夜会②
公女様のダンスを見て、わたしは固く拳を握りながら、気付けば心の中で声援を送っていた。
そんなわたしの背後から声が掛けられる。
「こんばんは」
「ご機嫌よう」
話しかけて来たのは若い男性──この方は……今殿下とダンスを踊っているルーブルク公女の兄君ヘンリック公子。
「ルーブルク公国のヘンリックです、お話する機会に恵まれて光栄です」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です。エヴァンス公爵家のリディア・アマーリア・フォン・エヴァンスですわ」
「リディア嬢はダンスがとてもお上手なのですね。先程の王太子殿下とのダンスも、とても素晴らしかったです」
「ありがとうございます、シオン殿下にリードして頂けたお陰ですわ」
「今わたしの妹がシオン王子と踊っていますが、いかんせんあがり症なもので」
「なるほど」
あの不安そうな面持ちは、あがり症も大きな要因の一つだったらしい。
「出来ることならリディア嬢からご指導を賜りたいくらいです」
「指導より前に筋トレをお勧め致します」と胸中で呟きながらも受け流しながそうとするわたし──とは裏腹にヘンリック公子はすかさず「そういえば」と話しを続ける。
まだ話が終わらないのかと、内心うんざりしながらも微笑みを返した。
「リディア嬢とシオン王子を題材とした舞台が、人気を博したのだとか。お二人の国内での人気も頷けますね」
「おほほ、ありがとうございます」
あまり触れて欲しくない話題に、絶妙に触れてくるなんてと、内心苦虫を噛み潰す。
「舞台でしたらその前にやっていた、見事な剣戟が組み込まれた作品がお勧めですわ」
わたしは国外デビューを何とか阻止しようと話題を逸らすことにした。
「この国の素晴らしい舞台や芸術に感銘を受けておりまして、そちらも併せて是非とも我が公国での公演を実現させたく思います。
所で舞台の話と元となった通り、リディア嬢が実際に呪われてしまったのは事実とのお噂ですが……」
「そんなこともありましたかしら」
「魔女に呪われたと、お聞きしております」
本当は魔女ではなく、実の妹に呪われたのだけど……。
「一体何故?」
「わたくしには分かりかねますわ」
「失礼、きっと忘れたい過去でしょうに、好奇心でつい踏み込んでしまいました。
魔女はきっと貴女の美しさに嫉妬したのでしょう」
平静を装いながら笑顔で受け流すも、貴族特有のお世辞に鳥肌が立つ。
はっきり言って、彼はわたしのかなり苦手なタイプだわ……。
「それでは」と、わたしは今度こそヘンリック公子の元を離れた。
(そこはかとなく、無駄な時間だったわ)
ようやくルーブルクの公子から解放されたわたしは、シオン殿下を探すためダンスホールへと視線を移した。
まだ踊っていらっしゃるわ……。ただし、先程の曲と共にお相手の女性も変わっている──あれは……。
殿下と踊っていたのはフォール子爵令嬢、ラステルさんだった──
人々が踊る中、すぐに見つけられる程に二人のダンスはすぐに目を惹いた。
シオン殿下に負けず劣らず、ラステルさんのダンスはしなやかで、それでいて軸がしっかりしていて美しい。
殿下が低い家柄の令嬢と踊るなんて珍しい。
つい釘付けになってしまうのは、二人のダンスの軸が安定していて美しいせいか、それとも……。
二人は先日の遠出の時が初対面かと思っていたけれど、もしかして違うの?
それとも初対面にも関わらず、わたしの知らない所で親睦を深めていた?
(知らないところで……深夜の部屋で二人きり……)
殿下が深夜にラステルさんの部屋へと入っていく光景を思い出し、思わず心がちくりと痛みを感じて胸を抑えた。




