ビルにて《2》
渡された資料に軽く目を通す限り、そのブラックリストに入ってるというグループは――外国の使節団だった。
ヨーロッパの、とある国からの一団。
スマホで調べると、軽くだが普通にニュースにもなっていた。
「……思いっ切り国の役人っぽいんだが?」
「そうだよ? そして、信仰を忠実に守る、『神の御業』が使える聖騎士でもある。まあ、僕ら異教徒もその神の御業が使える訳だけど」
「…………」
「言ったじゃん、外交上の問題で排除が難しいって。仮に彼らが日本で消息不明とか、逮捕とかになったら、国際社会から非難轟々だろうね」
表の立場がしっかりし過ぎていて、手が出せないのか……。
「そんな奴らが、何か仕出かす可能性があるのか?」
「いや、流石に彼ら自身は動かないだろうね。ただ、司令塔であることは間違いない。実は、別口から同国の人間が数人、日本に入り込んで来てるのが確認されてる。何かするつもりなら、恐らくこっちが実働部隊として動くんだろうと睨んでる。何の罪も確認されてない以上事前逮捕なんて出来ないし、監視に留めるしか手が無いんだけどね」
そこで俺は、そもそも前提知識が足りてないことに気付き、この際だからと問い掛ける。
「俺は裏の世界情勢はよく知らないんだが、ヨーロッパの方は今どうなってんだ?」
「いやぁ、カオスだよ。元々あっちの宗教、昔から割と排他的なところがあったけど、十年くらい前からの移民・難民問題に宗教問題が合わさって、もうグッチャグチャさ。色んな派閥が生まれて、色んな目的で動いてて。向こうの魔法関連の総本山であるバチカンも、手綱を握るので四苦八苦してるみたいだね」
……やっぱバチカンが総本山なのか。
何と言うか……現実で魔法戦争とかやってたのだろうか。
ちょっとワクワクするな。
「まあそれでも、向こうも歴史が長いし、戦力も豊富だから組織としてはかなり強靭なんだけどね。我らが巫女様のおかげで、最高戦力自体はこっちの方が上なんだけど、向こうは数が凄いから、その点では全然敵わないって感じかな。逆に言えば日本が少な過ぎなんだけどね、人員。陰陽大家が特権意識持ち過ぎ。もっとなりふり構わず一般からスカウトすべきだよね、間違いなく」
「お前その陰陽大家だろうに」
「そうだよ。だから嫌なんじゃないか。叶うことなら僕は、斬った張ったとは何にも関係の無い世界で、のんびりしながら生きたかったんだ。血筋のせいでこんなことになっちゃったけどさぁ」
ハァ、と溜め息を吐くレイト。
……まあ、それは俺も同じ思いだし、わかるが。
俺は、その気になれば逃げられるが、コイツは血筋のせいで逃げられないのだろう。
……胡散臭い奴だと思ってたが、根っこの思いはあんまり俺と変わらないのかもな。
「話が逸れたね。――ところで、日本には人外の神様がいっぱいいる。人のナリをしていない神様なんてザラにいるし、僕達はそれを当たり前のことだと思ってる。でも向こうは違う。そもそも崇めてるのも単一の神様だ。何でだと思う?」
「……全部、異端として狩ったんだろ」
レイトは、頷いた。
「正解。向こうの国で、巫女様のような存在は大体全部異端さ。中には天使とか聖人とか聖女とかにされた者もいたみたいだけど、まー、人間以外は大体悪魔とか魔女扱いだよねっていう。他の多神教の宗教だと、全然そんなことないのにさ」
思い出すのは、レンカさんの話だ。
彼女の親族も、欧州での弾圧に耐えられず、日本に逃げて来たって話だった。
日本もまあ、そういうのが無いとは全く思わないが、多神教という土壌があるため、比較的他種族を受け入れやすいのかもしれない。
何にでも神様が宿る国だし、何でも擬人化するしな、ウチの国。
「それだけに、向こうの国の、裏側の奴らは厄介だってことか」
「そういうこと。勿論穏健派もいっぱいいるけど、今この国に来ている連中は、どうやら違うようだ。何を信じて、何を信仰するのも自由だけど、それを人に押し付けて、ましてや他所の宗教に対して攻撃的になるなんて、論外だよね」
「宗教に力が備わると悪辣さが増すな」
「そうだね。日本でもそうだったし、向こうの国々でもそうだし。だから日本は今、退魔師に宗教関係者はほとんどいない訳だけど」
「そうなのか?」
「古い力を使えるところは一部あるけど、大多数がただの一般人のお坊さんとか神主さんだね。戦国時代とかに、宗教関係者が力を付け過ぎて腐敗したり、色々あったから、そういう決まりにしたんだって」
「へぇ……」
そんなことをレイトと話している内に、どうやらウタの手続きが終わったようで、隣で大きく伸びをしながら、こちらに声を掛けてくる。
「んん……ユウゴ、終わったぞー」
「お、わかった。田中さん、引っ越しの件含め、色々ありがとうございます」
「気にするな、これも仕事だ。そちらの話も穏便に終わったのかね?」
「えぇ、まあ。この男が胡散臭い奴だというのはよくわかりました」
「おっと、心外だなぁ。僕はとっても正直な男だよ? 君にも恨みあるってちゃんと言ったでしょ?」
笑顔で言うな、笑顔で。そういうところが胡散臭いって言ってんだ。
お前と比べたら、表情がほとんど変わらないし、何を考えてるかわかりにくい田中のおっさんの方がよっぽど理解出来るぞ。
「遺恨が無いのならばそれで構わん。飛鳥井殿は、旧本部と新本部との橋渡しの役職に就いた故、これから連携することが増えるだろう」
そう言えば俺、新本部の方は全然知らんな。
まあこの仕事してたら、その内関わることもあるだろうか。
と、レイトは次に、ウタへと顔を向ける。
「こんにちは。君が噂の、彼の奥さんかい?」
「そうじゃ。お主良い奴じゃの」
絆されるの早くない、ウタさん?
「飛鳥井 玲人です。君の旦那さんとは少しあったけど、これからは仲良くしていきたいから、君もよろしくね」
「ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストじゃ。……ふむ」
まじまじと、レイトを見るウタ。
「? 何かな?」
「お主のようなたいぷは笑顔で内心を隠しておるのじゃろうが、あまり顔に仮面を張り付けておると、やがて己の本心すらわからなくなるぞ。老練な年寄りならまだしも、お主はまだ若い。その年齢で年寄りの心根になるつもりか?」
真っすぐにレイトを見ながら、彼女はそう言った。
一瞬、レイトは頬を強張らせ、それから苦笑を溢す。
「……耳が痛いね。いやぁ、子供の頃からこうやって生きてきたから、もう染み付いちゃって」
「ならば、本音を出せる相手でも見つけておくことじゃの。――そう、儂とユウゴのように!」
「いやまあ、お前と本音を言い合えるのは確かだが」
大体それ、罵り合いになった時じゃないですかね。
「ふふ、本当に仲が良いようで何よりだ。忠告感謝するよ。――さ、とりあえず僕の用事はこんなところかな。またその内会おう、お二人さん」
そうして、第二防衛支部での用事は終わった。
◇ ◇ ◇
帰宅した後。
「華月」
俺は、華月を呼んだ。
なあにぃ、という様子で、ふよふよとこちらに漂ってくる華月。
俺は、腰を軽く屈ませ、視線を合わせると、言った。
「今日、華月のことを色々聞いてきた。藤澤 洋子ちゃんって子のこともだ。華月と、何か関係あるか?」
すると、反応は顕著だった。
まるでいたずらがバレた時の子供のように、ビクリと身体を跳ねさせる。
どことなく、恐れるかのような。
「……その子のこと、何か知ってるか?」
そう問うと、少しだけ躊躇した様子を見せた後、こくりと頷いてふよふよと漂って行く。
付いて来て、ということだろう。
俺は、華月に導かれるままに一度家を出ると、家の裏まで行き――日の当たらないところで、彼女は立ち止まった。
指差す先は、俺の考えていた嫌な想像通り、地面。
「…………」
すぐにアイテムボックスから、向こうの世界で塹壕掘りに使用していたシャベルを取り出すと、慎重にそこを掘り始める。
魔法でも掘れるが、失敗すると肝心のものまで壊してしまいそうなので、手作業の方が良いだろう。
いつの間にか、ウタとリンが室内の近くから、ジッと俺の作業を見守っていた。
緋月もまた、丸くなってはいたが、近くの縁側でこちらの様子をそれとなく窺っていた。
――やがて、少し深く掘ったところでシャベルの先に感じる、土とは違う感触。
慎重に掘っていたため、対象を傷付けることは無かったと思うが、そこからは素手で掘っていき……白いものが、飛び出す。
人の骨。
人の死体も、人骨を見るのも初めてではない。
だからこれが、大きさ的に子供の死体なのだろうと、すぐに察することが出来た。
「……華月、か?」
俺の問いに、華月はコクリと頷いた。
――あぁ、やっぱり、そうだったのか。
せいぜい数十年の、歴史の長い訳でもない家が魔物化――いや、精霊種となる。
当然、普通に住んでいるだけではそんなことにはならない訳で、必ず理由が存在する。
華月が、己の分身としてこの人形を選んだところから、子供が関係しているのだろうとは思っていたのだが……恐らくこの子は、『藤澤 洋子』という女の子を契機に生まれた。
その子が邪教徒どもの儀式の生け贄にされ、それが変に作用し、ミミック――付喪神としてこの家が生まれた。
その子本人の意識が乗り移ったのか、あるいはまた別で生まれた意識なのか。ただ少なくとも、この様子からして、全くの別人格という訳ではないのだろう。
そして、新たに生まれた彼女は、己を殺した者達に復讐を果たした。
そういう、ことなのだろう。
「…………」
目を閉じ、遺骨に手を合わせる。
胸中に浮かぶ、様々な感情。
思わずギリ、と歯を強く噛み締めていると、ちょいちょいと服を引っ張られる。
そちらを見ると、「私、こっちにいるよ?」と言いたげな様子で、華月が首を傾げていた。
そんな彼女のしぐさに、怒りやら悲しみやらが湧いていた俺は少しだけ和み、胸中の感情を誤魔化すように笑みを浮かべる。
「俺、華月って名前を付けちゃったけど……元の名前の方がいいか?」
そう問うも、しかし彼女は、ふるふると首を横に振った。
己はもう、それとは違う存在なのだと、そう言いたげに。
「……わかった。……とりあえず、ちゃんとお前を、埋葬してやらないとな」
俺の言葉に、華月は「埋葬なら、ここがいい」と言いたげな様子で、工事途中の空き地の一か所まで行って、アピールする。
日当たりの良い、池を作って小さな石橋を掛ける予定の、その先だ。
完成すれば、池の向こうの離れ小島、みたいな形になるところで、つまり秘密基地っぽい場所ということだ。
俺は、子供らしいその提案に、意識して笑いながら言葉を返す。
「了解。ちゃんと要望を出しておくよ。――さ、それじゃあお前の身体をしっかり出して、綺麗にしてやらないとな」
と、そこで、ウタが横から口を開く。
「いや、それは儂がやろう。儂の魔法ならば、ちと大雑把なところのあるユウゴの魔法と違って、対象を傷付けずに完璧に掘り出せる故な!」
「お前と比べたら全員大雑把になるだろうが、まあわかった。頼むわ」
「うむ、任せよ。……ユウゴ」
「ん?」
ウタは、縁側に置いてあったサンダルを履いてこちらに来ると、土で汚れた俺の手を、何も気にせず己の両手で包み込んだ。
「ウタ、汚れるぞ?」
「手が汚れるだけじゃ。『心』は別に汚れん。カゲツもまた、そうよ。土に埋められ、身体は朽ち――しかしこの子の心は、汚れておらん。純真そのものよ」
「…………」
「お主が気にすることは何も無い。ただ、カゲツと共におれば良い。当然、儂らも共におる。のう、リン、ヒヅキ」
「……ん! 当然」
「にゃあ」
「わかったな? 儂ら皆が、共におる。じゃから――お主が、そんな顔をする必要は無い」
ピト、と華月が、俺の頬に人形の手を添える。
リンと緋月の眼差し。
そして、ウタの手の温もり。
――あぁ。
「……そっか。……ウタ」
「うむ?」
「……ありがとな」
「かか、気にするな。――さ、こちらは儂がやっておく故、お主はまず風呂にでも入って、それから晩飯の準備を頼む。そろそろ良い時間じゃしな」
「わかった、何食いたい?」
「そうじゃなぁ……いや、やっぱり作るのはやめて、寿司の出前にしよう、出前! ごーじゃすに行こうではないか!」
寿司は、俺が好物だと言っている食べ物だ。
多分、これもまた……俺を思っての提案なのだろう。
「わかった、よし、じゃあデラックスな出前を頼んじまおうか! 今日はいっぱい寿司食うぞ!」
その俺の宣言に、ウタとリンと緋月が歓声をあげた。
華月は、そんな俺達を見て、何だか嬉しそうにふよふよと漂っていた。




