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満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜  作者: 秋月乃衣
二章

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おとぎ話の続き

 王宮のバルコニーに立つ、立太子されたばかりのシオン殿下を一目見ようと、王都中の人々が集まっていた。皆、王太子を神聖視しており、彼の言葉を神の言葉のように傾聴している。



 一通り話し終えたシオン殿下は「ところで……」と切り出した。


 椅子に座らされ、人々の目線からは見えない所にいたわたしが、シオン殿下によって抱き抱えられる。



 ──「シオン殿下が藍色のウサギを抱いていらっしゃる……」

「やはりリディア様が再びウサギの姿にされたというのは本当だったんだ……」

「なんと嘆かわしい!」



 民主のどよめきが、ここまで伝わってくる……。


「そして、僕の最愛の婚約者リディアが再びこのような愛らしい姿にされてしまった」


 やはりそのウサギの正体は王太子の婚約者なのか──人々から悲鳴が上がる。



「しかし例えリディアが、何度呪いや魔法を掛けられたとしても僕がそれを解いて見せる」

「え」


 まさか……?

 わたしの動揺とは対局に、人々の眼差しは希望の色へと変貌していく。


(ちょっとまって、協力するとは言ったけど、こんな大勢の前に晒されるとは思わなかった!

 流石にこんな大勢の前では嫌よっ、助けてー!)



 暴れ倒したいのに、人々の歓声や期待の眼差しがわたしを動けなくしていた。


 ピー!と指笛がわたしのウサ耳に届く。


(囃し立てるなっ)


 シオン殿下はゆっくりと、わたしの身体を自分の顔の高さまで持ってくる。


(本当にこんな大勢の前で口付けをするつもり……? も、もしかしなくても、舞台の再現をなさるおつもりなの!?)


 シオン殿下とわたしを題材にした舞台が王都で流行っているようだけれど、一番の盛り上がりはウサギに変えられたわたしが彼の口付けで元の姿に戻る場面なんだとか……。


 気付けば民衆はシンと静まり返っていた。



(静観されるのも嫌だわ……隣の人としょうもない雑談でもして、出来るだけこっちを気にしないで!)


 わたしの願いとは裏腹に、人々は誰一人視線を逸らそうとしない。

 もうこうなれば出来るだけ早く、この時間が過ぎ去るのを願うのみ。


 いつも通り、密かに詠唱を呟いた殿下から口付けがされる──同時に私の全身が光を纏う。


 大歓声の中、口付けられたままわたしは元の人間の姿、リディアへと戻っていた。


 今この瞬間──噂や舞台上でのお伽噺が、目の前の現実となって現れた状況に、人々の熱気は冷めやらぬ程の興奮を与えていた。

 まさに奇跡を目の当たりにした瞬間だったのだろう。


 彼らの様子を見ると確かに「奇跡」の印象が強すぎて「不吉」という思いを木っ端微塵に吹き飛ばしてそうな浮かれた状況ではある。

 だけど……。


(逃げたい、今すぐ逃げ出したい。そこはかとなく逃げ出したい!)



 心の中でそう叫ぶわたしの腰に手を添えたシオン殿下は、優しく自身に引き寄せる。

 寄り添うわたし達を見上げた人々から、割れんばかりの歓声が響き渡った。


 今のわたしは珍しく、公の場で引き攣った笑顔を見せている気がした。


 ──ちなみに、後から聞かされた話によると、人々はこの光景をさっそく舞台の続編へと盛り込もうと、相当意気込んでいるらしい。


「これは後世に語り継がれる光景であり、さっそく舞台の台本を加筆すべき」


 との声が上がっているのだとか。

 ……勘弁して。



 ようやく公開羞恥演説から解放された私は、バルコニーから室内に入ると、公爵家から迎えに来てくれた侍女と再会した。


「お嬢様、ご無事で何よりでございます」


 そしてシオン殿下を前にした侍女が深々と頭を垂れる。そんな侍女に対し、殿下が声を掛ける。



「これでリディアに関する噂も払拭出来たし、加えて僕達の仲の良さを改めて知って貰える機会になってたらいいんだけど」

「王太子殿下とお嬢様の仲睦まじさは、国中に広まったに違いありません。喜ばしい限りでございます」

「……」


 頭を垂れたまま発言する侍女を、わたしは無言で見ていた。

 こうやって周りから洗脳していくの狡い。


「では、僕は公務に戻らなくてはいけない」

「私も公爵家へと戻ります」

「馬車まで見送りをしたかったのだけれど……」

「お気持ちだけで十分ですわ。ありがとうございました、シオン様」

「気を付けて」

「はい、それでは失礼致します」


 わたしは侍女を連れて部屋を辞した。

 馬車へと向かう道中、列柱廊に差し掛かる。

 柱の横に立っていた、一人の貴族男性が独り言とは思えぬ声量で呟く。


「全く、王太子殿下の婚約者でありながら何度も呪われるなど、随分と不吉であられる。

 一体どれ程の者達に恨みを買っていることやら」


 確実にわたしへと向けられた言葉だ。


 わたしが再びウサギの魔法を掛けられたことが、急速に王都に広まったのは事実。その原因に、わたしを気に入らない、国内の貴族の仕業である可能性が浮上していたことを思い出す。


(全ての人間に支持されるなんてあり得ないのだから、気にするだけ無駄ね)


 振り返らずわたしは歩みを進めた。

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