一般論
寝ぼけていたのでシオン殿下の話を聞いていませんでした。なんて言うと、嫌味が飛んできそう。なのでわたしは文字通りウサギの耳をピンと立て、一語一句漏らさないようにと聞き耳を立てる。
「公爵には近いうちに、今回のリディア失踪に関する全容を話そうと思う」
今回の全容というと、妹のフィリアが私に呪いを掛けたという事実をお父様に話さねばならない。
わたし達姉妹を心から愛してくれる、優しい父。それと同時に、不正や他者を陥れる行為を嫌う高潔な貴族でもある。
そんな父がフィリアの行動を知ってしまったら、一体どれ程心を痛めるのだろうか。
加えて問題は感情論ばかりではない。
「妹の犯した事件が明るみに出れば、お父様の立場はどうなるのでしょうか? エヴァンス公爵家の醜聞となれば、わたしが殿下の婚約者であることに不満の意を唱える者の声も、多く上がるでしょう。このままでは、わたし達は結婚どころでは……」
貴族にとって、醜聞が表沙汰になるのは、最も避けたい事の一つ。それも王族と親戚関係にある公爵家の醜聞とあらば、尚更である。公爵家を陥れたい人々へとっても、極上の話題を提供する事態となってしまう。
途端、私を撫でていた殿下の手がピタリと止まった。
なんだか妙な違和感を感じ、恐る恐る殿下を見上げると、彼は無言でじっとわたしを見下ろしていた。
(怖っ!?)
「リディア」
「はい、何でしょうか殿下」
身構えすぎて早口になってしまい、逆に不自然になった。
「僕と、結婚したくないとでもいいたいのかな?」
ナデナデが再開され、ゆっくりと優しく諭すように紡がれる言葉は、何故か威圧されてる気がしてしまった。
それもそのはず、彼の表情は微笑を浮かべているが、目が完全に笑っていなかった。
あんなに落ち着くナデナデだったのに、微塵も落ち着かないどころか、わたしの心臓は早鐘を打ち続ける。
「ち、ちち違いますっ。わたしの気持ちの話ではなく、世間一般の話です!そう、一般論ですっ」
「心配しなくても、僕に考えがある。だから人間の姿に戻るタイミングは、僕に任せてくれないかな?」
幼少の頃より多くの時間を共にしてきた、殿下がわたしに執着していたなんて、すぐには信じられそうにない。けれど殿下は、わたしとの婚約を白紙に戻すなど、全く考えていないのだと理解できた。わたしは殿下に全てを委ねる決心をした。
「分かりました」




