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27_エリザベスからの手紙

 夜会での騒動から三日後、アイビスの元にエリザベスからの手紙が届いた。


「まあ!ねぇ、見てヴェル!」

「ん?どうした?」


 その日、ヴェルナーは遅めの出勤だったため、ゆっくり二人で朝食後のティータイムを楽しんでいた。

 アイビスから手渡された手紙に目を通したヴェルナーの表情が和んでいく。


「へぇ、エリザベス嬢が護身術をね……よかったな、アイビス」

「ええ!楽しみだわ」


 エリザベスの手紙には、一週間後に妹のベディと共に屋敷を訪ねたい旨、そして護身術の道場に通いたい旨が書き記されていた。


 門下生が増えることは大歓迎である。

 ましてやあのエリザベスが護身術を習いたいだなんて、夜会で誤解が解けたことを契機に関係改善ができそうだ。

 アイビスは頬を上気させながら頭の中で素早く授業の構成を練り上げていく。

 それに、誘拐未遂事件以来、ベティに会っていなかったため、元気な姿を見れる喜びはひとしおである。


 アイビスは日頃の稽古により一層精を出しつつ、来る日を楽しみに待った。




◇◇◇


 一週間後――


「いらっしゃい!待っていたわ!」

「ごきげんよう。き、今日はよろしくお願いしますわっ!」


 アルファルーン家の前で今か今かとエリザベスたちを乗せた馬車の到着を待ち侘びていると、遠くからカラカラと車輪の回る音が聞こえ、間も無く豪奢な馬車が到着した。

 流石公爵家の馬車である。全て一流の素材で造られており、装飾にも手が込んでいる。美しい曲線が夏の日の陽光を反射して眩しい。


 護衛と思しき騎士にエスコートされながら、馬車を降りてきたのはエリザベスである。

 他所行きの翡翠色のドレスを身に纏っているが、髪は高い位置でまとめられていた。服はこの後道場で着替えるので問題はない。動きやすいようにと髪型を気にしてくれたことがアイビスは嬉しかった。


「ほら、ベティ、おいでなさい」

「はっ、はい!」


 アイビスへの挨拶を済ませたエリザベスは、未だ馬車の中にいるベティを呼んだ。ベティはおずおずと扉から顔を覗かせて、おっかなびっくりといった様子で騎士に手を引かれながら馬車を降りてきた。


 エリザベスと同じ煌びやかなブロンドヘアを肩まで伸ばし、くりくりと大きなエメラルドの瞳の少女は、まるで人形のように愛らしい。以前は暗い路地裏で、しかも気を失っていたため分からなかったが、とびきりの美少女である。


「ご、ご機嫌麗しゅう。ベティ・ライナメイスと申します。その、先日は命を救っていただき、ありがとうございましたっ」


 ベティは地に足をつけるや否や、ガバッと腰を九十度に折って鈴を転がすような声でアイビスにお礼を述べた。


「いいのよ。あなたが無事で本当によかったわ。ともかく、中へ入りましょう?道場はこっちよ、案内するわ」

「はっ、はい!」


 アイビスに誘導され、ほんのり頬を染めたエリザベスとベディ、そして護衛騎士が後ろに続く。

 道すがら尋ねると、彼の名前はトーマスといい、あの夜会以降ジェームズ殿下がエリザベスにつけた護衛なのだとか。背が高く、藍色の髪はさっぱりと切り揃えられており爽やかな印象を受ける。

 父や兄に会いに軍部に顔を出した時、何度か見かけたことがあるため、アイビスはすぐにトーマスと打ち解けた。


「さ、ここが道場よ。中に入って」

「失礼します」

「うわぁ、すごい……」


 エリザベスとベディは躊躇いがちに靴を脱ぐと、朝からアイビスが丹精込めて磨き上げた道場に足を踏み入れた。


「あっちが脱衣所で、お手洗いはこっち。水分補給はとっても大事だからここに置いてあるドリンクは自由に飲んでね」


 テキパキと道場内を案内するアイビスに、物珍しげな顔をしながらエリザベスたちがついてくる。


「さ、まずはこの道着に着替えて?手伝いが必要ならうちの侍女を呼んでくるし遠慮なく教えてね」

「大丈夫よ、私たち二人で着替えられるわ」

「そう、じゃあ何かあったら呼んでね」

「ええ」


 エリザベス、そしてベディに道着一式を手渡すと、ベディが驚いたようにアイビスとエリザベスを見比べた。

 どうかしたのだろうかと、アイビスもエリザベスに視線を向ける。


「はぁ……仕方ないわね。いいわよ」

「やったぁ!ありがとう、お姉様!」

「……あれ、もしかして護身術はエリザベスだけ習うつもりだったの?ごめんなさい、私ったらてっきりベティもかと思って張り切ってしまったわ」


 二人の様子から、なるほどと状況を理解したアイビスは、エリザベスに詫びた。恐らく危険だからとかまだ早いからとか理由をつけて許していなかったのだろう。

 複雑な表情のエリザベスに、アイビスは安心させるように優しく声をかける。


「エリザベス、ベティは実際に事件に巻き込まれた経験があるわ。それにこの可愛さだもの、また身に危険が及ぶ可能性がある。もちろん護衛から離れずにいるのが一番だけど、この間みたいに一人になった時に襲われることだってあるかもしれない。だから、逃げる時間を稼ぐ術だけでも知っておく価値はあるのよ……って、そういえば、あの日はどうして一人で、しかも路地裏になんて入って行ったの?」


 話の途中から、ふとした疑問が頭をよぎり、ベティに向き合って尋ねてみた。ベティは気まずそうに胸の前で指を突きながら答えてくれた。


「実は、その……猫を見つけて、思わず護衛の目を盗んで後を追いかけてしまったのです」

「猫……そう」


 この国に野良猫なんていたかしら、と少し考え込むアイビスだが、今は思考に耽る時間はない。「教えてくれてありがとう」とベティの頭を撫で、二人を更衣室へ誘導した。

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