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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第一章

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20/29

第20話 人生で最も幸せな年越し

「部長、ありがとうございました」

「気にするな。そもそも会社側の不手際なんだ。それにつくしや可愛い部下のことを思えば当然だろ」


 部長に可愛いとか言われると背筋がぞわっとするんだが。

 おっと危ない察せられそうだ。睨まないで下さいよ。


 俺達は三人で久内に襲撃された付近の街中を歩いていた。


「ですが年末のこの忙しい時期、旦那さんと一緒にやることがいっぱいあるんじゃないですか?」

「だからどうだってんだ。そんなんで躊躇してたら旦那に愛想つかれちまうよ」

「おお、珍しい。部長が旦那さんの話で照れてない」

「お前は私を何だと思ってるんだ」

「いで!殴るのは反則ですよ。せっかく無傷で済んだのに」

「ふん」


 揶揄ったら軽い拳骨を喰らってしまった。

 でも命の危機だったことを考えると、こうして笑い合えるのがなんと尊いことか。


「つくしもありがとうな。超助かった」

「むしろこのくらいしか出来なくて申し訳なかったです」

「いやこのくらいって……家の中が超ピカピカだったんだが」

「くすくす、このくらい、ですよ」


 俺の右腕を抱き締めて離さないつくしが、楽しそうに笑った。相当心配だったからか甘えん坊モードになってはいるが、トラウマとかになってなさそうで本当に良かった。


「にしてもあの刑事、威圧的で超腹立ちましたよね。お前が悪いんだろ、みたいな空気がすげぇ出てましたし」

「年末で忙しい時に余計なことしやがってって感じなんだろうとは思うが、あれは無かったな」

「そんな人がいたんですか?」


 おかげで解放されるのに時間がかかってしまった。一晩も缶詰だったよチクショウ。

 久内関係のトラブルに巻き込まれたら部長を呼ぶ話になっていたのでつくしに呼んでもらったが、それが無かったらもっと長引いていただろう。


 通り魔では無く、いざこざの末に久内がブチ切れた。周囲の人への聞き込みの結果、警察はそう判断したらしく、俺にも悪いところがあるのだと思い込んでしまったらしい。

 久内が素直に事情を説明し、駆けつけてくれた部長も同じ説明をし、俺が完全な被害者であることが分かるとようやく解放された。


「そうなんだよ。あいつ、俺が無実だって分かると露骨に嫌そうな顔して追い出そうとしやがった。ああいう奴が冤罪生むんだろうな」

「抗議してきます」

「つくし!?」

「だってそんなのあんまりじゃないですか!」

「つくしは優しいなぁ」


 だがダメだぞ。

 そんなことしたってどうせ聞く耳持たないだろうし、つくしが嫌な思いするだけだ。むしろ公務執行妨害だなんて言われそうだし。


「尚哉さんは素敵な人なのに」

「サンキュ。ならつくしも話を聞かれるだろうから、その時にやんわりと抗議してくれ」

「はい!」


 殺人未遂。

 その罪状で送検されるかどうかは不明だが、世間的にはそれに近い印象を与えるであろうこの事件。てっきりマスコミが殺到してくるのかと思いきや、偶然他で大きな事件が起きていたからか反応は淡泊だった。こうして事件現場近くを歩いていても、テレビ局らしき人達が少しいるだけで、被害者である俺へのインタビューもあっさりしたものだった。


「楽で良いけどな」

「尚哉さん?」

「ああ、すまん。マスコミ対応のこと考えてた。つくしもインタビューに答えたんだよな?」

「はい!尚哉さんの良いところをたっぷり宣伝しておきました!」

「そりゃあ……見るのが怖いなぁ」


 つくしのことだ。あま~い言葉を連発して褒めまくっているに違いない。

 そんなのがお茶の間に流れたと思うと恥ずかしくってたまらない。しばらくは知り合いと連絡取りたくないなぁ。


「くくっ、私は楽しみだ。永久保存版にしておこう」

「部長酷いですよ」

「なんだお前は要らないのか? つくしがお前に告白しているようなものなんだぞ」

「全ての局の映像を集めなければ!」

「くすくす、大げさですよ」


 大げさなんかじゃない。好きな女に愛を囁かれて喜ばない男などいないのだ。


「さてと、私はここら辺で帰るとするよ」


 駅が近くにあるので電車に乗って帰るのだろう。


「部長、重ね重ねありがとうございました」

「ああ、これから大変だと思うが……お前なら大丈夫か」

「信頼が重い。というかそんなに大変なんですかね?事情聴取の続きと、マスコミのインタビューがあったら答えるくらいですよね。正月は暇してますし、平気ですよ」


 刺されて入院、なんて羽目になる可能性もあったんだ。そう考えたらなんとも思わない。むしろ一人で引きこもらなくて良くなるし、滅多に入らない警察署の中が見れてラッキー、くらいの感じだ。あの刑事に会ったらげんなりだが。


「いや、そっちじゃなくて会社の方だ」

「会社?」

「今回の事件はあいつの精神状態を甘く見ていた会社の落ち度でもある。社員に危害が加えられるかもしれないというのに放置した。たっぷりお話があるだろうな」

「うげ……真中さんから電話が来てたのってそれだったんですか」


 それってつまり偉い人から畏まられるかもしれないってことだろ。そういうの苦手なんだよな。


「なんだもう来たのか」

「はい、事情聴取中だったので出れなかったのですが、落ち着いたら電話が欲しいってショートメールが来てました。これっていつやるべきでしょうか……」

「なるべく早い方が良いだろうな」

「ですよねー」


 しゃーない、つくしが帰省したらかけ直すとするか。


「何かあれば遠慮なく私に言え」

「お姉ちゃん」

「もちろんつくしに対処できないことだけな」

「はは、分かってますよ」


 それじゃあ頼って貰えないじゃないかと暗に抗議するつくしがマジ可愛いです。


「んじゃまた……おっとその前に、佐野」

「何ですか?」


 部長が俺の耳元に口を寄せる。つくしに聞かれたくないことなのかな。


「つくしのこと、よろしく頼む」

「もちろんです」

「あいつが初めて本気で認めた男なんだ、悲しませたら承知しないぞ」

「本気で?」


 それはどういう意味なのだろうか。

 これまでつくしは俺以外の男と付き合ったことがあるらしいが、その時は本気では無かったということなのか?


「あいつはいつも『私は好きな人を幸せにしたい』と言っていた」


 それはなんともつくしらしい願いではないか。

 まさに今、幸せにされている最中だ。


「だが最近は『私は尚哉さんを幸せにしたい』と言っている。この意味が分かるか?」


 あのさぁ、どうして最後の最後でそういうこと言うかなぁ。


 これからつくしは帰省するんだぞ。

 離れたくなくなっちゃうじゃないか。


「んじゃな。良いお年を」

「良いお年を」

「良いお年を、お姉ちゃん」


 くそぅ、意味深な笑みを浮かべて去りやがって。


「お姉ちゃんが最後に何を言ったか聞いても良いですか?」

「俺がつくしをもっと好きになることを言った」

「流石お姉ちゃんです」

「はは、つくしは部長のことが好きなんだな」

「小さい頃からとっても優しくしてくれたので」

「そうか」


 部長の背中が見えなくなってから、俺達は再び歩き出す。

 俺の家に向かって。


「なぁつくし」

「はい」


 帰省しないで一緒に正月を過ごさないか?


 そう言おうとしてぐっと堪えた。


 何故なら俺は気付いているから。

 つくしが俺との今後を考えて帰省しようと考えていることを。


 だっていつものつくしなら帰省するなんて絶対に言わない。俺と一緒に居たいと言うはずだ。それでも帰省する理由なんて俺に関係すること以外にありえない。


 俺が我儘を言えばつくしは残ってくれる。

 それに俺が我慢することをつくしは良しとしない。


 だがそれでも俺は堪える。

 何故ならば堪えた先に、もっと幸せな未来があると信じているから。

 その幸せを求めたいと願う俺の気持ちをつくしは尊重してくれるから。


 大事なのはその気持ちを口にすること。

 俺の気持ちを察してくれるような人だからこそ、想いを口にして届けたい。




「年が明けたら、一緒に住まないか?」

「はい!」




 はは、食い気味で超即答しやがった。

 やっぱり俺が考えていたこと分かってたな。


「あ、やっと分かりました。大掃除をやろうとしたのって、そのためだったんですね」

「ああ。あの部屋を引き払うつもりだったからだ」


 俺の部屋は一人暮らし用なので、つくしと一緒には住めない。だからそのまえに綺麗にしておきたかったんだ。


「じゃあ私と同じですね」

「え?」

「実は私の部屋も、かなりスッキリしちゃってるんです」

「い、いつの間に……」


 大掃除をやる時間なんて……いや、そうか、毎日コツコツとやってたんだ。俺が言い出すと思っていた、あるいはそうでなくとも自分から言い出すつもりだったのか。


「よぉ~し、それなら今から新居を探しに行こうか!」

「はい!」

「今夜は帰さないぞ」

「はい!」

「いや、帰省するんだろ」


 しかも帰さない理由が部屋探しとか微妙すぎるだろ。


「帰りませんよ?」

「え?」

「帰るのは明後日に変えました」

「明後日?二日?そうなの?」


 つくしと一緒に年越しできるの?

 正月を過ごせるの?


 超楽しみになってきたんだけど、不安も増えた。


「無理……してないよな?」


 俺が事件に巻き込まれたから心配して、本当は帰らなければならないところを無理して後にずらした。だとすると嬉しくはあるけれど、後で問題になったりしないのだろうか。今年中には帰らなきゃいけない雰囲気だったのに。


「安心してください。大丈夫になっちゃいました」

「なっちゃった?」

「はい、テレビで私のインタビューをニュースで見たお父さんとお母さんが、急いで帰らなくて良いから、そっちで彼氏にたっぷり甘えて来いって」

「え!?」


 ええと、それってつまり……そんなに幸せそうなのに帰省させるのは申し訳ないってことだよな。つくしみたいな可愛い子だったらご両親もさぞかし心配だろうに、そんなことを言わせるだなんて、一体どれほど破壊力のあるインタビューだったんだ。


「ですから今夜は帰りません!」

「…………はは、はははは!そりゃあ楽しみだ!」


 久内に襲われ、最低最悪な年末だと思っていたが、どうやら人生で最も幸せな年越しになりそうだ。


 そして来年は最高に幸せな一年になること間違いなしだな。


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