第27話 つくしとの休日 前編
お味噌の良い香りがする。
日曜日の目覚め。
お腹がきゅっと刺激され、空腹を感じぼんやりとした意識が覚醒した。
「つくし……は、いるわけないか」
隣を見てもそこには誰も居ない。
そりゃ当然だ。もし居たとしたら、このお味噌の香りは誰が生み出しているんだって話になる。
体を起こすと裸の上半身が露出されてしまうが、暖房をつけているため冬でも寒くない。そのままベッドから降りて、下着姿のまま寝室を出る。
「おはよう」
「おはようございます」
コンロの前でお玉を手にしたエプロン姿のつくしが挨拶してくれる。
生きていて良かったと思う瞬間だ。
そのまま風呂へと直行し、色々と酷いことになっている体をシャワーで清めた。この時に大事なのは無心になること。決して昨晩のことを思い出してはならない。体力は無限では無いのだから。
さっぱりして風呂から出ると、脱衣所に今日の服が用意されている。それを着てから洗面所で歯磨きと髪のセット。これから朝食だけれど歯磨きは絶対だ。寝起きの口の中は酷いことになってるから、さっぱりしなければいけない。一人暮らしの時は考えたことも無かったけれど、同棲を始めてから気を使っている。
「よし」
軽く頬を叩いて気合を入れ、キッチンへと向かう。
すると丁度そのタイミングで朝ご飯が完成するので、つくしの元へと向かい軽くキスをする。
「ん……っと、それじゃあリビングに持って行くか」
「ん……はい」
完成した朝ご飯をテキパキとリビングへ持って行き、机の上に並べる。LDKの部分がもう少し広ければそっちで食べるけれど、残念ながら椅子付テーブルを置くとかなり狭くなってしまうため、ご飯はリビングで床に座って食べることにしている。
「いただきます」
「いただきます」
つくしと向かい合って座り、一緒にご飯を食べる。
料理はつくしが絶対にやりたいと願ったことだけれど、俺から一つだけお願いをしてある。
それは絶対に一緒に食べること。
冷めるから先に食べて欲しいっていう心遣いが俺は苦手で、自分が食べているのに誰かがまだ料理を作っているというのが妙に居心地が悪いんだ。俺の母親がそんな感じで、何度お願いしてもやり方を変えてくれなかった。
ご飯をテーブルの上に並べるのをつくしが手伝わせてくれたのは、この俺の願いを叶えつつなるべく冷めないようにするためだ。
「はぁ……味噌汁美味い」
具材はシンプルにワカメとネギだけなのだが、それが良いんだよな。
「出汁は自分では取って無いんだよな?」
「はい、まだ顆粒出汁を使ってます」
「それでこの美味さ……まだってことはやる気なのか?」
「もちろんです」
朝から出汁を自分で取って味噌汁作るとか、俺には絶対に出来ない。朝が弱い訳じゃないけど、それでもなるべく長く寝ていたいタイプだからな。つくしの場合は楽しくて仕方ないから辛くもなんとも無いのだろう。
「それは楽しみだ」
「…………ふふ」
「なんか嬉しそうだな」
「はい。素直に楽しみにして貰えたのが嬉しくて」
それって……ああ、そういうことか。朝から出汁を取るなんて言ったら『大変だろ?』とか『そこまでしなくて良いよ』って言いそうなものだ。でも俺はつくしが喜んでやっているって知っているから、むしろ言うべきではないとすら思っている。その気持ちを理解されていることが嬉しいのだろう。
「たくさん用意してありますのでたっぷり飲んでくださいね。運動後は塩分補給が大事ですから」
「…………お、おう」
まさか美味いのはそれが理由だったりするのか?
そういえばハッスルした日の翌朝は必ず和食で味噌汁が出た気がする。
「おっ、今日の卵焼きは甘いな。しょっぱいのだけじゃなくてこっちも作れるんだ」
「はい。色々と作ってみますのでお好きなのを教えてくださいね」
「ああ。でも甲乙つけがたいな。なるべく差をつけたいんだが、うむむ……」
「くすくす。無理しなくて良いですよ」
俺は何かを聞かれた時、何でも良いとか何でも好きとかはなるべく言わず、具体的に答えることにしている。そっちの方が会話が盛り上がるからな。
しかし真面目に考えすぎるがゆえ、こうして答えが出せない時もある。こういう時に笑って流してくれるのはマジで助かる。
「尚哉さんは今日はお家でゆっくりしますか?」
「特に予定は無いからそのつもり。外に出るとしても、いつもの買い物くらいだ」
「はい、分かりました」
いつもの買い物というのは、明日からの一週間分の食料品やら何やらを購入するもの。これも一人暮らしだったら特に意識しないで会社帰りに買っていたけれど、同棲するなら一緒に相談しながら買いやすい日曜日にまとめ買いした方がやりくりが楽になる。こういうのって同棲どころか結婚しているみたいな感じで良いよな。
そしてそれは午後の話で、午前はフリー。
でもつくしはやることがある。
洗濯だ。
「そういえばシーツの替えってまだあるのか?」
「はい。今週はお天気が良かったので」
「来週は曇りが多いらしいから、今日買ってこないとな」
「そうですね」
まさか同棲して最初に不足しそうになったのがシーツとかけ布団カバーだとはなぁ。何故かなんて聞くな。
「乾燥機付き洗濯機を買うべきなのかな」
「私としては洗濯物はお陽様に当てたいのですけどね。ただずっと天気が悪い時もあるでしょうし、買った方が良いのでしょうか?」
「そういう時だけコインランドリーっていう手もあるけど、ランドリーはあまり綺麗じゃないこともあるって聞くしなぁ」
それに俺達のアレやコレが染みついたシーツをランドリーで洗うのもなんとなく抵抗がある。
沢山シーツを買っておいて後で溜め洗いしても良いけど、それも度を過ぎると洗濯が大変すぎるからなぁ。
やっぱり乾燥機付き洗濯機の購入が一番な気もするが、それなりにお値段がするものだから少し躊躇してしまう。
「なんにしても幸せな悩みだな」
「はい。この物件を見つけられて良かったです」
「まさか通路がL字になっていて、その角部屋が空いてただなんてな」
そしてその通路側の部屋を寝室としたので、少し声が漏れても壁ドンされることが無いのである。もちろん窓を開けて大声で致してしまえば後々苦情が入るだろうが、いくら同棲したての盛りたがりな時期だろうがそのくらいの配慮はする。
それを優先してしまったがゆえに収納が足りてないなどの不便な点もあるのだが、そこはほら、若気の至りって奴だ。もう二十八だけど。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
雑談をしていたらご飯を食べ終わってしまった。買い物内容に関してはまた午後に話をすることになるだろう。
食器をシンクまで持って行くと、つくしがすぐに洗い始める。俺はそれを手伝う、ことはもちろんしない。もしやろうとしたらつくしがふてくされてしまうからな。
これからつくしは、食器洗いと洗濯と時間があれば掃除もするだろう。
家事を全部つくしに任せて俺は何をするのか。
ゲーム? スマホ弄り?
それも良いが、今日は勉強だ。
リビングのソファーに座り、技術書を読み進める。最新技術なだけあってかなり難しい内容になっていて、気付けば集中して読み耽ってしまっていた。
「ふぅ、ここまでにするか」
一息ついて時計を見たら、もう十一時を回っていた。
読み始めたのは九時過ぎぐらいだったので、二時間があっという間だったな。我ながら中々の集中力だ。
「つくしは……おっと」
つくしが何をしているのか確認しようと思ったら、その時はじめて左肩にのしかかる重みに気が付いた。
「…………すぅ…………すぅ」
家事を終えたつくしが俺に寄りかかって寝ていた。
朝早くからの家事で疲れさせてしまったのだろうか、なんてことも思わない。何度も繰り返すが、好きでやっていることなので疲れていたとしても充実した疲れに違いないのだから。その証拠にほら、なんて幸せそうな寝顔なんだ。
そろそろお昼時。
ここで起こさないと『どうして起こしてくれなかったんですか』とむくれてしまう。昼食を遅れさせたくないそうだ。
だから本当は今すぐにでも起こしたいのだけれど、やっぱり少しだけ我慢しても良いよな。だってこの寝顔と左半身に伝わる熱をもう少しだけ堪能していたいから。
「…………尚哉さん…………好きです」
「ああ、俺も好きだよ」
寝ていて聞こえていないはずなのに、つくしがより幸せそうに微笑んだような気がした。




