第23話 偉い人からの圧力と新年会
「話が逸れてしまったけど、この時期に二人も配属になったのはもちろん例の件ね」
藤堂さんの言葉に俺達に緊張が走る。
とはいえ丑岡やつくしはピンと来てないようで、晴着さんも多少と言ったところ。やはり今日の会議は俺と南雲さんが中心となる流れになりそうだ。
「葛神君は大学院で分散システムを学んできたそうで、小綿さんは入社してからSaaSの保守をやってた」
うわぁ、微妙。
学生時代に学ぼうがそれがビジネスの場で即通用すると思ったら大間違いだし、保守と開発では考え方が違うので苦労しそうだ。なお、保守も開発の一部だとか、細かいことを言ってはならない。その辺りの定義は色々あるんだよ。
「やはり本気で分散とSaaSやる予定なんですね。あれほどうちの製品では意味がないって説明しましたのに」
南雲さんが苦虫を嚙みつぶしたような表情で反論する。
「でも営業の調査ではお客様が望んでるんだってさ」
そんなの何の意味があるっていうんだ。
どうせ最初から答えありきの質問をしているに違いない。あるかないかどちらが良いかと問われたら、そりゃあ何だってあった方が良いに決まってるからな。
「それよりもっと追加すべき機能があると思います」
せっかくなので俺も抵抗してみた。
「うん、だからそれも開発するよ?」
「え?」
「分散、SaaS、機能追加。次の開発は盛りだくさんだね~」
「どう考えても人が足りませんよ!?」
しまった。
今のは『だったら発注を増やせば良いんだよね』って言われてしまう。
人を増やす金があればどうにかなるって話じゃないんだ。
そもそも分散だのSaaSだの、開発可能な人材が世の中に少なく、余っている人材がいるはずがない。重要な人材だから他所から抜いて来ることも簡単に出来ない。
「分かってるって、だから二人追加したんだよ」
「今回の開発はそちらでも行うということですか?」
「うん。こっちでも開発経験のある人材を育てなきゃダメよねって話になってね」
おいおいマジかよ。
つまり開発未経験者を二人追加するだけで、SaaSはともかく分散システムを開発できると思ってるのか?
「藤堂さん、流石にそれは無茶だって分かってますよね?」
藤堂さんは親会社の無能な偉い人、ではない。むしろ高い技術力と開発に関する深い知識を持ち、しかも現場のことを考えて上とも調整してくれる素晴らしい人だ。その人がこんな素人でも分かるような無茶を言うのは妙だ。
「そこはほら、例のOSSにも分散システムがあるんでしょ。それを流用して楽しようってことで」
「あれを使う気ですか!?」
おお、南雲さんが過敏に反応した。
そりゃあ、あのOSSの有識者だもんな。色々と問題が思い浮かぶのだろう。
「まだ本格的な実用化には耐えられないから、お客様から求められても使わないようにアドバイスしているくらいなんですよ!」
「そこを使えるようにするのがうちの技術力なんだってさ」
あ~やっぱりそういうことか。
顔がつまらなそうだし、市川さんなんて露骨に申し訳なさそうな顔してるし、こりゃあ面倒なことになったな。
「ちなみにそっちがダメなら研究所で新しい分散システムのアイデアがあるらしいから、そっちを使っても良いらしいよ?」
「そんなのもっとダメですよ……」
あいつらはバグだらけで動作させることすら難しい難解なシステムを作り、それをいざ実用化させようと修正すると致命的な欠陥が見つかって使えずそれまでの苦労が水の泡になる。そのくせ使いこなせなかった現場が悪いとかって言ってくるクソみたいなところだ。他の会社は知らんけど、少なくともうちはそう。
それならOSSを流用した方が、何か問題があった時に世界中の有識者の知恵を借りられるからまだマシってものだ。
流石に状況が異常すぎるから率直に聞いてみよう。
「どうしてこんな話になっちゃたんですか?」
「うちの製品が結構売れてるって知ってるでしょ。これまではそこそこ、だったのが結構に変わったら、上の人がこの製品にもっと力を入れようって判断しちゃってさ」
それで面倒な人達がしゃしゃり出て来ちゃったってわけか。
こりゃあ部長にも相談だな。
「ちなみにこれまだ秘密の話だけど、白玲さんでも簡単には覆せないと思うから」
忘れられているかもしれないが、白玲さんは部長のこと。
部長のことは親会社の人達も一目置いていて、引き抜きを考えているなんて噂も流れているくらい。
その部長に頼る案件かなと思った瞬間にクギを刺されてしまった。でも部長ですらこの状況を変えにくいっていうことは、どうやら親会社から偉い人が出向して来そうな予感がする。
「というわけで、こうなったらやれることを少しでもやろうってことで資料を準備したのよ。色々と思うところはあるかもしれないけど、一旦はこれで考えて頂戴」
平和な部署だと思っていたが、コツコツ順調に成果を積み重ねてしまったが故に面倒な人達に目をつけられてしまったか。上の意思決定に翻弄されるのが社会人の辛いとこだよな。
でも藤堂さん。少し俺達を甘く見てませんか?
「(…………)」
「(…………)」
南雲さんと視線を合わせて小さく頷き合う。
こうなることを想定して作戦を練っていた。
一昨年くらいから親会社は分散システムを推していて、うちの製品にも入れようという話が来ていた。小規模な製品であるためこれまでは突っぱねられていたが、いずれこうなるかもしれないとは予想していたのだ。
「分かりました。では今日はそういうことで進めましょう」
「今日はうちの面々が沢山意見を出すようなので、楽しみにしていてください」
「それはいいね。ならうちもノルマを設定しようか」
丑岡にプレッシャーをかけて場の空気を和らげる。
俺達の策は今日この場でどうにかする話じゃない。対処には少し時間がかかるし成功率も低い。でもここでやらなきゃ投資した結果成果が出ず、しかもその原因が俺達だと言われてしまう。そんなふざけた話があるわけないだろ。
あの部長に育てられたということがどういうことなのか、たっぷりと見せてやるぜ。
ちなみに丑岡の会議での発言回数は二回だった。内容も微妙だったし落第だな。
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「かんぱ~い!」
「今年もよろしくお願いしま~す!」
会議の場では不穏な感じだったが、元々仲が良い面々だ。仕事から離れれば和気藹々と交流する。
会議後の新年会。
そこでの主役はもちろん葛神と小綿さんだった。
「あ、あの、晴着さんですよね。眼鏡が超似合ってます!よろしくお願いします!」
「おいマジか。今度は晴着さんを狙ってるのか」
「まさか晴着さんも誰かと、なんてことは無いですよね?」
「それは知らないけど……晴着さん、どう思う?」
「控えめに言って最低ですね」
「どうして!?」
「私は真心さんがダメだった時の保険ですか」
「うっ!」
会議の場で晴着さんではなく真心さんにアプローチした。しかも全く迷うことなく一目散に。それなのに飲み会の場で改めて晴着さんを口説こうとするとか、妥協しているようにしか見えない。そりゃあ怒るだろ。
「市川さん、こいつこのままじゃ致命的な問題を起こしますよ」
というかもう起こしてるんだよなぁ。ハラスメントで通報されていてもおかしくないし、つくしにお願いしてしようかと思っているくらいだ。人が減るというのも分散システムの開発が出来ない理由に繋がるしな。
「分かってます。ですので小綿さんもセットなんです」
「どういう意味ですか?」
「こういうことです」
市川さんが小綿さんに視線を向けると、彼女は葛神の隣に座りおもむろにアイアンクローを…‥アイアンクロー!?
「いだだだ!止めて!助けて!」
「ふふ。私言いましたよね~、問題起こしたら潰すって~」
「ひいっ!それだけは!それだけはご容赦を!」
「何処が良いですか? 目ですか? 耳ですか? それともやっぱりここですか?」
「もうしません!もうしませんから!」
フォークを逆手に持って股間を狙ってやがる。怖すぎる。
「ええと、その、二人はお知り合いなのですか?」
「元々は知らない人でしたよ~」
おっとりした雰囲気のままフォークで股間を狙い素振りするの、ひゅんってなるので止めてくれませんか?
「クズ神君は入社してしばらくは本性を隠してたんですけど~最初に声をかけたのが私だったらしいんです~」
葛の発音に意図的なものを感じるとか、猫を被ってたから葛神が採用されたのかとか、小綿さんに声をかけるとか運が悪すぎだろとか、色々と思うところはあるのにフォークから視線が離せない。
「気持ち悪かったので思いっきり股間を蹴り上げたら~、どうしてかグループが違うのにこの子の指導係になっちゃって~」
「…………それは流石に問題になったのでは?」
「私、女ですから~」
やばいぞこの女!
いくら今の世の中で女性に男性が物言いにくいとはいえ、その立場を堂々と使って好き放題やる奴なんて碌でもねぇ!
「あっ、勘違いしないでくださいね。彼女は普通の人です。ただセクハラが絡むと行動が過激になるだけで」
「…………そ、そうですか」
市川さんがフォローしてくれたので少し安心した……かな?
「彼女は葛神君がセクハラしそうになった時に止める役割があるんです。その二人の専門分野が偶然私達と関係してたので、配属になったって感じですね」
あれ、それっておかしくないか?
「それならどうして今日は止めなかったんですか?」
葛神がつくしに声をかける前に止めるのが彼女の役割だっただろうに、何故か彼女は何もしなかった。
「真心さんが何もしなくて良いって視線で教えてくれたからです~」
「え!?」
俺の右横をがっちりキープしているつくしを見ると、彼女は俺のコップにビールを注ぎながら微笑んでいた。
「私達の仲を知ってもらう良い機会かなって思いましたので」
「なるほど、確かに効果は抜群だったな」
言葉で軽く説明するよりも俺達の深い関係を遥かに察して貰えただろう。そしてそれにより葛神が入り込む余地など無いと完璧に諦めさせ、しつこく声をかけてくるようなトラブルを防いだってわけだ。
「そうだよそれそれ。こんな野郎のことなんかどうでも良いから、二人の話を聞かせてよ~」
待ってましたと言わんばかりに藤堂さんが食いついてきた。
コイバナ大好きおじさんとか需要無いと思うけど、別に良いか。
「そうですね、それじゃあ……」
色々と面倒なことは多々あるが、今は飲んで忘れよう。
そして酒とノロケ話で全員を胸やけにしてやるぜ。




