第五百三十九話 国境を越えて
「くおーん♪」
「なんだかご機嫌だねアッシュ」
「結構こいつって馬車の旅が好きなんだよ、サンディオラの時もはしゃいでたし」
「人に慣れすぎてるけど大丈夫なの?」
「一応、悪い奴は肌で分かるみたいだ。俺達に危害をくわえようとしたりする人間にも吠えるようになったし」
ウチのマスコット子熊は御者台の方に顔を出して短い尻尾を小刻みに振っているのでそんな様子は微塵も感じられないけど、アッシュなりにきちんと成長しているのだ
ちなみに俺達の馬車を引く馬は、結局いつものジョニー達にした。国境まで行った後は騎士に任せて引き返してくる予定だけどね。御者はアルバトロスとヒッツライトが座っていて周囲の警戒も兼ねてくれている。
「いつもと一緒に居る人が違うのも興奮している理由かもね。私とラース以外はあんまり馴染みが無い人ばかりだし」
<ラースとマキナの次に長く顔を合わせているのは我くらいだな>
「これから仲良くなるから大丈夫だよ! ねー♪」
「くおーん!」
とりあえずアッシュはクーデリカに任せて、俺は背もたれに体を預けてくつろぐ格好になると、マキナが目を丸くして言う。
「あれ、珍しいわね? 話し合いとかしないの?」
「どうせ国境を抜けるまでこのまま進むだけだからゆっくりしよう。話し合いは十分にやったし、あとは現地で臨機応変にってね」
『そうだな。最初の数日は教主が警戒するだろうが、従順なフリをしていればすぐに慣れる。その後、本格的に動き出すことになる』
<私達なら兵士に囲まれても問題ないし、国王を抑えるのもいいかもね?>
『教主サマの力は未知数だ、国を抑えられてエバーライドに被害が出るのは上手くないぜ?』
「そのあたりも含めて様子見でいいと思うけどな」
<確かにな。しかしいつもより余裕が見られるな、ラース>
議論が始まったところで俺が話を打ち切ると、サージュが珍しいとばかりに口を開き、次いでレッツェルが尋ねてくる。
「不穏な人材ばかりですが、戦力としては世界有数レベルの強さを持っていますからね。油断しなければ結果はついてくると思いますよ」
「不穏な人材の第一人者がよく言うよ。でも、レッツェルの言う通り、個々の戦力は問題ないのはその通りだ。俺はマキナとクーデリカを全力で守るから、みんなそれぞれ頑張って欲しいかな」
<おや、随分はっきり言うな>
俺の言葉が意外だったのか、マキナは目を丸くし、クーデリカは目を輝かせてこちらを見る中、ロザが不敵に笑う。
「だってそうだろ? 悪魔にドラゴン、不死の人間と普通じゃないメンバーだから当然だと思うよ」
「そういうことね。なら頼らせてもらおうかな」
「わたしもー!」
喜ぶマキナ達を押しのけて、リースが不服そうな顔で俺に近づいてくる。
「む、ボクは守ってくれないのかい?」
「お前はレッツェルの管轄だろ」
「酷い……結婚の約束をした仲なのに……!」
「いつしたよ!? 邪魔しかしてないぞ!」
「リースちゃん、私も我慢しているんだからリースちゃんも大人しくしないと」
「あん? 恋愛は戦いだぞ、マキナ君から奪う位しなくてどうす――」
「誰から誰を奪うのかしら?」
「ごめんなひゃい……」
「あはは、リースちゃん必死だよ」
笑顔でリースを締め上げるマキナにクーデリカが笑う。
俺は俺でマキナの様子に少々驚いていた。以前なら苦笑するか照れて愛想笑いをしていたような気がするので、マキナも成長していると言えるだろう。
俺はチラリと荷台の後ろ側に目をやると、数百人分の馬車がついてくるのが見える。気負っていないようなことを言ったけど、実際はヘタするとエバーライドの人達がとんでもないことになるので楽観はしていない。
一応、ヒッツライトがエバーライドの兵士は休ませるていで国へ帰らせるよう進言するつもりではあるけど、アポス次第というところか。
……とにかく、レフレクシオン王国と国王様に恨みがあるって感じだからな……。そんなことを考えていると、マキナが頬を膨らませて俺の前に来て口を開く。
「……今、クーデリカの胸に目がいってなかった、ラース?」
「い、いってないよ! どうしたんだよ急に」
おっと、全然意識していなかったけど、確かに俺の目線の先にクーデリカがリースとじゃれていた。クーデリカは確かに胸の成長はAクラス随一だと思うけど……
「え、えっと……私って成長してないなあって……」
「まあそこだけがマキナの魅力ってわけでもないし、俺は気にしてないけど」
「そ、そう? なら良かった」
『ふむ、人間の恋愛というやつか、興味深い』
「ひゃあ!?」
バチカルが顎に手を当ててぼそりと呟き、俺とマキナが飛び上がって驚く。そこへロザが口を尖らせてバチカルへ言う。
<こら、折角面白いところだったのに。雰囲気作ってキスくらいはしたかもしれないのに>
『おお、それは失念していた。続けてくれ』
「続けるか!?」
「ははは、こういうのも悪くないですね。もっと早くラース君が産まれていれば面白かったでしょうね」
レッツェルが本を片手に笑う。
まったく人をなんだと思っているのか……。しかし、こいつも丸くなったものだ、こいつも犠牲者とは言えるが、それでもやっぱり人を殺した事実は消えない。本人は気にしていなさそうだが、俺に殺してくれと頼むあたり奥底では自分の欲求よりも罪の方が強い気もするな。
――そんな感じで、道中の魔物を排除しつつ野営を数日かけて行った後、俺達はベリアースへ向かうための国境へとやってきた。
「話は聞いております、お通りください。ここから東へ進むと数キロのところにベリアースの国境があります。南に向かうとカルナック国ですが……今回は必要ありませんね、ご武運を」
「ありがとう。それじゃ、エバーライドの皆さん、ここからは徒歩になります」
「大丈夫だよラース様! 来た道を戻るだけだ、ヒッツライト様、俺達はどうなってもかまわねえ、ただ残してきた家族には寛大な処置を」
「うむ。隷属国だが、エバーライドには作物などで世話になっている、お前達もなんとか無事に帰したいと思っている。ではラース殿」
「うん。行こう」
そしてついに俺達はベリアース王国へと足を踏み入れ、さらに数日行軍を重ねてベリアース王都へ入った――




