第17話 クリスマスらしい料理って憧れだった
「うおおお、すげぇえええ!」
思わず子供のようにはしゃいでしまうのも仕方ない。
ケーキ!
チキン!
ピザ!
ビーフシチュー!
キッシュ!
ローストビーフ!
これぞクリスマスって感じの料理がテーブルの上に並べられているのだから。
「本当はチキンじゃなくて七面鳥にしようかなって思ったけど、調べたら日本人には口に合わないらしくて止めちゃいました」
「へぇそうなのか。って七面鳥!? そこまでするのか!? アレってでっかいオーブン必要だろ!?」
「はい。買おうかどうか悩んじゃいました」
「愛の力恐るべし」
俺とのクリスマスのためにそこまで用意しようと考えてくれるなんて嬉しくてたまらない。
「しっかしマジで凄いな。これ全部手作りなんだろ? 会社もあるのに大変だっただろ」
「そうでもないですよ。大半の仕込みは昨日やってますし、今日は仕上げだけでしたから」
それを人は大変と言うのだが、つくしの場合は楽しいなのかもな。なら全く問題ない。
だってゲームが好きな人に、会社があるのに昨日も今日も帰ってからゲームやるの大変じゃないか、なんて普通は聞かないだろ。それと同じことだと思えば心配にはならない。むしろつくしの楽しいで俺も楽しくなれるから最高でしかない。
「それに尚哉さんが美味しく食べる姿を想像したらつい頑張っちゃって」
「つくし……」
そんなこと言われたら我慢できなくなるだろ。
「あっ……ん……」
つくしを優しく抱き締め、二度三度軽くキスをする。
「さぁ、冷めないうちに食べようぜ」
「はい!」
流石に飲み物まで自作とはいかないので、俺がシャンパンを持って来た。つくしはそれを手早く開封するとグラスに注いでくれる。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
そのグラスを軽くチンと合わせ、少しだけ口に含む。爽やかな柑橘の香りと軽い炭酸が口の中で弾けて心地良い。
「まずはやっぱりチキンかな」
たっぷりの油で揚げたチキンのドラムスティック。
上品にナイフとフォークで食べようか、それとも手づかみで豪快に食べようか。
少し悩んだけれど、ここは思いっきりむしゃぶりつくことにした。なんとなくだがそっちの方が美味しい気がしたんだ。
「いただきます……おおおお!じゅーしー!」
嚙んだ瞬間、口の中に肉汁がぶわぁって広がった。表面はカリカリ、中はとても柔らかく、二つの食感が楽しすぎる。
「尚哉さん」
「サンキュ」
手拭きを渡してくれたのでそれで手を拭いてからシャンパンを口にする。べっとりした口内の脂が洗い流される感じがこれまた快感でしかない。
「おっ、つくしも手づかみか」
「はい。尚哉さんの食べ方が美味しそうだったので」
ほんっと、つくしのこういうところ最高だよな。
はしたないと思われてもおかしくない所作なんだが、自分もやってみたいと喜んで真似してくれるとか嬉しくって居心地が良すぎる。
ただ一つ不思議なのが、俺が食べると豪快に見えてそうなのに、つくしが食べると可愛らしいのはどうしてだろうか。恋人補正も入ってそうだが、口をあまり大きく開けて無いのがポイントなのかね。その割に食べるスピード遅くないし、どうやって食べているのか謎だ。
「どうしました?」
「いや、美味しそうに食べてるなって思って」
「はい。とても美味しいです」
「いつも作ってくれる弁当が超美味いから知ってたけど、ここまで料理が美味いとはな」
「ありがとうございます」
会社では外食に行かない日は弁当を食べている。
その弁当はつくしが作ってくれているのだが、これがとんでもなく美味しいんだ。冷凍食品とか一切使わず、全部手作りなんだぜ。ちなみに俺と付き合う前から自分の分の弁当を全部手作りで作っていたらしい。
「ローストビーフも美味い。タレも美味い。キッシュも美味い。ビーフシチューなんて食べる手が止まらないぞ。そして具沢山ピザ……え、これも自作したのか? 結構大きいぞ?」
「はい。この日の為におっきなオーブン買っちゃいました」
「マジで!?」
「嘘です」
「嘘かい!」
「くすくす」
お酒が回ったのかつくしも調子が出て来たな。って思ったけどいつも通りか。素面でもこんな感じで揶揄ってくれるし。
「残念ながらこれは買っておいたものを冷凍して、カットごとに解凍してちょい足ししてくっつけたものなんです」
「なるほどなぁ……でもこれも美味いな。ちょい足しのおかげか?どこで売ってるやつか後で教えて」
「もちろんです」
ホワイトソースのボリューミーなピザで、齧り付くと大量の具材が口の中に広がって満足感が高い。アメリカンタイプならこのくらい乗って無いとな。具が少ないと生地ばかりもっちゃもっちゃ食べてる感じで物足りないことがよくあるし。
「さて、それじゃあ満を持して食べますか」
「行っちゃいますか」
一通り手を付けた所で、メインオブメインに取り掛かろう。
最後に食べるのも良いが、まだ満腹感があまりない状態でも食べてみたいから、途中で手を付けることにしたんだ。
「つくしの手作りケーキ、楽しみだな」
「プレッシャーが半端ないです」
「その割には楽しそうじゃないか」
「だってそれも楽しいですから」
「つよい」
プレッシャーを楽しめるのって、超活躍してるプロスポーツ選手みたいな強者の特権だぞ。俺も弱い方では無いが、吐きそうになるくらいヤバい時もあるから羨ましい。
「ケーキ入刀」
「共同作業しますか?」
「それは大事な時にとっておこう」
「…………予定してくれるんですね」
そこはちょっとした冗談だと思ってスルーしてくださいよ。
そんなに嬉しそうにされたらプロポーズしちゃいたくなるだろ。
ぶっちゃけしても良いし、したいとも思ってる。
付き合い出してからまだひと月も経ってないし、最初の頃は仕事が忙しくてまともに恋人らしいことも出来ていなかった。でもその短期間で、つくしがどうしても欲しくなった。ずっと傍に居て欲しいと強く思うようになった。
ただ、そんなに急がず今を楽しみたい気持ちもあるんだ。
先延ばしにしてるとか、慎重になってるとか、冷静になって考えたいとか、そんな後ろめたい考えは全く無い。今の時期にしか得られない楽しみってのがあると思うんだ。
俺は二十八歳、つくしは二十四歳。
世間では晩婚化が進んでいるだのなんだの言われているが、悠長に恋愛している歳ではないと思っている。つくしが結婚を望んでいるのであれば、今すぐにでもプロポーズするつもりだ。
「スケジュール帳を確認しとく」
「くすくす。私はどんな予定があっても尚哉さんとの予定を最優先で上書きしますね」
「流石に冠婚葬祭は優先してやれよ?」
「どうしよっかな~」
つくしは意味深なフリをして俺を揶揄っただけ。
物語では俺が鈍いだけなんてオチが定番だが、そうじゃないことを確信している。
「はい、あなた」
「おう」
真っ白でイチゴが乗った定番のショートケーキ。
断面の黄色と白のコントラストが美しく、シンプルであるがゆえの良さがある。
「おお、やわらかい」
先端をフォークで切ってみたらあまりの抵抗の無さにびっくりだ。それでいて全体が崩れることなく形を保っている。
「うん、美味い。これは……美味い」
口に入れた瞬間、生地が溶けるように消えてしまった。だがその甘みと香りは残っており、甘すぎないクリームと混ざり合い全くしつこくない旨味のある甘みへと変化した。
他の料理はかなり味が濃くてガツンとくる感じだ。だからケーキもかなり甘めでくるのかと思いきや、非常に上品な甘さで目を閉じてうっとりと味わい尽くしたい気分になってしまう。
「プロ級だろこれ。専門店で買うのより美味いんじゃないか?」
「くすくす。褒めすぎですよ。尚哉さんの好みに合わせただけです」
なるほどな。確かに俺は甘すぎてべったりするケーキはそんなに好きじゃないし、スポンジ生地は柔らかければ柔らかい程に良い派だ。その話を以前したことがあったので、その通りのケーキを作ってくれたのか。そりゃあ細かい好みにベストマッチしていれば専門店とも勝負が可能か。まぁそれを抜きにしても上手すぎると思うが。
「はぁ……幸せ。こんな風にクリスマスにクリスマスらしい料理を食べてのは初めてかも」
「ご実家では何を食べてました?」
「ケーキとチキンは毎年用意したけど、それ以外は適当かな。ピザもあれば、すき焼きなんて時もあった気がする。なんとなく豪華っぽいのを気分で選んでた」
「すき焼きも良いですね」
「ああ。クリスマスっぽくは無かったが、子供の頃は美味ければなんでも良いって感じだったし」
だが少なくともビーフシチューが出たことは無かった。クリスマスに限らずな。手作りビーフシチューってこんなにも美味いんだな。間違いなくつくしが作ったからだとは思うが。
「それじゃあ程よくお腹も膨れたことだし、プレゼント交換と行こうか」
「はい」
今日の俺達のテーマは定番を楽しもう。部屋の隅に小さなクリスマスツリーが置かれて、少しだけど部屋を電飾で飾ってある。後はプレゼント交換をすればノルマ達成だ。
「それじゃまずは俺から」
プレゼントを何にするか超悩んだ。
アクセサリー、コスメ、日用品にペアグッズ。定番からマイナーまで、何を選んでも心から喜んでくれるに違いない。
だからこそ難しい。
何でも同じくらい喜んでくれるのであれば何でも良いとは思えないから。特に喜んでくれるものがあるかもしれないと考えてしまうから。
「これは手帳……ですか?」
やったぜ。つくしがきょとんとしている。流石にこれは予想出来なかったようだな。
ブランド物の手帳。
クリスマスプレゼントっぽくないし、社会人だから恋愛より仕事を意識してしまい微妙と思われてもおかしくない。
だがおかしなものをプレゼントするわけがない。これがつくしにとって最も嬉しいものだと判断したから贈ったのだ。
「開いてみてごらん」
「??」
言われるがまま手帳を開いたつくし。
するとすぐに何かに気が付き手が止まった。
「!!!!!!!!」
そこに何が書かれているのかは秘密だ。
ただ、つくしが最も欲しい物であるとだけ言っておこう。
「こんなの……こんなの頂いたら嬉しすぎて……」
「泣くほど嬉しかったのか?」
つくしが泣いている。
ボロボロと涙を流している。
ハンカチで拭えば良いのに、プレゼントが見えなくなるのが嫌なのか、零しながら手帳を見つめている。
「はいっ。だって、だってこんなの初めてで……こんなにも私の事を分かってくれた人がいるなんて……嬉しい……嬉しいよぉ……」
ああ、良かった。
このプレゼントを選んで本当に良かった。
そっと近づき、つくしの身体を優しく抱いた。
つくしは涙で濡れないようにと手帳をそっと箱にしまい、俺の胸に顔を埋めるようにして幸せを噛みしめるのであった。
「いや、ずるいでしょ」
「ぐ、偶然ですって」
「実は狙ってた?」
「偶然なんですぅ……」
顔を真っ赤にして照れるつくし。
泣いてしまった恥ずかしさと、狙ってやったように見えてしまう恥ずかしさでもじもじしている。可愛い。
「あ~あ、普通の流れなら俺も嬉しすぎて泣いてたかもしれないのに」
「見たかったです……」
「残念だったな。また次回に期待だ」
そう笑いながら、上半身を包む温もりを堪能する。
手編みのセーター。
それがつくしからのプレゼントだった。
あの日、首に巻かれたマフラーも手編みのものだった。だからそれを思い出して感極まる可能性があったのだが、つくしが涙で俺の服を濡らしてしまい、その代わりにこれを着るといった流れになってしまったので感傷に浸る時間が無かったのだ。
しかも、つくしがこれを俺に着せるために敢えて俺の服を濡らしたのではという空気になってしまい、それをつくしが慌てて否定することで微妙な感じになってしまった。
「ぷっ、あはは」
「くすくす」
でもこうやって笑い合うクリスマスの方が俺達らしいかな。




