ルーブルク公子
「変装がすぐにバレるなんて致命的ですけどね」
蜂蜜色の髪の貴公子と共に、この部屋に入室していた青年が呟いた。
よく見ると彼はラステル嬢の従者だった筈の青年だ。
そんな彼も正装をしていて、髪も後ろに撫で付けている。今の彼はどうみても貴族の風貌をしていた。
「改めまして、私はルーブルク公国の公子リヒトです。
こちらはフォール領からの旅路を共にしてくれた、フォール家の次男、アドル」
「リヒト公子に……アドル様……」
「ここ数ヶ月はフォール子爵家に匿って貰っていまして、今回ラステル嬢として立太子の祝いに参加させて頂きました。
途中、刺客に襲われたりしたけれど、シオンとリディア嬢に助けられて何とか王都まで辿り着くことが出来ました。本当に感謝しきれません」
わたしが子爵令嬢ラステルだと思い込んでいた人物の正体は、行方不明とされていたルーブルクの公子殿下──
そして従者の振りをしていたのが、フォール家の子息アドル様。
信じられない思いだったが、命を狙われているリヒト公子にしてみれば、変装をするのは至極当然。
リヒト公子は再び私の手を取ったが、またすぐにシオン殿下にはたき落とされた。
「シオン様は兎も角、わたしはあの場に居ただけに過ぎません。それをいうならわたしこそ夜会の時に助けて頂いてお礼も言えないままでした。
改めまして、あの時は助けて下さり本当にありがとうございました」
「今まで多くの刺客を向けられていたもので、魔法使い用に魔封じの術を施した武器を所持していたのですよ。ヘンリックが怪しげな魔法使いをルーブルクの宮殿に引き入れている、と噂も聞いておりましたし」
刺客に追われる日々を送っていた公子は、世間には行方不明とされるも逞しく生き延び、フォール家の協力と、アドルという友を得て姿を現した。
(ラステルさんの正体がルーブルク公国のリヒト公子……。そういえばトゥールーズの離宮滞在時に、シオン殿下がラステルさんの部屋に訪問されたのを見てずっと逢引きかもとか、よ、夜這いだったらどうしようかとずっとモヤモヤしていたけれど、殿方同士だったということよね! 問い詰めなくて本当に良かった……!!)
二人の様子を鑑みるに、リヒト公子の現状と今後の対策を話し合っていたのだろう。
そしてわたしは男性とは知らずにラステルさん改め、リヒト公子に対して嫉妬のような感情を持ってしまったのが、今思い返すとかなり恥ずかしい。
「シオン様はこのことについては……」
「知っていた。というより、女の格好をしているのを見て、すぐリヒトだと気付いたよ。まぁ驚きはしたけどね」
シオン殿下とリヒト公子の二人を見ていると、互いに友人と言っていい存在なのだろう。
シオン殿下がリヒト公子の手を、はたいたりしているし……。
「結構自信あったんだけどなぁ、女装」
人好きのする笑顔で笑うリヒト公子に対し、言葉を失っていたニネット公女が呟く。
「リヒト公子……良くご無事で……」
「久しぶり、ニネット」
「公国の民達も、殿下のご帰還を心待ちにしております……」
久々に再会した従兄弟に微笑んだまま、ニネット公女の身体はフラリと傾いた。
「公女様っ!?」
咄嗟に腕を伸ばして彼女を支えると、ニネット公女は薄く微笑んで囁く。
わたしの方に伸ばしてきた手がぷるぷると小刻みに震えている。
「すみませんリディア様、ご迷惑ばかりお掛けしてしまい……これでわたくしももう、思い残すことはございません……」
「えええ!? ニネット公女っ、お気を確かにー!!」
最期のような言葉を吐いたまま、がくりと項垂れたて意識を手放したニネット公女を、衛兵達が運んで行った。
ニネット公女は幸い倒れた時にどこもぶつけたりせず怪我もなかったらしく、その後部屋ですやすや眠っていたらしい。




