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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第二章

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22/29

第22話 親会社との関係が良好だろうが問題なんていつでも発生する

「何でわざわざ対面でやるッスかねぇ」

「丑岡。外でそういう話をしたらダメ」

「うっ……そうッスね」


 今日は南雲課全員で会議のため外出だ。電車に乗って移動中。

 丑岡がポロっと外で仕事の話をしそうになっていたので晴着さんが注意した。このくらいは構わないと思う人もいるかもしれないが、そういう気の緩みがインシデントに繋がるもの。インシデント、ダメ、ゼッタイ。


「佐野さんが睨んでる」

「ひいっ!ごめんなさいッス!」

「冗談だ。それと、それは俺達が言うことじゃないな」


 一人で黙々と開発作業をする日であってもテレワークせずに律儀に出社してるんだ。会って話をしたい面々が、会って会議をしようと言われて疑問に思うのは変だろう。


「丑岡、今日は必ず発言すること」

「うっ……が、頑張るッス」


 こいつ普段は良くしゃべるくせに、俺ら以外の人との会議になるとだんまりになるんだよな。


「真心さんなんて、新人なのに初顔合わせの時に沢山質問してただろ」

「質問は新人の特権ッス! 俺らは意見を出さなきゃダメと思うと難しいッス……」

「お前新人の時に質問したっけ」

「う゛っ……」


 ダメだこいつ、指導しがいがある。

 知識が増えて技術力も増して来たし、製品への理解度も大分深まったからそろそろ殻を破れると思うんだがな。


「面白い話をしてるね」

「南雲さん」

「なら今日は全員五回以上発言を目指そうか」

「五回ッスか!」


 青褪める丑岡と、楽しそうに笑う南雲さん。

 南雲さんって基本は優しいけど、こういう弄りなのか本気なのか分からないことを結構言う。もちろん失敗したからって後で詰められるようなことは全くない。それが良いか悪いかは分からないが、少なくともうちの課にとっては良い意味で頑張る理由となっていた。


「晴着さんも苦労しそうッスね」

「私は大丈夫」

「でも俺ほどじゃないけど、外じゃあんまり発言しないッスよね?」

「場の空気を読んでるだけ。それにそもそも言いたいことはほとんど南雲さんや佐野さんが言ってくれるし、そうでないときはちゃんと口に出している」


 そうそう。晴着さんは静かだから印象が薄いが、言うべき時はちゃんと言えている。俺や南雲さんが居なければ、自分で会議を主導して進められる力があるだろう。だから全く心配はしていない。


 でも実は入社した時は丑岡と似た感じだった。それを伝えたら丑岡の反応が面白そうだけど、晴着さんの先輩としての威厳を潰すのはかわいそうだから止めておこう。こういうのはやっちゃいけない弄りだ。


「(でも南雲さん、今日の会議のテーマってアレですよね)」

「(へーきへーき)」


 視線だけで南雲さんと会話してみた。通じてるのか全く分からない。


「(つくし、頑張ろうな)」

「(はい!)」


 もちろんつくしとは以心伝心。分からないはずがない。


「また佐野さんと真心さんがいちゃついてるッス」


 またとか言うな。

 会社では自重してるだろ。つくしだって俺の隣に立っているだけでくっついてこないし。


「きゃっ」

「大丈夫か?」

「あ、はい、ありがとうございます」


 電車が強く揺れ、よろめいたつくしを支えてあげた。


「今の絶対わざとッスよね」

「丑岡、そういうのは分かってても言わない」

「はは、若いって良いねぇ」


 偶然だ偶然。

 偶然じゃなくても偶然だ。


 それと南雲さん、それはあなたが隠している若い彼女について聞いてくれっていうフリですか?


 てな感じで俺達は和気藹々と移動していた。

 俺達に仕事を発注してくれている親会社に向かって。


--------


「こんにちわ~」

「ちわ~」


 別に相手が親会社の発注元だからと言って、特別緊張感が漂う訳ではない。むしろ友達感覚、というのは流石に言いすぎだが、一緒に仕事をする仲間という意識が強い。


 会議室に入ると相手のメンバーが三人座っていて、軽い感じで挨拶をする。


藤堂(とうどう)さん、お身体は良くなりましたか?」


 とりあえず世間話から入ったら丑岡が『しまったッス』みたいな顔をした。こんな世間話、発言には入らないからな。


「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。でもほんっと辛かったよ~」


 軽い感じで返事をしてくれたのは、白髪が目立つ五十代の男性、藤堂課長だ。課長といっても親会社は何種類かあって、その中でも偉い方の課長なんだが、ややこしいのでここでは普通に課長ということにしておこう。


「お酒が飲めないのがですか?」

「そうそれ。正月なのに禁酒とか意味が分からない」

「こっそり飲んでそうですね」

「そ、そんなこと無いよ。頑張ったから医者から禁酒解除のお墨付きをもらったしね」

「どうせ少しは飲んで良いってのを過大解釈してるんですよね」

「まっさか~」


 藤堂課長は昨年末に身体を壊し、少しの間だけ入院していた。何の病気かは知らないが、命に関わるようなものではなく、大好きなお酒を禁止されて苦しんでいたという話だけは聞いている。


「自重してくださいね」


 そんな話をしながら全員が席に座り会議の準備をする。

 つくしと晴着さんはノートだけ。俺と丑岡と南雲さんはシンクラを取り出して自席のPCにアクセスする。どちらが正しいとか間違っているとかは無い。俺は今日の会議内容が難しい内容になると分かっていたので、気になったことをすぐに調べられるように用意した。丑岡も不安だから用意したってことなのだろう。裏で別の作業するような奴じゃないしな。


 PCを使う問題は、会議中なのに裏で別の作業をやれてしまうことだ。それは基本的には問題ではあるのだが、南雲さんのように会議に積極的に参加しながら裏で別の作業もこなしてしまう人もいるから俺としては一概に間違いとは思っていない。


「お待たせしました。それじゃそろそろ始めましょうか」


 俺達の準備が終わったので南雲さんが開始の音頭を取った。

 必要な資料はプロジェクターで会議室のスクリーンに投影されているため、すぐにでも始められる。


「ごめんなさい、もう少しだけ待ってください」


 しかし、親会社の主任で、俺より少し年上の男性の市川(いちかわ)さんが申し訳なさそうに言う。誠実そうな雰囲気の方で、開発に関して俺達の窓口となってくれている、大変お世話になっている人物だ。いつも最初の仕様書は彼とうちの共同で作っている。


 ちなみに親会社のもう一人は晴着さんと同じくらいの年頃の女性で、船瀬(ふなせ)さん。会議ではいつも大人しく影が薄いが、開発システム関連の構築保守を担当してくれる無くてはならない人物だ。成果物の管理や自動テスト環境の整備など、彼女のおかげでどれだけの工数が削減されたか。


「遅くなりました」

「ごめんなさい~、前の会議が延びちゃって」


 市川さんと船瀬さんのことを考えていたら、二人の若い男女が入って来た。


 男性の方はかなりイケメンだな。

 女性はふんわりとした優し気な雰囲気だ。


「おお、来た来た。紹介するよ、一月からうちに配属された葛神(くずがみ)君と小綿(こわた)さん」

「よろしくおねがいします」

「よろしくおねが……い……します」


 おいおいマジかよ。

 流石にこの展開は予想外だぞ。


 葛神君がつくしをガン見してやがる。つくしの可愛さに惚れやがったなこいつ。


「とりあえず二人とも席について」

「はい」

「はい」


 あ、葛神この野郎、つくしの隣に座りやがった。


「よろしく、君は?」

「真心つくしです」

「可愛い名前だね。分からないことがあれば何でも聞いてくれよな」

「はい、ありがとうございます」


 しかも椅子を少し移動させてつくしに近づきやがった。

 キラキラした笑顔をしやがって、露骨につくしを狙ってるじゃねーか。


「せっかくこうして知り合ったんだ、よければ連絡先を……」

「おいおい葛神君、いきなり口説こうとするのは良くないよ」

「口説いてませんって。仲間として交流を深めようって思っただけですよ」

「葛神、そういうのは会議が終わってからやりなさい。もちろん相手が少しでも嫌がったらすぐに止めるように」

「は~い」


 藤堂さんが弄るような口調で軽く窘め、市川さんも苦笑しながら注意している。


「あっ…………」


 船瀬さんは俺達の方を見て何かを察したのか焦った様子だ。やはり女性の方がこういうことに敏感なんだろうな。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺とつくしが付き合っていて、しかもその仲がかなり深いことを南雲課は全員が知っている。


 だからこの状況がとても気まずい。空気が非常に重い。


「(佐野君、大丈夫かい?)」

「(大丈夫じゃないです)」


 俺が心配なのか、南雲さんが小声で話しかけて来た。


 嫉妬?


 してますよそりゃ。

 こっちは仕事だからって公私混同しないように、ちゃんと序列順に座ってつくしとは離れた場所にいるんだ。それなのにつくしを狙ったイケメン男子が隣にいるだなんて、腹立たしいに決まっている。

 つくしを百パーセント信じているが、だからって全く気にならないってのはおかしいだろ。 


「(それなら僕が注意しようか)」

「(いえ、それには及びません)」


 ありがたいことに南雲さんがこの状況を変えようとしてくれた。

 でも流石にこの程度のことで上司の力を借りるだなんて情けないだろ。いくら相手が親会社の社員とはいえ、圧力をかけられているような関係ではなく対等に近い相手に対し我慢するだけなんてありえない。


 そして一番大事なのは、俺が激しく嫉妬して苛立っているということ。

 つくしがそんな俺のことを仕事だからって我慢して放っておくと思うか?


「今日の会議で分からないことがあったら俺が……」

「丑岡さん、お願いがあるんですけど」


 つくしは葛神の話を遮り、丑岡に声をかけた。


「了解ッス」


 そのお願いの内容を聞くまでもなく、丑岡は立ち上がった。


「ありがとうございます」

「え?」


 そしてつくしもまた立ち上がると、葛神は驚きで固まってしまった。


「真心さん、私も移動しますからこちらへどうぞ」

「晴着さん、ありがとうございます」


 丑岡と晴着さんがセットで横に移動し、晴着さんが元々座っていた席につくしが座った。


 南雲課の序列は、南雲さん、俺、晴着さん、丑岡、つくし。

 つまり俺の隣につくしが座ることになった。


 しかもつくしは葛神がやったのとは比較にならないほどに俺に椅子を近づけた。


「失礼な態度をとってしまい申し訳ありません。ですが実は俺と真心さん、昨年末から付き合ってるんです」


 そしてどれほど想いあっているかは、つくしの行動を見れば明らかだ。


 単に最初から言葉で説明すれば良いのに、こんな子供じみた行動を取るなど失礼なことだろう。しかも社会人であれば猶更(なおさら)だ。

 先に葛神が失礼な行為をしたからと言って、失礼な行為でやり返すことは決して良いことではない。


 そんなことは分かっている。

 分かっているけれど、俺とつくしにとっては譲れないことだったんだ。


「あちゃ~! やっちゃった!ごめん、マジでごめんね!」


 藤堂さんは俺達の行動に眉を(ひそ)めることなく、ややオーバーアクション気味で謝ってくれた。重くなった空気をほぐすためではなく、素の反応だ。


「若い人同士で席が近い方が良いかと思ったんだけど、裏目っちゃったな。ごめんな」


 市川さんも素直に謝ってくれた。

 つくしの隣の席が空いていたのは意図的だったのか。


「まったく、藤堂さんも市川さんも女性を大事にしないからこうなるんですよ。だから私にも優しくしてください」

「いやそれは話が違う」

「それは無理かな~」

「なんでですか~!」


 おや、もしかして船瀬さんは丑岡ポジションだったのかな。今まで気づかなかったが必死に隠していたのだろうか。


「というかそういうめでたい話は先に言ってよ~」

「すいません、忘年会も無かったので中々伝える機会が無くて」


 例年ならば藤堂課と合同での忘年会が毎年行われる。でも今年は藤堂さんが入院かつ禁酒状態だったのと、他の人達の予定の都合が合わなかったため中止になった。それが開催されていれば、伝えていただろう。


「なら新年会で詳しく教えてね~」

「はい、もちろんです」


 そんなにノロケ話が聞きたければ、胸やけがするくらいたっぷりと教えてやるさ。


「それと葛神君。これに懲りたら、というか懲りなくても可愛い子を見つけたらすぐに口説こうとするの止めなさいね。このままだとハラスメントで通報されちゃうよ」

「…………はい」


 イケメン君がすげぇ落ち込んでる。

 まさか報復とかされないよな。


 と思ったら市川さんがフォローしてくれた。


「彼はいつもこうなんです。すぐに復活して新しい女性を探しますから安心してください」

「…………そのルックスで相手がいないんですか?」

「ぐは!」


 葛神は大ダメージをうけた。ざまあみろ。


「学生時代なら遊びでって付き合う女性はいるかもしれないけど、社会人でこれはちょっとね」

「確かに」


 仕事中に口説こうとするなんて碌な奴じゃないもんな。

 まともな女性であればあるほど、お断りするって訳か。


 今の件についてこれで終わりにしようということなのだろう。

 山下さんが最後に葛神に話しかける。


「葛神君、何か言うことがあるだろ」

「申し訳ありませんでした」

「いえ、俺達も大人げなかったです。申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでした」


 これにて今回の件は終わりだ。


 変に拗れることなく、自然に次の話を開始できる。


 そんな人達が上にいてくれるってのは、とてもありがたいことだ。


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