01-56.新しい生活
ディアナの体質改善は順調に進行していた。
正直その進行速度は想像以上のものだった。
最初はベットの上で出来る簡単なものから始めた。
手足の曲げ伸ばしやマッサージなどを少しずつ繰り返した。
それから段々と食事の量も増えていき、あっという間に自らの足で立ち上がった。
エリクサーの回復によって、筋繊維が一瞬で回復している事が原因のようだ。
本来筋肉を付けるには一度筋繊維を破壊する必要があり、そこから再生する事で筋肉は太く強くなっていく。
要するに、私がいれば異常な速度で筋トレが出来るという事だ。食事量が目に見えて増えたのは筋肉が付いたお陰だろう。肉体がカロリーを必要としているのだ。
「パティ、それ頂戴」
「ダメよ。ディアナにはまだ早いわ」
ディアナの要求を躱してステーキを口に運ぶパティ。
最近はディアナの希望で全員揃って食事を食べるようになっていた。
とは言え当然メニューは別だ。最近食欲の増しているディアナは、自分の分だけでは物足りなかったのだろう。かと言っていきなり満腹まで食べさせるわけにもいかないのだ。専門家達が計画的に組んだ献立に従ってもらわねばな。
「ぶ~けち~」
「これ……」
ユーシャが切り分けた肉を差し出そうとする。
「ダメだ、ユーシャ。
何も意地悪をしているわけじゃない。もう少しの辛抱だ。
この調子なら直ぐに同じものを食べられるようになる」
「うん……」
「ありがと♪
ユーシャ♪」
「うん」
最近ようやくディアナとも話せるようになってきた。
今は寝食を共にし、殆ど側を離れる事がないのだ。
何せ私がディアナの側を離れられんからな。
自ずとユーシャも側にいる事になる。
今では四人での共同生活にも慣れたものだ。
「やっぱり私、ユーシャと結婚したいわ」
「あら、ディアナ。
私じゃ不満だって言いたいの?」
「うん」
「ほっほ~う?
その生意気な唇を塞いでほしいのね?」
「やめんか。
食事中であろうが」
「パティ、私まだ認めてないよ」
「はい。ごめんなさい」
「ふふ。パティったら。
すっかりユーシャのお尻に敷かれてるのね♪」
「呑気な事言ってないでディアナも頑張りなさいよ。
ディアナがユーシャに認められないと結婚出来ないのよ?
そうなったら、私達はこの国を出ていく事になるわ」
「その時は付いて行くもん」
「叔父様が悲しまれるわ」
「え?」
「……あ」
「今、オジサマって……え?」
婚約を持ちかけて、共同生活まで始めて尚、パティは従姉妹である事だけは隠していた。
だと言うのに、こんなただのうっかりミスで露見してしまうとは……。ディアナの様子を見るに、聞き逃した線はありえまい。
「なるほど。
そういう事だったわけね」
ディアナは何やら納得しているようだ。
結局驚いたのはほんの少しだけだったな。
それに対し、パティの方は完全に固まっている。
未だ動揺から抜け出せないようだ。
しかも真っ青な顔で冷や汗までかき始めた。
「おい、落ち着けパティ。
大丈夫だ。ディアナは受け入れている」
「そうよ。
パティが望むなら聞かなかった事にするから。
だから安心して。ね?」
「!?」
突然ダッと立ち上がったパティは、そのまま部屋を飛び出していった。
すぐさまユーシャが追いかけようと立ち上がる。
「待て!ユーシャ!」
「けど……」
「今は一人にしてやれ。
受け止める時間が必要なのだ。
パティの想いは知っているだろう?」
「……うん」
「パティ、話してくれるかしら」
「どうだろうな。流石に観念するやもしれん。
まあ気にするな。隠し続けるなど土台無理な話しなのだ。
一緒に生活していればボロの一つも出るだろうさ」
「ええ。そうよね」
ディアナは何だか少しスッキリした顔をしている。
どうやら必要以上に心配している様子もなさそうだ。
パティの献身の理由の一端を察して納得したからだろう。
なんならむしろ喜んですらいそうだ。
最近特に仲の良いパティとの思わぬ接点が増えて、何やら高ぶっているのかもしれない。
「ねえ、エリク」
「ならぬ。
せめて食事を終えてからにしろ」
「うん……」
ユーシャはパティが心配で堪らないようだ。
まあ、少々様子も変だったものな。
私はパティの想いの根深さを正確に理解していなかったのかもしれん。
もしや、自身の亡き母上とも重ねておるのだろうか。
私も後で話を聞いてみよう。
ユーシャとディアナは寝るのが早いからな。
パティとの時間はそれなりに確保出来るはずだ。
「それで、ディアナ。
お主、勉学の方はどうなんだ?
今のこの調子で、学年首席など取れるのか?」
「……無理よぉ」
ぐでっとテーブルに突っ伏した。
どうやら大してお頭はよろしくないようだ。
このお嬢様、中々苦戦されていらっしゃる。
「なんか失礼な事考えてない?」
察しは良いのになぁ。
「パティの計画に乗るつもりなのだろう?
ならば精進せよ。ユーシャは簡単には渡さんぞ」
「ぶーぶー」
「やめんか。
お父上が嘆かれるぞ」
礼儀作法も割と怪しい。
少なくともパティのように自然な優雅さは持ち合わせていない。まあこれも仕方のない事なのだけど。
お父上もディアナが長くない事は知っていて、だいぶ甘やかしてきたようだし。
いやまあ、地頭は良いと思うのだがな?
普段会話をしていても、そう感じる事は多々あるのだ。
けどまあ、十数年やってこなかった事をいきなり人の何倍もこなせと言われても難しいのだ。気持ちはよくわかる。
別にディアナが怠けていたわけじゃない。
ディアナにはディアナなりの戦いがあっただけだ。
ディアナはそれに打ち勝ってきた。
だから私達の治療が間に合ったのだ。
それでも後一年でも遅ければ手遅れだっただろう。
それくらいギリギリを生きてきたのだ。
「ディアナよ。
お前はやれば出来る子だ。
今日はパティが見てやれんかもしれん。
私が代わりに勉学も見てやろう」
「エリクが?
何だか厳しそうだわ」
「うん。厳しい」
ユーシャが答えた。
どうやら食事を終えたようだ。
「え~」
「でも大丈夫。
教えるの上手。
きっとすぐ。
エリク、ディアナよろしく。
私、行ってくる」
「うむ。
気を付けてな。
廊下は走るでないぞ?
道に迷ったら庭に出よ。
そうすれば迎えに行ってやろう」
「大げさ。心配ない」
「本当か?
一人で探せるか?
メイド長を呼んでおくか?」
「必要ない」
ユーシャが行ってしまった。私を置いて。
「むう。やはり付いて行くべきだったか……」
「過保護過ぎよ。ユーシャにそんな心配は要らないわ。
私じゃあるまいし」
それはそれでどうなの?
「だがなぁ……。
あの子が私の下を離れて一人で出歩くなど始めてなのだ。
これは心配にもなるというものだ」
「なら付いていく?
二人でこっそり後をつけて」
「良いのか?」
「冗談よ。
真に受けないでよ」
「なんと意地の悪い」
「私が悪いんじゃなくて、エリクがおかしいのよ。
ユーシャだってお手洗いくらい一人で行ってるじゃない」
「それも最近の事ではないか。
ちょっと前まで、必ず私の事も連れ込んでいたのだぞ?」
「やめなさい。
そういう事、勝手に言いふらさないの」
「むぅ……」
「ほら、勉強教えてくれるんでしょ?
早速始めましょう」
「そうだな……」




