初めてのおつかい
ちょい閑話っぽい。
「うわ、しまった」
「どうした、ユウゴ?」
思わずそんな声を漏らすと、俺のベッドに寝転びながら、居間でテレビを見ていたウタがそう反応を示す。
「グラタン作ろうと思ってたんだが、牛乳が切れてた。まだあると思ってたんだが……」
「む、では儂が買ってきてやろうか?」
「悪い、頼む――いや、本当に頼んで大丈夫か……?」
そこはかとなく不安なんだが。
「何を言う。儂、元魔王ぞ? 元魔王は世界の過半を制することも出来れば、買い物も出来る」
「……まあ、じゃあ、頼む。どうせだから、二本買ってきてくれ。一つくらいなら何か菓子買ってきてもいいからさ」
「やったー!」
微妙に不安が残る俺だったが、実際行ってくれると助かるので、財布をウタにポンと投げて渡し、買い物を頼んだのだった。
◇ ◇ ◇
「よーし、ではさっさと買ってくるかの!」
おつかいミッションを開始したウタが向かった先は、優護と一緒によく向かう近所のスーパー。
実はウタは、かなりスーパーが好きだった。この世界というものが、よく見える場所だからである。
生活に必要なものが、過不足なく全て手に入る店。勿論、同じようなものは前世にもあったが、この規模の品揃えで、さらにこの安さで売買が可能となると、否応なしに社会の整備具合を感じるというものである。
物価とは、その社会の発展度合いを測る上で重要な指標だ。これだけで、『ニホン』という国がいったいどういう国なのか、ある程度理解することが出来るのだ。
ちなみにウタは、円の見方は勿論のこと、テレビニュースを見ることで、ドルやユーロなどと比べた際の、国際社会におけるその価値までをもすでにある程度わかっており、優護よりもよっぽど地球の貨幣事情を理解していたりする。
理解力、という点において、ウタは元魔王として相応しいだけのものを有していた。
そうしてスーパーに入ったウタだが、その瞬間周囲の空気がざわ、とし、だが彼女自身は見られることに慣れ切っているので、全く気にせずカゴを手に取る。
もうすでにウタは、近所では割と有名になっていたりする。
明らかに日本人ではなく、他では見ない美しい銀髪で、その美貌に男女問わず二度見してしまうのだ。
だから、同時に優護もまた、注目を浴びることが多い。
そんな彼女と一緒に歩き、仲が良さげな――それこそ夫婦のような様子で言い合いをしたり、ふざけたりしているので、よく周囲からほんわかされているのだ。
「お、あった。……ふむ」
ウタは、牛乳が多く並ぶ棚に辿り着き、その前で少し悩む。
牛乳とだけ聞いて家を出て来たが、いつも家にあるのどれだっけ、という思いである。
「二択、か」
別に全く二択ではなく、牛乳だけで四つか五つ選択肢はあるのだが、何故かそう判断するウタ。
――わからぬなら、悩んでも意味など無し。
重要なことは、決断すること。
正解のわからぬ道など、生きていれば無数に現れ、だが人はその先へと進まねばならない。
悩むことは大事だ。しかし、そういう時に大事なことは、それ以上に決断すること。
そう、牛乳が幾つもあろうとも、どれがいいかわからない以上、あとは勘で選ぶのみ、だ。
「これじゃあ!」
考えるのが面倒くさくなってしまったウタは、「まあどれも一緒じゃろ」とテキトーに選んでカゴに二本入れる。
――あとは、菓子じゃな!
優護は一つ好きに買っていいと言っていたが、どうせなら二人で美味しく食べられるものがいい。
ただ、二人の菓子に対する嗜好は、少し差異がある。
ウタはニホンの菓子は何でも好きだが、優護は甘いものは別にそこまで好きじゃない。
時折食べたくなることもあるようだが、月に一度程度のようだ。
「よし、ここは、せんべぇにするか」
ニホンの焼き菓子である、せんべぇ。
ウタはそれが、かなりのお気に入りである。前世にもケーキなどの美味い菓子はあったが、せんべぇはなかった。
安価で手軽で、にもかかわらずこの美味さ。ニホンには美味いものが数多あるが、その中でも上位に入るくらいウタは気に入っていた。
あと、ドーナツも好きだ。初めてユウゴが、くれた食べ物だから。
「ユウゴはー……確か、これをよく買っておったな」
牛乳はうろ覚えだったが、ユウゴの好みはしっかりと把握しているウタ。
元魔王は世界の過半を制することも出来るし、買い物も出来るし、同居人に対する気遣いも出来る完璧な存在なのだ。
そのままレジに並び、まだ慣れないながらもどうにか買い物を終えたウタは、帰宅の途に就いた。
◇ ◇ ◇
「えー、ウタさん。これ豆乳です」
「えっ」
ウタが買ってきたのは、豆乳だった。
「……ま、まあ、似たようなものじゃろ! ほ、ほれ、お主が好きなせんべぇも買ってきたから!」
「牛乳と豆乳は大分違う気もするが……まあいいか。出来上がりが微妙でも文句言うなよ?」
「大丈夫じゃ、お主の料理は全部美味いからの! きっとそれも美味くなるはずじゃ!」
「お、言ったな? じゃ、ちゃんと完食してもらうから」
「……ま、任せよ!」
微妙に不安げに返事するウタに俺は笑い、晩飯作りを再開した。
ちなみに調べたところ、豆乳グラタンもレシピがネットにあったので、作ってみたら普通に美味かった。
ウタは、「儂のおかげじゃな!」とかニコニコしながら食っていた。
ま、お前が美味しく食ってくれたんなら、良かったよ。




