後日
リヒト公子がルーブルクに帰還されて、二週間程経ったある日、わたしは王宮へと足を運んでいた。
向かった先は王族専用の中庭。
現在はここでシオン殿下と二人きりでお茶をしている。
「さっそく舞台の続編が発表されたようだよ、ウサギに変えられた令嬢のやつ」
「……」
「ついでにルーブルク公国の方でも公演が決まったんだとか」
「ルーブルク……」
続編では行方不明の公子様が、貴族令嬢に扮して夜会に紛れ込んでダンスを王子様と踊っている場面も盛り込まれているらしい。
恥ずかしくて見る気のなかった舞台だけど、その場面だけはちょっと見たいかもしれない。
改めて思い返すと──まさか殿下と夜会で踊っていた子爵令嬢の正体がリヒト公子だったなんて。
シオン殿下とリヒト公子が踊っていた光景が脳内に流れて、思わず笑みが溢れてしまう。
結構息が合っていたのも相まって、尚更面白い。
「楽しそうだねリディア」
(う、顔に出さない様に努めていた筈なのに、バレてしまった……)
「顔に出さなくても何となく分かるよ」
(だから心を読まないで下さい)
一呼吸置いて私は口を開く。
「いえ、今思うとフォール令嬢と偽っていたリヒト公子と、シオン様のダンスをもっと目に焼き付けておけば良かったと思っていただけですわ。
勿論しっかり拝見はしていたのですが、それにしても息が合っていましたね」
「見てたんだね」
「目立ってましたから。むしろお二人のダンスに魅入ってしまいました」
「あの頃はリヒトを女性だと疑わなかったんだよね?」
「そうです」
「何とも思わなかった?」
「え」
「僕が他の女性と踊っているのを見て、何か思わなかったのかな」
わたしは少し考えて言葉を口にする。
「お二人ともダンスがお上手だな、としか」
「そう。僕はリディアが誰かと踊っていたり、他の男と話したり、目が合ったりしていると嫉妬してしまうけどね」
(目が合ったりって細かいですねぇ……。まぁ、わたしだって多少は……)
素直に口にしようか逡巡した結果『監禁』という文字が頭の中を過る。
「監禁とか言わないから」
「多少は、そりゃ……」
恥ずかしくて視線を逸らしたものの、あからさまな態度を取ってしまったことを自覚しながら、さり気無く殿下の方を伺った。
すると──彼はサファイヤの瞳を輝かせながらわたしを見ていた。そんな彼と目が合うと、嬉しそうに年相応の笑顔を見せてくる。
やっぱりその表情は狡い……。
「そっか……嬉しい」
「……」
「でも嫉妬する必要なんてないんだよ、僕の心はリディアにしか向く訳がない。そこは絶対に揺るがない」
分かってる。分かっているからこそ、嫉妬はしても冷静でいられた。
「はい、分かっておりま……」
「もっとちゃんと分かって貰う為に、今日から数日王宮に滞在して貰って、懇切丁寧に伝えようと思う」
「え」
「妃教育の一環で、三日程の滞在が必要だとエヴァンス卿に手紙をしたためておいたよ」
言いながら懐から一通の手紙を取り出し、素早く呼び鈴が鳴らされる。
(さっきのは言質を取る為の誘導!? 謀られた!)
「分かってるって言ってるでしょっ! 大体わたしの都合とかは無視ですか?」
「特に予定もなかった筈だよね」
そうだった、今日顔を合わせた時に早々予定を聞かれて自分で答えていたんだった……。
気付かぬ間に外堀を埋められていたみたい。
わたしの思考が止まっているうちに、呼び鈴によって侍女が部屋へとやってきた。
殿下は侍女へ手紙を渡し、早馬を出すよう手配してしまった。
再び室内に二人きりとなり、シオン殿下は先程の話を続けた。
「今日から三日間、特に目立った公務も少ないし、執務も私室でやるつもり。だからリディアも僕の部屋から一歩も出ないでね。ずっと一緒だよ?」
「人の話を聞いて下さ……って、それ監禁とどう違うんですかっ!?」
「もっと分かりやすい愛情表現にして下さい」と言った結果、相変わらず翻弄されっぱなしだけど、確かに愛情自体は分かりやすく伝わるようになった。
──愛情表現が想像以上に重かったけど




