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満月の夜に〜妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった〜  作者: 秋月乃衣
二章

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ウサギと夜

「リディアが元の姿に戻ったことを知るのは僕だけなんだから、まだ暫くここにいればいいんじゃないかな?出来ればずっと……」

「……」

「出来ればこのままずっと、ここで暮らして欲しいけど……流石に今回はあまり長居させる許可は取っていないから、早目に現状をエヴァンス卿に伝えて安心させてやらないと。

 エヴァンス卿には、ウサギの姿にされたリディアを危険から守るために数日だけ預かると言ってあるからね」


 一応そこら辺の常識はまだ捨ててないと分かり、密かに安堵した。お父様との信頼関係を安易にに崩すような、浅はかな王子ではないと分かってはいるけど。



「と言っても今夜はもう遅いから、帰宅は明日以降でもいいんじゃないかな?エヴァンス卿には手紙をしたためて早馬に運ばせようと思っている。リディアが、どうしても帰りたいというなら別だけど……」

「今夜は遅いですし、明日以降に致します。まぁ、後数日くらいなら……」

「本当?」


 ぼそりと呟いた私の言葉に、シオン殿下の表情は喜色を浮かべた。

 普段は仏頂面なことが多い反面、露骨に嬉しそうなそのお顔が、より可愛く感じてしまう。

 ずっと眺めていたいのに、気恥ずかしくて私は視線を逸らしてしまった。


(……全く、どんだけ私と一緒にいたいのよ)



「ウサギの姿なら同衾でも問題はないのですが……」

「……ウサギか」

「朝、侍女が部屋に入ってきて人間の姿の私が殿下と同衾していると知られてしまっては、大変なことになりますからっ」



 トゥールーズの離宮では、侍女が起こしにくる時間の前に、殿下は一時的に自分の部屋へと戻っていた。そして着替えをすませてから、何食わぬ顔で朝食に誘いに来るのが日課となっていた。


 魔法で飛ぶことも可能な彼は、バルコニーから隣の部屋へ移動するのも容易なのである。



 しかしここは王宮のシオン殿下の私室。

 私がここに居座って殿下が別の部屋に行くのも変だし、本来ならば別の部屋を用意して貰えばいいのだけれど……。



「ウサギにするのは可能だけど、リディアを不安にさせた魔法を使うことになってしまう。それでも構わない?」

「こうでもしないと一緒にいられないのだから、仕方ないですよね。……し、シオン様がどうしても私と一緒に居たいというから、仕方なくですわ」



 妙に気恥ずかしくて、私はそっぽを向きながら中々生意気な言葉を吐いていた。


 それに悪意のある誰かに、不意打ちでウサギに変えられるのはムカつくけれど、いつでも元の姿に戻してくれる殿下に魔法を掛けられるのは別である。悪意のなさと、何と言っても彼に対しては信頼感もある。



「ありがとう……!僕の側にいるためなら、ウサギの魔法を掛けられるのも厭わないだなんて」

「シオン様がしつこいから、仕方なくです!」

「僕にとってはどんな姿であろうとも、リディアはリディアだ。例え虫の姿でも」

「虫は嫌ー!!」


 叫んだ瞬間、感極まったように殿下は私へ抱きついてきた。


「!?」


 そんな殿下を、私は速攻でベリベリと剥がす。


「抱き締めていいなんて、言ってませんからっ!さっさとウサギにして下さい。あ、虫とかにしたら怒りますからね?」

「それはしないから、安心して」



 離宮で何だかんだずっと二人で寝台を使っていたから、公爵家の屋敷に戻った際に、一人寝が寂しいと感じるようになるなんて思わなかった……。そんな本音は言うつもりないけれど。


 それなのに、いざ同衾となるときっとまた意識しすぎて眠れなくなるのは予想がつく。

 自分って何て面倒な体質なの?と密かな悩みとなっていた。



「ちなみにウサギになったとしても、またすぐに元の姿に戻れますよね……?」

「もちろん」



 今回に至っては「立太子の儀で魔力を消費しているから、リディアを元に戻すのには少し時間を要する」などと言って周りを説得したらしい。


 その経緯を経て、ウサギの姿となった私を自室に匿っている。


 確かに当日は立太子の儀や、庭園での戦闘で魔力を消費していたのは事実だが──先程私を人間の姿に戻した通り、現在彼の魔力は枯渇している所か回復しきっている。



(これを考えると別に、お父様に対して完全に誠実とは言い難いわね……まぁ、同じ部屋で寝たからと言って、特に何かあるわけではない、というかある筈ないけど!)


 実際殿下は私を魔法で元の姿に戻した挙句、ウサギになる魔法もすぐに掛けられるらしい。



 フェリアや夜会の最中、私を襲った魔法使いが満月の力を利用しないと、ウサギの魔法を使用出来ないこと鑑みると……やはり殿下と彼らとでは魔法使いとしての素質が桁違いなのだろう。



 ◇



 ウサギになる前に、人間の姿のままこっそり湯浴みをすることが叶った。

 侍女がいなくてもある程度身の回りのことは出来る。湯浴みが終わって自分で寝衣に着替えた頃、シオン殿下がやってくると彼は、まだ乾ききっていない私の髪を風魔法で乾かしてくれた。



 そうして就寝時間となる頃には、私は殿下の魔法によって再びウサギの姿となっていた。

 ウサギとなった私を、殿下が抱っこして寝台へと運んでいく。


「ウサギの姿だと、抱っこされても嫌がらないんだね」

「ウサギなので。それに移動するのが楽ですし」


 王太子様を移動手段に使ってしまっているのは申し訳ないけれど、本人が進んでしていることなので、私も気にしないようにしている。


「ふぅん」と溢しながら微笑した彼は、寝台の背もたれに背を預け、深く腰掛ける。

 そして腕の中にすっぽりと私を収めながら、ナデナデと優しく撫で始めた。


 でもいくらウサギの姿とはいえ、ここまで密接にされると……。


 早めに拒否しなかったせいで逃げ辛い。

 それなのに気持ちに反して殿下の手が心地がいい。


 うっとりと目を細めてしまう程に……。


 しまった、殿下の巧みなナデナデには抗えないんだった。


 暫くナデナデに身を任せていると、頭上から声が落ちてくる。




「そういえば今日、極秘でルーブルク公女への事情聴取が行われたよ。

 後日彼女自身の口からリディアに謝罪含む、事件に関する説明の機会を設けるようにする。

 これは公女の希望でもある」



 夜会の時に私を庭園に誘き出した公女様の名前に、私のウサ耳がぴくりと反応した。

 お陰で私は再びウサギの姿にされてしまったけれど、あの時シオン殿下が助けに来て下さらなかったらどうなっていたか……想像するだけで恐ろしい。


 幸いシオン殿下がすぐに駆け付けて下さり、その上ウサギのまま話せるようにしてくれたり、元の姿にも簡単に戻してくれた。


 婚約者がたまたま天才魔法使いだったから助かっているものの、命が幾つあっても足りないと感じる今日この頃。



「巻き込まれたリディアは、詳細について知る権利があると思うのと、彼女もリディアに直接謝罪したいと言っている。面会するかしないかの判断はリディアに委ねるけど」

「謝罪ということは、やはりニネット公女は私をウサギにした魔法使いとの繋がりがあった、ということでしょうか?」

「そうなるね」

「対面すれば、嫌味の一つでも言ってしまうかもしれませんけど、言い分くらいなら聞きます」


 魔法使いと手を組んでいたのは、ニネット公女のみなのか、それともルーブルク公国そのもののの意識だったのか──


 公国絡みの騒動の可能性を鑑みると、やはり慎重にならざる得ない。



 私は一応被害者ではあるけれど、公国との和平が崩れるきっかけになることは望んでいない。

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