第29話 手作り弁当をゆっくり楽しむ……はずだったのだが
「飯だ飯!」
昼休みのチャイムが鳴るとすぐに鞄から弁当を取り出した。
まだ午前中が終わったばかりだというのにとても疲れて腹が減ったのだ。
「真心さんにお弁当作ってもらうようになってから、佐野さんお昼ご飯になると活き活きするようになったッスね」
「そりゃあ男なら誰だってワクワクするだろ。それに今日は滅茶苦茶頭使って疲れたからなぁ」
「新機能かなり難しいッスもんねぇ」
「まぁな。だが自分から言い出したことだし、それに沢山買って貰えることが確実だって分かってるから良い疲れだ」
これが分散のように売れない見込みが高い機能の開発だったら、やる気が激減してただろうな。
「はい、佐野さん」
「おう、ありがとう」
つくしが味噌汁を淹れてくれた。汁物があるのとないのとでは満足感が段違いだ。
「流石に味噌汁は家から持ってくる訳じゃないッスね」
「真心さんは持って来たいらしいが、保温ボトルでも限界があるからなぁ」
「味噌汁は熱くないといまいちッスもんね」
「そういうことだ」
朝淹れてお昼になると、どうしてもそれなりに温度が下がってしまう。それならインスタントでも良いからアツアツの味噌汁を用意した方が良いだろうというのが俺達の判断だった。
ちなみにだが、今日は自分の席で弁当を食べるためこうして丑岡が話しかけてきている。
月、水、金が弁当で、そのうち月、金はレクリエーションルームに移動してつくしと並んで座って食べる。以前、インシデント対応で休日出勤した時に部長と一緒に休憩した部屋だ。
そして水曜はチームメンバーとのコミュニケーションを兼ねて自席で食べることにしている。
火、木は外食。
以前から俺は昼食にリズムがあったらしいが、このリズムをはっきりと意識したら外食するか誰と食べるかなどを考えずに済むようになって昼食時に悩まず楽になった。
「今日はどんな弁当ッスかね。先週の海苔弁は凄かったッス」
「アレな。再現度高くて俺もびっくりしたわ」
「白身魚のフライとか、個人で作れるッスね」
「ご飯の湿気で衣がふにゃふにゃになりそうなのに、サクサクだったのどうやったのか未だに分からん」
海苔弁といえば安い弁当の中で定番中の定番。
ご飯の上に海苔が敷かれていて、モノによってはご飯と海苔の間におかかが敷き詰められている。海苔の上にはどかんと大きな葉っぱ型の白身魚フライ。
それ以外のおかずは色々とパターンがあって、コロッケ、唐揚げ、きんぴらごぼうなどなど。豪華な海苔弁には長くて巨大なちくわの磯部揚げ。ちなみに俺の海苔弁は豪華なものだった。
店で売っている物を完全に再現しつつ、それよりも美味しいものに仕上げたつくしの料理の腕は凄まじい。
「くすくす、大げさですよ。全部ネットで作り方が書いてあるのを参考にして作ってますから」
「って真心さんは言うんだけどな。俺には出来る気がしない」
「レシピ通りに作ってるはずなのにいまいちなことってあるッスからねぇ」
「まったくだ」
丑岡は料理なんかしないだろ、と言いそうになったが、男なら誰でも『自炊頑張ってみようか期』がある気がしたから野暮なツッコミかと思って止めた。もちろん俺にはあった。そこそこ料理が上手い自負はあるぞ。つくしのが美味すぎて自分で作る気には全くならんが。
「さて、それじゃあ開けるか」
どんな弁当なのかを楽しみにするため、作っている途中はなるべく見ないようにしている。だからこの箱の中身が何なのかは分からない。唯一分かるのは、ご飯とおかずが別々ではない容器であるということだけ。
「お~ぷん」
蓋を開けると、丑岡だけでなく晴着さんも覗き込んで来た。
「おお!」
「おお!」
「おお!」
そして三人同時に驚いてしまった。
それも仕方のないことだ。
「キャラ弁ッスね!」
「素敵、とっても可愛い」
「気弱そうな感じが上手く表現されてるな。しかもご飯の上に描くんじゃなくて、おかずとご飯を合わせて絵にしてるのセンスありすぎだろ」
「くすくす、褒めすぎですよ」
いやこれは褒めるだろ。
ご飯を俵型とか丸型にすることで顔のパーツとして使いやすくしてる工夫とか、形だけじゃなくて俺の好きな物だけで構成されてるとか、クオリティが半端ない。
「でもこれ可愛すぎで食べにくいッスね」
「そうか?」
「あっ!? いきなり目から!?容赦無いッス!」
「佐野さん流石にそれは私も……」
二人がドン引きしている、何故だ。
「いやだってこのキャラって不憫な感じの設定だから、こうした方がなんか逆に合ってるかなって」
「そうかもしれないけどそうじゃないッス!」
「少しは悩みましょうよ」
「もぐもぐ、うん、うまい!」
しょうがないだろ腹減ってるんだから。今は可愛さよりも腹が膨れる方が大事だ。
「真心さん、本当にこの人で……真心さんも目を抉ってるッス!」
「くすくす、私は佐野さん一筋ですから」
「お似合いだけどそれで良いッスか……」
「お弁当は食べてもらうためにあるんです」
「正論なのに納得出来ないのは何故ッスか」
「くすくす」
実はこれには絡繰りがあり、先日つくしと一緒に外食してラテアートをやってもらった時に似たような話をしたことがあるんだ。かわいくて飲めないと。
その時にいつか可愛い弁当を作って躊躇くなく食べたら丑岡達が驚くかもってプチドッキリのようなものを考え、それが今日だったというわけ。
「あ、こんな話をしている場合じゃないッス。買ってこないとッス」
「もうかなりの列になってそうだな」
「うう……行ってくるッス」
コンビニに弁当を買いに行くのだろう。だがお昼時のコンビニは戦場で、列がとんでもなく長いことになっている。出遅れたから残っている弁当の種類も減っているだろうし、どんまいとしか言いようがないな。
「もぐもぐ……しかし相変わらず美味いな」
「ありがとうございます」
「それに一口サイズが多いから食べやすい。今日お腹が空くと思って多めに用意してくれただろ」
「はい。最近は大変そうでしたので」
「サンキュ。助かるわ」
「あの……私がいるのでいちゃつくのは止めてくれませんか?」
「今のアウトなのか!?」
普通の会話だと思ってたんだが、確かに二人だけの空気を作ってしまっていたかもしれん。公私混同はしないように気をつけねば。まぁ昼休みは法律で定められた休憩時間であって、本来は『私』にあたるんだがな。
「そういえば晴着さんの弁当もいつも手が込んでるよな」
「真心さんには負けますよ」
「その勝敗はあんまり意味がない気がするんだが」
「それに私の場合は趣味も兼ねてますから」
「趣味? 弁当作りが趣味だったんだ」
「いえ、そうではなく、デザイン的な練習と言いますか……」
デザインってことはイラストとか漫画でも描くのかな。夏と冬のあのイベントに行ってるらしいし。
「…………」
そんなことを考えていたら、つくしが何かに気が付いたような表情で晴着さんをガン見していた。
「真心さん?」
そのつくしの視線に晴着さんが気付き、不思議そうに首を傾げた。
「…………あの、晴着さん」
つくしは俺と晴着さんにだけ聞こえるくらいの小声で話し始める。幸いにも少し遠くのところで会話が盛り上がっているため、この声の大きさなら他の人に聞かれることは無いであろう。
「もしかしてですけど、趣味はコスプレですか?」
「!?」
「!?」
いきなり何を言い出したんだ。
真面目で大人しそうな晴着さんがコスプレするなんて想像もつかないんだが。
「ど、どど、どうして?」
「え、その反応マジか……」
いつも冷静な晴着さんが珍しく動揺している。仕事で失敗した時もこれほどじゃない。もちろんこういうあからさまな反応をしてボケるタイプでもない。
「夏と冬のイベントってそっちだったのか」
「…………」
てっきりサークル参加して何かを頒布しているのかと思ったけど、コスプレの方だったのか。ということは、衣装づくりに凝っていつも眠そうにしてたんだなぁ。
「だが、弁当見るだけで気付くものなのか?」
いくら相手の理解が得意なつくしとはいえ、ありえないと思うんだが。
「いえ、前からそうかなって思ってたんです。晴着さんはそれを隠し続けるか伝えるかで悩んでいる様子で、今もお話ししようかと思ってたみたいなのでおせっかいしてしまいました」
「そういうことだったのか」
「…………流石ね」
でもどうして話そうと思ったのだろうか。
気恥ずかしいのであれば黙っていても問題ない話題だろうし、隠していたところで後ろめたく思う必要は……あ、疲れた眼をして心配かけて申し訳ないと思ってたのかな。
「真心さんと佐野さんには、いつかお伝えしておきたいと思ってました。迷惑をかけているからというのもありますが、真心さんには相談に乗ってもらいたくて」
「相談ですか?」
「同じ女性で相談できる相手があまりいないので……」
「私でよければ喜んで」
なるほどな。
コスプレなので特殊な服ではあるけれど、あれもファッションの一つと考えれば女性視点でのアドバイスが欲しいところだろう。見た目だけじゃなくて、衣装づくりのテクニック的な話なんかも出来そうであるし。
そしてつくしに相談するということは、必然的に俺も知ることになってしまう。だから俺達には恥ずかしくても伝えておきたかったのか。
「俺は丑岡に言わなければ良いんだよな」
「お願いします」
「任された」
丑岡だけはこの話に関係なく、バレたら恥ずかしいだけだし、弄られるのも嫌なのだろう。そしてつくしもその気持ちに気付いていたから、丑岡が居ない今、話を進めたに違いない。
…………
おかしい。
筋は通っているはずなのに、どこか違和感がある。
その違和感の正体はなんだ。
一体俺は何が気になっているんだ。
よく観察しろ。
つくしには負けるが、俺だって相手のことを考えて行動して来たんだ。それこそ自分を殺して『つまらない』と言われるくらいに。
その能力をここで発揮するんだ。
…………つくしが喜びすぎているのではないだろうか。
先輩から相談されて嬉しいのは分かるが、あの喜びようはまるで俺がつくしの気持ちを察して好きにやらせた時のような感じだ。
コスプレ……ま、まさかつくし。
「くすくす」
こっちを見て笑ったぞ。
やはりそういうことだったのか。
つくしは晴着さんからコスプレについて学びたかったんだ。
その理由なんていわずもがな。
「もぐもぐもぐもぐ!」
沢山食べて体力をつけなければ。
「時間かかっちゃったッス。あっ、もう佐野さん食べ終わりそうじゃないッスか」
丑岡がようやく戻って来たが、今の俺はお前の相手をしている心の余裕なんてないんだよ。
今週末か来週末か。
つくしは絶対に仕入れた知識をフル動員して攻めて来る。その全てを受け止めるために、どのように体力づくりをすべきかと真剣に悩み始めたのだから。




