うさんぽ
そして向かった先は殿下の私室。
部屋に入ると真っ直ぐに奥へと進み、彼はわたしをそっと寝台の上に座らせた。
「最も安全な場所といえば、やはり僕の私室かと思って。暫く不自由な思いをさせるかもしれないけれど」
「……」
「そうだ」
何か呟きながら殿下がパチリと指を鳴らすと、寝台のサイドに階段が出現した。
「!」
「これで寝台から一人で降りられるし、この部屋の中なら自由にしてていいからね」
「凄い……!」
「僕の婚約者であるリディアの特権だよ」
部屋を自由に歩き回っていいのと、疲れたら階段を使って殿下の寝台の上で寛ぐ許可も頂けた。
(何だか快適なウサギライフを約束されてる!!? とかいって、このままウサギの姿から戻して貰えたかったらどうしましょう?)
「ふふ、暫くしたら姿を戻してあげるから、安心して」
(心の中を読まないで!!)
「あ、そういえばフォール子爵令嬢に助けて頂いたのに、お礼を言えず仕舞いでした。早急にお礼を言いたい所ですが……」
「何故リディアはしきりにアイツのことを気にするの? まさか、アイツが気になっているとか言わないよね……?」
「えっ!?お礼は人として当然の礼儀だと思っているだけですわ! 今はウサギですけどっ」
女性のラステルさんに対して嫉妬するような言動をなさるけど、気のせい?
女性をアイツ呼ばわりするのも意外だし、それに何だか悪寒が……。
「フォール嬢が魔法使いを仕留めたそうにしてたから、空気を読んで譲ってあげただけだよ」
「……そうなのですか」
「じゃあ少し事後処理に行ってくるから少しだけ退室するね。今夜はずっと一緒にいると約束した筈なのに、ごめんねリディア……」
「いえいえ仕方がないことですわっ」
わたしはモフモフの前足をブンブンと左右に振る。
「その代わり部屋の前には警備を固めておくから」
「ありがとうございます」
わたしの身体を殿下は抱き上げ、ウサ耳へと軽く口付けた。くすぐったい。
「じゃあ行ってくるから、また後でね」
「行ってらっしゃいませ」
そっと寝台の上にわたしを下ろすと、彼は部屋を後にした。
一羽……ではなく一人きりとなった広い室内で、先程の庭園での出来事が思い起こされる。
緊張して夜風に当たりたいというニネット公女に付き添って、テラスへ足を運べば、庭園では黒ずくめ不審な男が現れて私をウサギの姿へと変えてしまった。黒ずくめの男は公国かニネット公女が用意した魔法使いだったのだ。
目的はわたしを行方不明にすること?
奇しくも今夜は満月の夜──
前回ウサギにされた時は妹フェリアに、庭園へと連れ出された。まさか実の妹に呪われて危害を加えられとは普通思わない……。
そして今回も、気弱そうな公女殿下だと思って完全に油断して、まんまと誘き出されてしまった。
「わたしは何回同じ手に掛かれば気が済むのよっ、悔しいー!! あの公女様、大人しいフリしてよくもー! 正々堂々と力勝負なら、絶対負けない自信あるのに!」
伸ばそうものなら、思いのほか結構伸びるウサギの身体でうんと伸びをし、寝台をゴロゴロと転がった。
左右に何往復かしてもまだ気のおさまらないわたしは、起き上がって枕の方へと駆ける。
「悔しい、悔しいっ! ふざけんなこの野郎!! 拳でわたしと勝負しなさいっ!」
ボスボスと音を立てて、モフモフの前足で罪のない殿下の枕に連撃を繰り出す。
「おりゃー!」
トドメのウサギキックを喰らわし「これくらいにしといてあげる」と捨て台詞を呟いた。まぁ疲れてきたってのもあるけれど。
ウサギの姿でも人語を話せてよかった! お陰で叫んで多少はストレス発散することが出来た。
喋れる様にしてくれてありがとう殿下! ごめんなさい、罪なき殿下の枕!
ウサギになった途端、わたし本来のアグレッシブな性格が全開となってしまったが、呪われた直後なので荒ぶるのは許してほしい。
深呼吸し、少し落ち着いてきた私の視界に、殿下の用意してくれた階段が映る。
「気晴らしにお散歩でもしようかしら」
ウサギの散歩『うさんぽ』である。
殿下の魔法でいつでも元に戻れると分かっているので、前回程の不安もなく部屋を徘徊出来る。
「次いでに何か、殿下の弱みでも落ちてたらいいんだろうけど。ポエム的なものとか」
わたしはまだ諦めていなかった。
階段の素材はペットに優しい、滑り辛いマット仕様となっているようで、安心して下りることが出来た。
小さな体で広い私室を徘徊するのは、冒険心がくすぐられる。いつもと視界の高さが違うのと、いくら婚約者とはいえ王子様の私室に入る機会は滅多にないから尚更である。
そして歩きながら気が付いたけど前回と比べて、ウサギの身体で手足を動かしたり、移動するのに違和感を感じない。むしろ格段に動きやすい。
ウサギの身体に呪われるのが二回目とあって、慣れつつある自分に気付いてしまった。
選び抜かれた上質な家具が適度に配置されているシオン殿下の私室は隅々まで掃除が行き届いている。もちろんポエムが書かれた紙が落ちている様子もない。一応家具の下なんかも覗いて確認はした。
暫くして散歩に満足してから、寝台に戻って横になったまま眠ってしまったらしい。




