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Σ41

 父上が戻ってきた。遺品のみになってだ。人種は結局神にさえ見放された種族という事なのだろうか? 出兵した兵の一割も戻ってきてない。そして皆異様に生気が抜けた顔をしてた。なんと声を掛ければいいのか……わからない。しかし事態はそれだけではなかった。数時間毎に入る情報は危機しかない。逃げ帰るときに、他種族が我が領に入ったようだ。周辺の村に被害がでた。

 

 父の葬式をあげてる暇さえなかった。そして父が刺激した種族はまわりの村や町を軒並み壊滅させながら、ここに向かってきてた。

 

「なぜ! どうしてだ!!」


 俺は目の前の通信宝珠に向かってそう叫ぶ。宝珠はすでに向こうの人物を映してない。貴重な回数制限付きの遠距離通信装置だ。けど今しか……今こそ使うべきだった。でもそれは全て無駄だった。助けを求めたすべては潰えた。この出兵を協力してくれた貴族。付き合いのある貴族。それに王宮……とりあえず当たれるところには全て当たった。だが……見捨てられた。そもそも俺なんて当主になったばかりの新参……いきなりこんな若輩がなにをって感じだろう。でもそれでも必死だったんだ。

 

 他種族へと侵攻を開始するのなら、報復だって覚悟しとくべきだった。いや、考えてはいたはずだ。最悪の事態だって……想定してた。だが、これは考えうる最悪を更に上回ったといえる。

 

「ベール様……商人達が領から退去しだしてます。このままでは領の流通が止まってしまいます」

「商人だけか?」


 執事にそう聞く。すでに父上の死も、出兵した兵たちの惨状も伝わってる。他種族の侵攻はまだしらせてないはずだが、商人たちは独自の情報網をもってるから、危険を察知したんだろう。がめつい商人たちは我先にと逃亡してるだろうが、それなりに常識を備えた人なら、きっと懇意にしてる取引先とかにも伝えるだろう。そうやって状況は進んでいく。そもそも……ここを守り切るなんて……そんなことは不可能なんだ。

 

 援軍はこない。誰もが我が家を切り捨てた。国でさえも。だがそれは当然か……国の意思に反して暴走した側だ。不味くなったんで助けてくださいなんて……都合がよすぎるんだ。けどそれでも……父の出兵の協力をした人達は……と思った。けどダメだった。

 

 父は切り捨てられたのだ。死人に口なし……父を生贄に過激派だった連中は国の枠組みに潜り込むつもりなのだろう。もしもここを切り抜けられたとしても我が家はもう終わりだ。融資の打ち切り、借金の催促……その他もろもろが積みあがってる。かなりの無理を父は押し通してたのだろう。そしてそれは多くの貴族の後ろ盾のおかげでもあった。

 

 だから、その全てが散っていった今……この家には何ももう残ってない。薄っぺらい貴族の家名だけがあるだけだ。

 

「皆も……逃げる準備をした方がいい。民たちにも事態を告げて、領から避難をさせるんだ」

「それならば、ベール様はダンプで――」


 俺はその執事の言葉に首を横に振るう。だってここを収めてるのはもう俺だ。たった数時間かもしれない、一日かもしれない。けどそれでも今は俺が領主だ。

 

「俺は領民達が逃げる時間を稼ぐ役目を残った兵たちとともに務める。それが領主としての責任だと思う」

「それならば……私も最後までお付き合いいたします。この家と共に死すると……そう決めてますので」

「ありがとう」


 長年……というか、俺が生まれた時にはすでに彼は執事長だった。俺にとっては家臣というよりも家族に近い人物だ。こういう人がいてくれると心強い。一人だと折れてしまいそうだったから。母はいない、兄妹も。父上には愛人がいたようだが、その人はそうそうに屋敷から出てったよ。

 

「領内全域に緊急放送を。日が昇る前に皆にはこの街からでて貰いたい。少しでも街から離れたほうがきっと生き残れる確率は上がる」

「直ちに行います。屋敷の者たちを使って近くの村人の誘導も行いましょう」

「頼む」


 時間はない。どのくらいで奴らがここにたどり着くかはわからないが、残りの兵で立ち向かったとしても、そんなに持たないだろう。それで満足してくれればいいが、そうでなかったら……人種を危険にさらした愚かな貴族として、不名誉な称号を俺は賜ることになるのだろう。せめてそんなことはないように……どうにかしないと。

 

 それにここにはセラスがいる。彼女は絶対に守りたい。もう、二度と会うことがないとしても……だ。

 

「ベール様。諸々の手配は私が全力で行いましょう。愛する人の元へ、一時の時間を割いても誰も文句は言いません。例えそのまま逃げられても……私は……」


 彼は俺の心をわかってる。流石は執事長だ。彼に隠しごとなどできない。

 

「ありがとう……頼めるか?」

「はい」


 俺は彼の提案を受ける。最後のわがままだ。けど、領主であることを捨て去るなんてことはできない。だから俺は扉を開けて立ち止まる。そして背中越しに彼にこう告げる。

 

「必ず戻る」

「そうですか……」


 それは少しだけ悲し気な声だった。

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