよ今日から本格的な授業が始まる。
「え、あの人、F組なの?」
「やっぱりマリンちゃんの配信はフェイクだったのかな」
投稿直後からクラスメイトの視線が痛かった。
俺を見ながらヒソヒソと噂話をする声が聞こえる。
(目立ってもいいことなんか何もないな。マリンがどうして目立ちたがるのか、俺にはちっとも理解できないぜ)
居心地の悪さを覚えながら、机に突っ伏してたぬき寝入りを決め込む。
一方、隣の席では、ルナが本気の寝入りを決めていた。
気持ちよさそうによだれまで垂れているではないか。
「席につけ、クソガキどもォ!!」
チャイムが鳴った瞬間、教室のドアが乱暴に開かれた。
ドスの利いた怒号と共に現れたのは、教師とは思えない格好をした女だ。
白衣の下に、胸元が大きく開いた際どいキャミソールとタイトスカート。
赤紫のウェーブヘアをかき上げ、口元には色っぽい泣きぼくろがある。
そして、手にはチョークではなく金属バットが握られていた。
「おい、氷川先生だ……」
「え? マジで? あの氷川レイコ?」
「氷川レイコって……『紅蓮の女豹』の二つ名を持つ元ヤンの?」
生徒たちがざわつく。
教師とは思えない女ことレイコ先生は、どうやら有名人らしい。
もちろん、田舎者の俺には初耳だった。
「私がお前らクソガキどもの担任を務める氷川だ。じゃあ、最初に私の教育方針を説明するぞ」
レイコ先生は教卓に足を乗せ、メンチを切るように教室を見渡した。
「私の方針はシンプルだ。逆らう奴は埋める。以上」
「「「…………」」」
場が静まり返る。
レイコ先生の迫力に、クラス中が震え上がっていた。
(冒険者学園の教師は荒くれ者が多いと聞いていたが、これは予想以上だな)
俺は震えこそしないが、目をつけられるんじゃないかと不安だった。
マリンのせいで、今では俺もちょっとした有名人だ。
伝説の元ヤン教師に狙われたら生きた心地がしない。
「……ふふ。迅、可愛い」
突然、ルナが意味不明なことを言い出した。
何を言っているのかと思って顔を向けると、彼女は寝ていた。
寝言だったようだ。
「さっそくだが、一限目は実技だ! 全員、グラウンドに出ろ!」
レイコ先生が金属バットで教卓を叩く。
自己紹介すら行われないまま、早くも最初の授業が幕を開けた。
◇
グラウンドには、無数の案山子が立てられていた。
いつ、誰が、どうやって立てたのか気になったのは俺だけだろう。
他の生徒はレイコ先生に怯えており、ルナは眠そうにあくびを連発していた。
「これより実力測定を行う。ルールは簡単だ。私に一撃でも入れられたら、その時点で合格! いや、一撃は厳しいか。触れるだけでいいぞ!」
レイコ先生がニヤリと笑う。
その手には、いつの間にか巨大なガトリングガンが握られていた。
六本の銃身が回転し、不吉な駆動音を立てている。
「出た! レイコ先生の殺人兵器!」
「ガトリングガン……本当に使うんだ……!」
一部の生徒が感動している。
(いや、さすがに重火器はまずいだろ)
俺は心の中でツッコミを入れた。
「安心しろ、ゴム弾だ。死ぬほど痛いが死ぬことはない。それと、制限時間内に私に触れられなかった場合は減点だ」
「あの、先生、減点って何すか?」
男子生徒の一人が手を挙げた。
俺も同じ疑問を抱いていたので助かる。
そもそも、「合格」や「不合格」が何を意味するのかも不明だ。
この学校では大学の単位制みたいなシステムなのだろうか。
入学前に配られた資料には書かれていなかったため、詳細は不明だ。
「減点というのは私の独自システムだ。私が合格と認めた者は加点し、そうじゃない者は減点する。……で、あまりにも減点が多い者は強制退学だ!」
「「「ええええええええええ!」」」
生徒たちが悲鳴を上げる。
「先生、それはあまりにも横暴じゃ……」
「そんなことはない。担任教師には生徒の退学を決める権利が与えられている。不出来な生徒は即退学! 説明はもういいな? さあ、授業開始だ!」
ブォォォォン!
ガトリングガンの銃身が高速で回転する。
ほどなくして、大量の銃弾が俺たちを襲った。
「うわああああああああああ!」
「いてぇぇぇぇぇぇ!」
「こんなの魔法じゃ防げないわ!」
生徒たちの悲鳴が響く。
「うははは! 私は男女平等だ! 女だろうが容赦なく撃つ!」
レイコ先生は生徒を射撃して上機嫌だ。
「よ、よし! 連携して行くぞ! 皆で協力してレイコ先生にタッチするんだ!」
「「「おう!」」」
男子生徒の一人が皆をまとめ、レイコ先生を包囲する。
触るだけでいいため、全方位から仕掛ければ誰かしらは当たる……と考えていたようだ。
しかし、その考えは失敗だった。
「甘い甘い甘い!」
レイコ先生はガトリングガンを自在に振り回して迎撃する。
上手く躱して迫ってきた生徒には、セクシーな脚で蹴りをお見舞いしていた。
「ひぃいいいいいいいいい!」
「む、無理だああああああ!」
生徒たちは戦意を喪失して地面に這いつくばる。
ゴム弾といえども直撃すれば骨折しかねない威力だ。
彼らが悶絶するのは当然のことだった。
「弱ぇ! 弱すぎるぞ! 落ちこぼれの意地を見せてみろ!」
レイコ先生が高笑いしながら銃口を振り回す。
(この様子だと誰も合格できそうにないし、俺は不戦敗でいいか)
ここで俺だけレイコ先生にタッチしたら目立ってしまう。
なので、何食わぬ顔でクラスメートに合わせようと思った。
ルナも同じ考えなのか、悶える生徒に紛れて横になっている。
他の生徒と違って、彼女はすやすやと眠っていた。
「あー、つまらん! これじゃあ、最初の合格者にあげようと思って用意した『高級焼肉店の食い放題チケット』も無駄になりそうだなぁ! 仕方ないし、自分で使うかぁ!」
レイコ先生が豊満な胸の谷間から一枚のチケットを取り出す。
「……! 高級焼肉の食べ放題だと……?」
その瞬間、俺の目の色が変わった。
肉は俺の大好物なのだ。
しかも、高級焼肉となれば尚更である。
(アビス・ドラゴンの竜肉は、マリンたちに奪われてほとんど残っていない。ここで高級焼肉の食い放題チケットが手に入ると大きいな)
正直、今の貯金なら問題なく食べにいけるものだ。
それでも、東京の高すぎる物価のせいで手が出なくて困っていた。
「先生、今の話は本当っすか?」
俺は前に出た。
「あぁ? 嘘はつかねぇよ。最初の一人限定だけどな。私に触れたらこの――」
レイコ先生が言い終わる前に、俺は動いていた。
ゆっくりと歩きながら距離を詰めていく。
「こいつ……!」
レイコ先生が慌てて撃ってくるが関係ない。
俺は避けることなく銃弾の雨を浴びながら前に進む。
「お前、痛くないのか!? ゴム弾とはいえ威力は半端ないだろ!」
レイコ先生が愕然としている。
「この程度、どうってことありませんよ」
実弾だったらさすがにまずいが、ゴム弾なので問題ない。
全身に力を入れて、気合と根性で前に進めば気にならなかった。
「嘘だろ!? あいつ、どうなってんだよ!」
「やっぱりジャージ男は最強なんだ!」
「行けぇ! ジャージ野郎!」
生徒たちが「ジャージ! ジャージ!」と叫ぶ。
ちなみに今の服装は制服であり、ジャージではない。
名前を知らないようだから大目に見てやろう。
「ううおおおおおおおおおおお!」
レイコ先生が全力で俺を撃ちまくるが、それも長続きしなかった。
ガトリングガンがオーバーヒートして止まったのだ。
「ごちになります! 先生!」
俺はガトリングガンを手で振り払い、レイコ先生にタッチした。
胸の谷間に挟まっているチケットをいただこうとする。
しかし、巨乳の魔力に吸い寄せられて、指が谷間に入ってしまう。
「す、すみません!」
慌てて謝った。
だが、レイコ先生や皆の関心は、違うところに向いていた。
「嘘だろ……私のガトリングガンが……」
レイコ先生の威圧的な愛銃は、銃身が飴細工のようにへし折れていた。
「すみません、壊すつもりじゃなかったんですけど、ちょっと力が入りすぎたようで……」
俺は素早くチケットをポケットにしまい、後頭部をかきながら謝る。
銃を壊したせいで減点されないかと不安だった。
「……おもしれー男」
レイコ先生が呟く。
「え?」
「合格だ。お前……名前は?」
「あ、朝比奈迅です」
「そうか。お前、気に入ったぞ。私の飼育係にしてやろう」
レイコ先生が頬を紅潮させ、うっとりとした目で俺を見てくる。
武器を壊された怒りなど微塵もなく、むしろ獲物を見つけた肉食獣のような目つきだ。
「え、遠慮します!」
即答で拒否するが、レイコ先生は聞く耳を持たない。
恍惚とした表情で舌なめずりをしている。
そんなこんなで、俺は目的のチケットを手に入れた。
ガトリングガンが壊れたことで、他の生徒も無事に合格するのだった。
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