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尽くしたがりのつくしさん  作者: マノイ
第一章

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第19話 逆恨み

「ふんっ……よし、取れた。つくし」

「準備できてます。そのまま下さい」

「あまり重くはないけど、油でべとついてるから気をつけろよ」

「はい」


 換気扇の羽を取り外し、それを下で待つつくしに手渡した。つくしはそれをシンクまで持って行き洗い始める。


「おおすげぇ、汚れが簡単に落ちてる」

「油汚れ専用、真心家特製洗剤です」

「母親直伝?」

「お祖母ちゃん直伝です」

「そりゃあ効きそうだ」


 お祖母ちゃんの知恵袋って不思議と信頼度高いよな。いや、不思議じゃないか。ノウハウの蓄積ってやつなんだから効果が高いのは必然か。


「つくしが来てくれて助かったよ。大掃除終わらないかと思ったわ」

「こちらこそ頼ってくれてありがとうございます」


 頼らなかったら拗ねるのが目に見えてるしな。


「俺もつくしみたいに日頃から掃除してれば、いざとなって慌てることは無いんだろうけどな」

「それ結構意外でした。尚哉さんは部屋を綺麗にしてるイメージでしたので」

「はは。会社のデスクを見ればそう思うかもな。でもあれは会社だけだよ。新人の頃部長に徹底的に躾けられたからああなったんだ」


 プライベートの俺の部屋は汚部屋、とまではいかないが、掃除をほとんどしていないので汚れが結構たまっているし、物が乱雑に置かれている。


「この換気扇も何年物でしょうね」

「う~ん、新人の時から住んでるから……六年くらい?」

「…………やる気が出てきました」

「はは、頼りにしてるよ」


 換気扇以外にも強敵が沢山いるだろうからな。


「でもどうして今年は大掃除をしようと思ったのですか?」

「さぁどうしてだろうな」

「え~そこ隠すんですか?」

「ふふ。すぐに分かるよ」

「楽しみにしてますね」


 ああ、楽しみにしていな。きっとつくしが凄い喜んでくれる理由だからさ。


--------


 年の瀬だからかそこそこの人で賑わう街の中をつくしと並んで歩く。


「どうだ。美味かっただろ」

「はい、とっても」


 昼飯に近所の蕎麦屋に連れていった。つくしに作ってもらうことも考えたけど、大掃除で埃っぽい室内で作るのは身体に良くないかもと思ったので、俺が好きな店を紹介してみることにしたんだ。


「俺達にとっての年越しそばってことで」

「くすくす、そうですね」


 つくしは明日、帰省する。

 今年会うのは今日が最後だ。


「そういえば急に大掃除の手伝いをお願いしたが、帰省の準備は大丈夫なのか?」

「はい。近場ですし大した荷物にはなりませんから」

「そういうものか」


 足りないものがあれば取りに帰れるしってところなのかね。女性だとそれでも準備多そうだけど、つくしのことだ、テキパキと作業して準備万端に違いない。


「尚哉さんは帰らないんですよね?」

「ああ。両親に正月旅行をプレゼントしたから、二人でゆっくり楽しんでもらうつもりだ」

「素敵です!」

「主任になったらやろうって思ってたんだ」


 普段から大して浪費しないし貯金はそれなりに溜まってる。たまにはこういう使い方も良いだろう。


「でも来年は……」

「尚哉さん?」


 話している途中だったのに言葉が詰まり、足が止まる。

 反射的に隣のつくしの前に手を伸ばし、これ以上進まないようにする。

 

 マジかよ。

 こんなタイミングで、しかもこんなところで会うなんて。


 偶然、なわけないよな。

 会社から帰る時に後をつけられていたのか?


「つくし」

「…………はい」


 つくしの体を後ろに強く押して距離を取らせる。こうなった時を想定して事前にどうするか打ち合わせてあった。だから不満そうな顔をしないでやるべきことをやってくれよ。


「よお久内、元気……には見えないな」

「…………」


 インシデントを起こし、自主退職した久内が目の前にいた。

 目は血走り、服はよれよれ、髪はボサボサで、のし上がってやると威勢が良かった頃の面影は見る影もない。


 奴は俺を見ている。

 どうやら俺の名前を呟いていたというのは勘違いでは無かったようだ。


「俺に何か用か? それともお前もこの辺りに住んでたのか?」


 何も知らないふりをしてひとまず自然に対応してみる。


「…………」


 しかし久内は俺を睨むだけで何も言おうとしない。


「悪いが忙しいんだ。用が無いなら行くぞ」


 まだ大掃除が残っている。早く終わらせてゆっくりしたいんだよ。


「何故だ」

「ん?」

「何故お前ばかり……」

「何のことだ?」

「お前ばかりいいいいいいいい!」

「!?」


 やべぇ! 小さなナイフ取り出しやがった!

 そこまで狂ってやがったのかよ!


「お、お、お、俺は、頑張ったのに!嫌な奴に頭を下げて!クソ上司の機嫌を取り続けて!意味が無い無駄な雑用を全部こなして!休みを全部仕事で費やして!それなのに!それなのに!それなのに!な、な、何で俺がこんな目にあって、お前みたいな何もしてない奴が報われてるんだ!ふざけるな!」


 ああ、なるほど。

 つまりこれはまごうことなく『逆恨み』ってやつだ。


 インシデントのヘルプの時に偶然出会ったことで、俺の存在を意識してしまった。

 酷い目に合っている自分と、悠々自適で仕事をしていてヘルプに来る余裕がある俺。もしかしたら落ちぶれた久内を俺があざ笑いに来ただなんて被害妄想に憑りつかれている可能性すらある。


 報われてる、か。


 俺を探して後を追ってきたのなら、つくしと一緒のところも見られたかもしれない。格下だと思っていた同期が順風満帆な人生を送り、あんな可愛い彼女までいるなんて思ったら、嫉妬で苦しくてたまらなくなったのだろう。


 まったく面倒な話だ。


「きゃああああ!」

「誰か!通り魔よ!」

「警察だ!警察を呼べ!」


 刃物を取り出し今にも俺に斬りかかりそうな久内の様子に、周囲の人達が慌てて逃げまどう。俺も逃げたいんだけど、背中を見せたら思いっきり刺されるだろうなぁ。


「久内、そんなに俺が憎いのか?」


 超怖いけど、どうにか話しかける。時間を稼ぐ。

 部長から久内の話を聞いてから、こうなる可能性を想定して話の内容をシミュレートしてあった。じゃなきゃ、パニックになって逃げて刺されてたな。


「俺はお前とまともに話したこともないんだぞ?」


 それなのにどうして刃物を突き付けられなきゃならないんだ。


「分かってる……」

「え?」

「そんなの分かってる!俺が勝手にお前を恨んでる事なんか分かってるさ!」


 久内は涙で顔をくしゃくしゃ歪ませ、それでもナイフをしまう様子はない。冷静になって崩れ落ちてくれるのが理想だったんだが。


「でもダメだ……もうダメなんだ!お前が幸せそうに女と歩いているのを見てたら!憎くて憎くてたまらないんだ!俺はこんなになってしまったのに、どうして肥溜めに落ちたはずのお前が!」


 肥溜めは酷いな。 

 一官に比べたら温いだろうが、こっちはこっちで結構大変なことも多いんだぞ。


「もう俺の人生は終わりだ! だったら……だったらああああ!」


 くっ、これ以上の時間稼ぎは無理か。

 こうなった全力で走って逃げるしか……おっ?


「さああああのおおおお!」


 久内がナイフを持つ手に力を入れた。

 そして足を踏み出そうとする……のだが。


「がっ、いでぇ!」


 その体が宙に浮き、地面にうつ伏せに叩き伏せられた。

 ナイフは手を離れ、完全に拘束された。


「大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」


 警察が助けに来てくれたのだ。


「尚哉さん!」

「つくし!」


 愛しい人が駆け寄って来たので、それを優しく受け止める。


「無事で……無事で良かったです」

「つくしが予定通り警察を呼んでくれたおかげだ」


 もしも久内に襲われたら、俺が時間を稼いでつくしが警察に連絡する。

 それが事前に考えてあった作戦だった。俺を危険に晒すことをつくしは嫌がったが、久内が狙っているのは俺なのでこの役割を変えることは出来なかった。かといって逃げようにも、全力で殺しに来るかもしれない奴から逃げ切れるか分からず、その結果こういう作戦になったというわけだ。


 とはいえ久内が襲ってくるなんてまずないと思ってたんだけどな。しかもよりによって殺そうとしてくるだなんて運が悪すぎだろ。


「離せ!離せええええ!」


 暴れる久内を警察官が抑え込む。

 殺人未遂の現行犯で逮捕。完全な逆恨みのため情状酌量の余地はなく、重い罰が下されるだろう。


 だが。


「尚哉さん?」

「悪い、少しだけ待ってくれ」


 つくしから体を離し、久内に近づいた。


「近づかないでください!」


 おっと警察に遮られてしまった。


「大丈夫です。そいつにちょっと話があるだけなので」

「許可できません!」

「落ち着かせられるかもしれませんよ」

「それでも……」


 ああもう埒があかない。

 だったら強引にやってやる。


「おい久内!」

「あ、ちょっと!」


 警察官の肩越しに声をかけた。


「俺はお前が羨ましかったんだぞ!」


 ぴたり、と久内の抵抗が止まった。

 だからだろうか、近づくことは許されなかったが、話は遮られなかった。


「いずれのし上がってやると野心に満ちたお前の姿は格好良かった。俺には無い物だった。すげぇ輝いて見えた。劣等感を抱いていたのは俺なんだよ!」

「…………」

「こんなことで諦めんなよ!お前はやり直せる!のし上がる力がある男だ!」

「…………無理だ。こんなことをしちまった。それに俺には最初からそんな力なんて無かったんだ」


 手をきつく握り、涙を流し歯を食いしばる。

 後悔しているのか、悔しかったのか、俺にとってはどうでも良い話だ。


「力ならあるだろ!お前は花の一官に配属された男なんだぞ!しかも同期の中で一番早く出世したんだ!」

「お前だって知ってるだろ!出世なんてズルしたからだ!」

「土日に仕事したからなんだってんだ!できねぇやつは、土日にやろうが一週間が十日あろうができねぇんだよ!成果を出したのは紛れもなくお前の実力だ!」

「さ……佐野……」

「全部リセットしてこいよ。お前ならそれからでも十分成し遂げられる。そういう男じゃ無かったのか!」

「あ……ああ……そうだよ……俺は……俺はっ!」


 これ以上、言葉をかける必要は無いだろう。

 警察官に軽く頭を下げ、その場から離れた。


「あの、尚哉さん、今のって」

「もちろんデタラメだ」

「ですよね」


 俺が久内を羨ましがってた?

 劣等感を抱いてた?

 まだやり直せると思ってる?


 なわけねーだろうが。

 再会するまで存在すら忘れてた男だぞ。


 ならどうして命を狙って来た男に、あんな希望を持たせるような声掛けをしたのか。


「あのまま放置してたら、出所した久内にまた狙われるかもしれないからな。俺が敵でないと思わせたかったんだ」


 本当に狙ってくるかどうかは分からない。だが、そうかもしれないとビクビクしながらこの先の人生を過ごすだなんてまっぴらごめんだ。だから久内の俺への敵意を削除しておきたかった。エールを送り味方だと思わせることで、憎しみのターゲットから逃れたかったのだ。

 俺の言葉に感銘を受けてたっぽいし、あの様子なら大丈夫だろう。


 久内は憑き物が落ちたかのように大人しくなり連行された。


「あなたも同行してください」

「あ、はい」


 今回の事件が通り魔ではなくて、俺と久内の間のトラブルだと思っているだろうから、そりゃあ俺も関係者として呼ばれるだろう。パトカーに乗るの恥ずかしいけど仕方ない。


「その前に少しだけ時間を下さい」

「少しだけですよ」


 つくしの体を思いっきり抱いた。


「尚哉さん?」

「…………怖かった」

「…………」

「すげぇ、怖かった。死ぬかと思った」

「…………」


 決して冷静なんかじゃなかった。傍からはそう見えたかもしれないけれど、足はガクガクで、今にも吐きそうで、生きるためにとにかく必死だった。


 つくしは何も言わず、抱きしめ返してくれる。

 分厚いコートの上からでもつくしの温もりが伝わり、恐怖で凍えた心が急速に癒される。


 このまま警察とか無視していちゃいちゃしていたいな。

主人公、マジで何も悪くない。

でも社会ではそういう不条理が割とあるのでやるせないですね。

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