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#111

「帰れない? それって一体……」


 メルさんの言葉に私はかなり動揺してるだろう。だってなんか足元がフラフラする。それに目の前がグルングルンとしてるような? 

 

「そのままの意味ですよ。まだ貴女が向こうの記憶を保持してるのは向こうのマナが残ってるからです。マナが染まりきれば、向こうの事も自然と忘れる事でしょう」

「そんな……」


 忘れる……向こうの……元の世界の事を? 家族も友達も……あの世界で過ごした全部を? それは……嫌だ。それは絶対に!

 

「それってどのくらいで……そうなるんですか?」


 震える声を自覚しながらも、私はメルさんにそれを聞かずにはいられない。

 

「それは存在によって違います。母ほどの存在なら完全に無くす事は無いでしょう。ですが貴女の様な小さな存在なら、数年で異界のマナはなくなるでしょう」


 数年……そもそもそんな居る気もないけど、帰る術なんてわからないんだ。実際どれくらいこっちに居ることになるかは分からない。もしかしたら、数年なんてあっという間に過ぎるかも……てか母って何? ラーゼの事? どっちかっていうと、アンタが母でしょって言いたい。言えないけど。

 

「帰る方法は無いんですか? メルさんはなんとかって言う存在なんですよね? それなら帰る方法だって……」

「異界を渡る方法は存じません。私達はマナが濃くある所に自然と発生する存在ですから。そもそも渡ろうなどとも考えない。私達はマナとともに生き、マナとともに消えるだけです」


 やっぱりこの人は存在から私達……いやこの世界で生きてる種全体と違う感じがする。そもそも種全体となんかあってないけどさ……生きてるとか死んでるとかの定義がなんか違うよね? 死を悲観してる訳でもなさそうだし、生きてる事を喜んでるのかもよくわからない。

 

「ですが、上位の種族なら、そういう事に興味を持ってる物もいるかもしれません。いまはどうか知りませんが」

「それって昔は、そんな研究してた種族がいるって事ですか?」

「大昔の事です。天に座す楽園ではそういう研究もしてましたね。彼等はそういうのが好きでしたから」

「そこにいけば……帰れる?」

「可能性はあるかもしれません」


 絶望と希望は隣り合わせにあると言う。それは本当なのかもしれない。さっき絶望を味わって、けど今はその希望に胸を高鳴らせてる。私はいつの間にか扉を勢いよく開けて屋敷を駆けていた。目指すのは勿論ラーゼの部屋だ。今の話を話して、そしてその場所を探して貰わなくちゃいけない。大丈夫、今はラーゼは領主だし、貴族でもある。

 きっと情報だって直ぐに見つかる。それに私にはアンティカもある。空にあろうがなんだろうが行ってみせる!!

 

「ラーゼ! ちょっと話があるんだけ――ど……」

「うおおおおいっイキます!!」


 勢いよく開けた扉の中では、ラーゼがベッドの脇で仰向けに寝転がるグルダフとか言う獣人のナニを踏みつけてた。そして白い液体を勢い良くとばしてビクビクしてた。私は一瞬頭が真っ白になってそっと扉を締めた。

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