第25話 社会人にとって最も面倒で最も頼りになる存在はど~れだ
「こんにちは、南雲さん。白玲さんはお元気ですか?」
「それはもう。元気すぎるくらいです」
「はは、相変わらずですねぇ」
気持ちの良い笑顔で話しかけてくれるのは、ナイスミドルと言いたくなるほどにいぶし銀な良い男。営業職だからか、それなりの年齢でも非常に爽やかに感じられる。
「元気と言えば、今日連れて来た二人もかなり元気ですよ」
「佐野さんと真心さんですね」
すでに名刺交換は終わっているためお互いに名前は分かっている。テーブルの上に名刺を並べて誰が誰なのかを分かるようにしてある。
相手は三人。
そのうちの一人は今話している営業職の男性。
もう一人は結構なお歳で眉に皴を寄せている近寄りがたい雰囲気の技術職の男性。今日の会議のキーマンだ。
最後の一人は若い男性で、俺はこの人だけ初めて会った。緊張している様子だけど、それ以上に正面に座るつくしのことが気になっているらしくチラチラ見ている。
「真心は佐野と一緒だと力が出るタイプですので、今日はとてもお役に立てるかと思います」
お、南雲さんやるじゃん。俺とつくしの関係を匂わせて相手の若い男性を牽制してくれた。男女関係でトラブルにならないように気を使ってくれたのかな。あるいはつくしが暴走してまた俺との関係を見せつけるなんてことをしないように先手を打ったのかもしれない。
というか相手の若い彼、つくしが気になっているのも、それがダメでがっかりするのも、会議の場で見せちゃダメだろ。まだまだ甘いな。
「はは、それは楽しみですね」
一通り挨拶を終えてから本番に入る。
緊張するけれど、不思議としすぎない。
それは自分の考えに自信があるからなのか、それともつくしが傍にいてくれるからなのか。
今日はお客様への提案会議。
しかもそのお客様は超をつけたくなるくらいの大企業。
うちの会社の親会社も世間的には大企業に属するが、今日の相手は知名度も規模も何もかもが遥かに上。本来であればそう簡単に提案など出来るような相手ではない。
それでは何故俺達がこうして提案にやってこれたのか。
もちろん部長のおかげだ。
部長が自力でコネを作り、俺達とだけは営業を通さずに話が可能なのだ。部長って技術職のはずなのにどうやったのかがマジで分からんし凄すぎる。
なお、うちの会社のルールとして本当はお客様と提案の話をする時は営業が必須なんだけど、このお客様に関してはうちの会社ではなく部長個人を信じて話を聞いてくれているので結構わがままが通る。部長に会社を辞められたら超重要なコネが無くなってしまうからな。
とはいえ、普段はそれでも営業の顔を立てて一緒に連れていく。でも今回ばかりはそれはない。何故なら俺達の製品は分散システム開発とSaaS開発が最優先だから新機能についてはそれ以外の売り方はするなと上から指示されているから。つまり今だけは敵なのだ。
挨拶が終わり、本題に入る。
まずは俺達の製品の基本情報を説明する。
説明役は俺だ。
説明が終わると、会議室の雰囲気が少し重い。
どうやら相手方は俺達が持ってきた製品に興味をもてないらしい。
「先の話を聞く前に一つ良いでしょうか?」
営業の男性から質問が来た。
その隣では技術職のキーマンとなる男性が、眉間の皴をより深くしている。これはダメな兆候だ。
「こちらの製品ですが、四年前から販売開始されているそうですね。ですがこれまで白玲さんが弊社に提案された覚えがございません。その点についてはいかがお考えでしょうか」
いやぁ~手厳しいね。
つまり、部長がこの会社には不要だと思って提案して無かったのに、どうして今さら提案して来てるのか。部長は信じているけれど、お前達はまだ信じていないんだぞ、とクギを刺された気分だ。
今の丑岡だったらビビって何も言えなくなってたかもしれないな。晴着さんでギリセーフと言ったところか。それだけ目の前の三人の空気はよろしくない。
だがそれがどうした。
俺は部長がこの空気をぶち壊して納得させてきたところを何回も見ている。自分の担当製品以外でも勉強になるからと無理矢理客先に連れてかれたからな。このくらいまだ温いもんだ。
「もちろんこの製品が御社に必要とは考えておりません」
どうだ。
たった一言で空気を変えてやったぞ。
それならどうして今ここで提案しようとしているのか、という興味を抱かせることに成功した。
もちろんここで失敗したら信頼を無くしてしまう。俺達を信頼して送り出した部長の顔に泥を塗るような行為で、部長の信用も無くなってしまうだろう。
それでもやらなければならない。
ここを乗り越えなければ、せっかく育てて来た大事な製品が上の人の都合でぶち壊しになってしまう。そんなことは絶対に認められないし、個人の感情だけではなく会社にとっても良くない結果になってしまうだろう。
「真心」
「はい」
う~ん新鮮だ。
つくしを真心って他人行儀で呼ぶのが逆になんかこそばゆい。
「ここからは私がご説明致します」
一度がっかりさせてからのギャップ戦略。この製品にとある機能を追加させることで全く不要だったものを必須のものへとグレードアップさせる。そしてそれを相手になんとしても納得させる。
つくしの相手の気持ちを察する能力を存分に生かした資料と、相手の反応を見ながら臨機応変に話し方や話す内容を変化させる超絶テクニックをとくとみよ。
「……なるほど……ほう」
その手腕に営業の人の顔色が瞬く間に変わった。興味津々と言った感じでつくしのプレゼンに惹きこまれている。
ただし問題はキーマンである技術職の男性だ。何故なら彼がうんと言わなければこの話は先に進まないからだ。
彼の額の皴は……おお、かなり無くなっているじゃないか。一番の難関を突破したぞ。
こうなったらつくしの独壇場。質疑応答も活発に行われ、具体的な今後の日程の話が出てくるくらい、相手はこの製品の導入を積極的に検討してくれそうだ。
「佐野さん」
「はい」
会議の終わりにキーマンの男性に話しかけられた。
「流石白玲さんが育てた方だ。素晴らしいプレゼンでしたよ」
「ありがとうございます」
今回の作戦は南雲さんと相談したが、具体的なやり方を考えたのは俺だった。でも本番ではがっかりさせる美味しくない役に徹したのだが、それでも俺のアイデアだってバレてしまったらしい。
「今度は君のプレゼンも聞いてみたいものだ」
「はは。ありがたい話ですがそれは難しいでしょう」
「どうしてですか?」
「彼女に任せてしまいたくなりますから」
「ふっ、確かに。御社は良い人物に恵まれて羨ましい限りだ。うちの若い者にも見習わせないといけませんな。おい、頑張れよ」
「は、はい!」
もしかすると相手の若い男性は勉強のために連れて来られたのかもな。頑張って質問しようとはしてくれたが、少し空回りしてた感じがする。うん、まぁ、がんばれよ。
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「てな感じで大成功だ」
「じゃあ分散システムの開発とSaaS開発は中止ってことになるッスか?」
「ああ。だが楽になった訳じゃないぞ。追加機能は規模も難易度も分散システムに匹敵するくらいヤバいからな」
「が、がんばるッス」
今回の作戦は、本当に世の中に必要とされる大規模な追加機能を考え、それを超大手企業に提案して契約を取ることで、分散なんてやってる暇なんてないぞと主張することだった。
企業にとって、物凄い売り上げが見込める超大手のお客様との契約は何よりも優先されるものなのだから。
「でもよくあの事業部長が許したッスね。そんな契約があってもやれとかって言いそうな雰囲気だったッス」
「正確にはまだ分散システムの開発中止は決まってない。今頃、部長が事業部長と営業を引き連れてお客様の所に向かってるはずだ」
「そうなんスか?」
「ああ。俺が提案した追加機能より分散システムの方が重要でより意味のある機能を提供できるって提案するつもりらしいな」
「まずいじゃないッスか!」
「安心しろ。百パーセントボコボコにされてるから」
事業部長は激怒したが、超大口契約をゲットした俺達に表立って強く非難は出来なかった。だから自分でお客様のところに行き、分散システムをアピールしてそっちを先に開発させようと考えたのだろう。
それが成功する可能性が皆無であることを知っている。
何故なら例のキーマンは分散システムが大の嫌いで、しかも感情だけではなく理屈でもって俺らの製品に分散システムが不要だということを理解してくれている。きっと事業部長は説教されてるだろうな。
「これも全て、真心さんが完璧なプレゼンをしてくれたおかげだな」
「そんなことないです。佐野さんが素敵な機能と素晴らしい作戦を考えてくださったおかげです」
「おっと、いちゃつきはじめるッスか?」
「私達何処かに行きましょうか?」
「馬鹿、会社ではしねーよ」
お前らが居なくなってもフロアには他の奴らがいるんだぞ。
「会社ではってことは定時後はするッスね!」
「あのなぁ……そんなのするに決まってるだろ。ということで、帰りに飯でも食べに行くか」
「はい!」
ちなみにたった今、部長からチャットで『大勝利おめでとう』のメッセージが来た。
これは美味い酒が飲めそうだ。
おまけ。
「あの……もう一度だけ、『真心』って呼んでくれませんか?」
どうやら気に入ってしまったらしい。
まさか、もうすぐ『真心』から『佐野』に変わるから今のうちに、なんてことじゃないよな。




