一日の終わりと始まり
バツ2ニキは強く生きて……。
深夜。
聞こえてくるのは、虫の鳴き声と、フクロウの鳴き声。
少し暑いため、優護が用意した扇風機の回る音も聞こえ、そしてそれに紛れる、二人分の寝息。
畳の、い草の匂い。
柔らかな薄めの布団に包まれた凛は、右を見る。
普段のしっかりとした様子とは裏腹に、寝ている今は何だかあどけない顔付きのユウゴ。見ていると和む。
ウタが時々「ユウゴは寝てる時と寝起きがとりわけ愛い奴じゃの」と言うのだが、それもよくわかる。
凛は、知っている。彼がどれだけ優しく、どれだけ温かく、こちらのことを思ってくれているのか。
己を見つけてくれたのが彼で良かったと、心の底からそう思うのだ。
次に、左を見る。
いつもの豪放磊落な様子と違って、綺麗な寝相で眠っているウタ。
細かいことは気にせず、豪快にからからと笑いながら、いつもはどんと構えている彼女だが、一つ一つの所作はとても綺麗で上品なのだ。
こんな女性になりたいと、凛はよく思っている。優護が時々「お前外見は良いのにな」と言うのだが、ウタの外見も中身もどちらも最高だと凛は思っている。
まあ、彼のこれは、まず間違いなく照れ隠しなのだろう。何故なら、誰の目から見ても、二人が仲良しなのは明白だからだ。
これ程相性の良い二人組というのも、なかなかいないだろう。互いを知り、互いを信頼し合っているからこそ、普段あんなにやいやいと言い合ったり、喧嘩したり出来るのだ。
いつでもどんな時でも、二人が一緒だととても楽しそうで、幸せそうで、だから凛は彼らのそんなやり取りを見るのが大好きだった。
そして、そんな二人に挟まれ、今真ん中にいるのが、自分だ。
こうして三人並んで寝られるのが、何だか凛は、とても嬉しかった。
ふわふわな気分で、温かな気分で。
あまりに嬉しくて、少しだけ興奮してしまって、まだ寝付けていないくらいである。
ふと凛は、窓の方を見る。
そこでは、緋月と華月が窓から外を眺めつつ、何やらのんびりと会話を交わしていた。
緋月は猫で夜行性だからだろうが、華月もかなり特殊な生態をしているため、きっと睡眠を取る必要が無いのだろう。
その時、こちらを見た華月と目が合ったため、小さく手を振ると、彼女もまたこちらに手を振り返す。
各々が自由に生きながらも、寄り添い合える。
前の家と同じ、そんな空気を感じて、凛はこの新たな家もまたすぐに気に入っていた。華月とも、これからいっぱい一緒に遊んで、仲良くなりたいと思っている。
彼女は純粋で、とても良い子なので、きっと良いお友達になれると思うのだ。
――あぁ、きっと、己は今この上なく幸福なのだろう。
今まで生きてきた中で、初めての思い。
初めての……家族。
思わず、一人でニコリと笑みを浮かべながら、凛は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
朝。
目覚ましは掛けていないが、早い時間に目が覚める。
まだ眠く、思考が上手く働かないが……布団の誘惑を振り切って身体を起こす。
これは、戦場で身に付けた技術だ。この時間で起きると決めると、そこで自然と目が覚める。結構正確な時間で起きることが出来る。クソ眠いが。
隣を見ると、ウタとリンはまだ眠っており――と思ったところで、ゆっくり目蓋を開いたウタと、目が合った。
「はよ。悪い、起こしたか?」
「おはよう、ユウゴ。いや、そろそろ起きるかと思うておったところで、お主の気配を感じただけ故、気にするな。朝の鍛錬か?」
「あぁ。せっかく良い敷地があるんだからな。活用しないと」
今までも筋トレはしていたが、刀を振ることの出来る土地が近くに無かったせいで、あまり真剣での訓練が出来てなかったからな。
この世界も割と物騒だということはわかった訳だし、鈍らないようにはしないと。
「じゃ、行ってくる」
「うむ、頑張れ」
ウタに見送られ、俺は布団から出る。
寝間着から運動着に着替え、顔を洗った後、リビングのソファで丸くなっていた緋月に一声掛ける。
「緋月」
「にゃあ」
すぐに刀に戻ってくれた彼女を連れ、ふよふよと玄関に漂ってきた華月に「おはよう」と声を掛けて家を出た俺は、工事途中の空き地の向こう側にある林へと足を踏み入れる。
軽く柔軟を行って身体を解した後、緋月を抜き放った。
「フッ――」
素振りから始め、型――のようなものを行う。
我流で流派など存在しないので、戦場で俺が身に付けた、敵の意表を突くための動きだ。
これまでの経験で学んだことだが、生物には、意表を突かれる動きというものが存在する。
歴戦の戦士程、経験によって驚くことが少なくなっていくのだが、それでも実戦の場においては不意を突かれることばかりであり、想定と経験を現実が上回った時、死の確率がぐんと上がる。
と言っても、実戦の場なんて、想定外ばかりなんだけどな。
俺が生き残ることが出来たのは……まあ、半分くらい偶然だろう。最終的には戦場で死んだ訳だし。
それでも、訓練を重ねれば重ねるだけ想定外は想定外でなくなり、手札が増えるのだ。
訓練でやった百が、実際には十くらいしか発揮出来ないというのはよく聞く話で、だから千を訓練でやり、万を訓練でやり、実戦で発揮出来るものを増やしていく訳だ。
刀じゃなくとも、勉強でもスポーツでも、何でもそうだろう。違うところと言えば、俺達は訓練を怠ると死ぬってところだな。
それにしても、良い土地だ。ここなら人目も気にせず、緋月を振るえる。
この家を見た時、最初からこういう活用の仕方をしようと思っていた。
空き地の方は庭にし、林の方は訓練場にする。
そのため、実は張った結界はこの林が一番多かったりする。真剣振り回してるなんて、仮に近所の人に見られたら、通報待った無しだしな。
あと、近所付き合いも、面倒くさがらずにちゃんとしておかないとか。
この家が呪いの家だったことは広く知られているようで、実はすでに挨拶回りはしているのだが、ご近所さんの顔色に不安げな色合いと、恐れるような声音が多少感じられた。
このまま問題無く住み続けていれば、いずれそれも無くなっていくだろうが、長く住むつもりならそういうところでもちゃんとしておくべきだろう。
まあ、その辺り俺よりウタの方がしっかりしてるし、すでに、どうも俺の知らんところで近所のおばちゃん達とも交流を持ち始めたようだがな。
本当にコミュニケーション能力の化け物である。ウタに愛想良くされて、絆されない者なんてそうそういないと思うので、任せておけばいいかと思っている面もぶっちゃけある。
――そうして、一時間程身体を動かしたところで、俺は構えを解いた。
「ふー……これくらいにするか。緋月、どうだ」
『にゃあう』
刀状態のまま、緋月からそんな鳴き声が返ってくる。
「はは、そんなに悪くないか。お前がそう言ってくれるなら安心だわ」
「にゃあ」
「おう、油断しないで頑張るよ。明日もよろしく」
訓練を切り上げた俺は、緋月を肩に担いだまま、家へと戻った。
すでにみんな起きているようで、生活音が聞こえてくるダイニングの方に向かうと、ウタがエプロンを巻いてキッチンに立っており、リンが半分寝ているような顔で、テーブルに付いていた。
そのリンの横に華月がおり、リンが眠ってしまわないよう、ちょんちょんとその頬を突いている。可愛い。
「ん、戻ったか、ユウゴ。朝飯は用意しておいてやるから、先にしゃわーを浴びてこい。着替えはすでに用意してある故」
「わかった、サンキュー。――リン、そんな傾いてると、椅子から落ちちゃうぞ?」
「……んぅ。大丈夫……」
別にそんな、朝が弱い訳ではないはずのリンだが、今日は眠いらしく返事も弱々しい。新しい家に来て、あんまり眠れなかったのだろうか。
すると、緋月がポンと現れてテーブルに飛び乗り、「起こす時はこうやるんだ」と華月に言いたげな様子で、遠慮なくペシペシとリンに猫パンチを食らわせた。
弾かれるように、リンはビクリと耳と尻尾を立て、緋月を見る。
「……むぅ。緋月、痛い」
「にゃあ」
不満げな顔のリンに、さっさと起きないのが悪いと言いたげな緋月。
俺は、そんな我が家の面々の様子を見て、何だかとても嬉しくなりながら、風呂へと向かった。
これが……俺の、一日の始まり方か。




