第五百六十九話 戦慄
「――前世はこっちの世界と違って快適だったな。魔法というものは存在しないが、力を使わずに走らせることができる車にいつでも冷えた酒を飲める冷蔵庫、いつでも店は開いていて、便所も自動で洗い流してくれる」
「夢のような世界ですね」
「ふん、言うではないか」
俺はアポスと共に砦に作られているバーのような場所で、二人だけで酒を飲んでいた。
何故か乗り気で話そうとしてきたので裏があるのではと思ったが、俺が興味を持ったということで魔法を教えてくれると踏んだのかもしれない。
「どうしてこの世界へ? 前の世界からここへ来たのはどういう経緯があったんでしょうか」
「チッ、聞きにくいことをサラッと言うなお前は。向こうの世界で死んだからだ」
「死んだ……」
やっぱりそこは俺と同じで死んでからなのか。
ほとんど実家ニートだった賢二があの若さで死ぬとは考えにくい。別人、か。
「……ちなみに、どういう死に方を?」
「それを聞いてどうする? 言う訳がないだろうが。その後のことならいいがな」
「それでも構いません」
俺は気づいたら母さんの腕の中に居た。
レガーロがスキル込みでアーヴィング家に産まれるようにしてくれたらしいが、こいつはどうなんだろうな?
「そうだな……死んだ、という嫌な感覚は今でも体にこびりついている。そこからしばらく意識を失くし、気づいたら俺は妙な部屋に立っていた」
「部屋?」
気づけば一人称が『俺』に変わっている。
そんなアポスは俺が体感していないことを口にし、表情は変えずに耳を傾けていると、グラスに酒を注ぎながら言う。
「今、思い出しても奇妙な部屋だったな。お前にはわからないかもしれないが……病院……いや研究施設のようなところだった。白い壁に白いテーブルセット、それに機械のようなものもあったな」
「……」
「そこで俺はどうしていいか分からず困惑していたが、しばらくして一人の女に話しかけられた。眼鏡をかけたその女は……自分を神だと言い放った」
――興味深い。
機械はもしかしたらレガーロの言っていたスキルをランダムに子供へ与える装置なのかもしれないと予測する。だが、ここでレガーロの話と食い違いが出てきた。
レガーロは『神は居なくなった』と言っていたからだ。
もちろんどちらかが嘘をついている可能性はあるけど……
「そいつは『別の世界で人生をもう一度歩みたくはないか』と言ってな。記憶はそのままでスキルとやらも好きなものをつけてくれる、と。胡散臭いとは思ったが俺は即座に受け入れた。転生をしなければ魂を別のなにかにされて記憶が残らない。俺が俺で無くなることに恐怖を感じたからだ」
「その神はどんなやつだったんですか?」
「話した内容は覚えているが、外観はどうだったかまるで覚えていない。ぼんやり、眼鏡をかけていたくらいか」
アポスはその後、神とやらにこの世界へ落とされた。
願いは、記憶を持ったまま金に不自由しないことだったらしい。
よほど貧乏だったのかと思いながら適当に相槌をしながら話を聞いていくが、聞くたびに性根が悪い男だと思う。
「しかし、生まれ落ちて確かに記憶はあったが、それを為すための労力が面倒で意味はあまり成さなかったな。まあ、勉強はできたし剣もそこそこ使えるし、魔力測定は高かったから尊敬のまなざしは受けていたが」
……【天才】をまるで活かせず、前世の記憶は人の為に使わない。努力をしないので、折角の知識も意味を成さず、転生の意味がまるでない。
「なるほど。それにしても、努力をしないで色々手に入れるのは難しくないですか?」
「ふん、馬鹿を言うな。俺に努力など要らない。力が必要なら相応の依頼の仕方があるだろう? それに、前世の兄のような生き方はしたくない」
「……どんな人だったんですか?」
「ああ、取るに足りない男だったぞ? 天才の俺には何ひとつ勝てず、両親に疎まれてご機嫌取りで給料を運んでくるだけの存在だ。……それだけが存在意義だったのに、クソが車にはねられて死にやがった。おかげで苦労する羽目になった。なにが英雄だ、奴隷のくせに最後まで迷惑をかけやがって……」
「……!!」
こいつ……今なんと言った……?
英雄だと?
それはもう遠くなった俺の前世の名前……まさかこんなところで聞くことになるとは。
そして、こいつが前世の弟『三門 賢二』であることが確定した。
迷惑かけられているのは……こっちだ。
「……よほど恨んでいるようですね」
「当然だ。あいつのせいで死……いや、もう終わったことか」
「そう、ですか。少し酔ったようです、私は戻ります。ああ、貴重なお話ありがとうございます。魔法はまた後日教えます」
「そうか、助かる。くく……このままイルファンへ攻め込むか? ドラゴニックブレイズがあればそれも――」
その言葉を背に受けながら、俺はバーを後にする。
吐き気がする……頭痛もだ。恐らく、初めて顔を合わせた時の頭痛はこれを暗示していたのかもしれない。
なるほど、俺は本当にあいつらにとって邪魔者か金づるだったというわけだ。
これで、心を痛めずに済む――
◆ ◇ ◆
「……」
「おかえり! ってどうしたのラース? 顔が怖いわ」
「え? そ、そう?」
<うむ、今までに見たことがない、憎悪に満ちた顔だったぞ>
「わたしもびっくりしたよ」
クーデリカも目をパチパチして俺の顔を凝視する。
まあ、確かに忘れかけていたことを思い起こされて気が立っているかもしれないな。
「収穫はあった?」
「うん。あいつは倒せるよ、悪魔の力が無ければ俺一人でも。いや、俺がやらなくちゃいけない」
「ラース……?」
マキナが心配そうな顔で俺の名を呼ぶ。
なにか声をかけようとした瞬間、背中に衝撃が走る。
「なにを怖い顔をしているんだラース君! 倒せるならさっさと倒した方がいいだろう。そしてボクと結婚式をあげげげげげげ!?」
「どさくさに紛れてなにを言っているのかしら、リース?」
「あ、そういえばいたっけ」
「酷くないかい!? これでもエリュシュ王女の護衛をやってたんだぞ!」
「こら、騒ぐな、ちょっととはいえ酒を飲んでる――」
「あ」
すると、窓の向こうでけたたましい音と花火が上がる。
どうやら、彼らが帰って来たらしい。
最後の戦いの準備は整った……リューゼ、そっちは任せるぞ――




