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赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜  作者: くびのほきょう
貴族学園

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29/29

29 Side:Malum



「ピィーヨ、ピィーヨ、ピィーヨ……」


けたたましい鳥の鳴き声でマールムは目を覚ました。


普段は耳にすることがない騒音に、寝ぼけた頭で今は林間学習なのだと思い出す。

ここはカンディア山の高原に設置したテントの中。パレルモ伯爵家のタウンハウスではないため、朝の身支度をしに侍女は来ない。


マールムは寝袋からムクリと上半身だけ起き上がると、段々と意識がはっきりとしてくる中で手を自分の唇に当てる。


カイルからキスされた、その感触を思い出しているのだ。


昨晩、それぞれのテントへ帰る前、マールムがおやすみなさいと言った刹那、カイルは当たり前のように唇を重ねててきた。

まるで雷に打たれたような衝撃で固まってしまったマールム。カイルの唇はあっさりと離れて行ってしまったが、マールムの唇にははじめての感触が残り、いつまでも離れない。


テントへ戻ってきても、寝袋に入っても、目を閉じ横になっても、ずっと、ずっと、カイルの唇の感触と、カイルの美しい顔を、繰り返し繰り返し思い出してしまい、中々寝付くことができなかった。


朝からその幸せな口付けを思い出し、起きたばかりだというのに、カイルに会いたい、またキスしたいと強く思ってしまうのだから困る。


「おはよう。私は顔を洗いに行くけど、マールムさんも一緒に行く?」


同じテントに寝ていた官吏科の侯爵令嬢が声を掛けてきた。同じ班になり昨日から行動を共にしているが、興味がないからと適当に相手をしていたせいでエミリアだかエイミアだか名前がはっきり思い出せない。


せっかくカイルのことを思い出して良い気分に浸っていたのに、邪魔されたことが単純に不快で、寝ぼけて聞こえてなかったふりをして無視を決め込む。


侯爵令嬢は反応を返さないマールムへあからさまにため息をつき、タオルを持って一人でテントから出て行ってしまった。


我が国は魔獣が多く出没するため、男性は強いほど良いという価値観がある。貴族男性は騎士として魔獣と戦えることが一人前の条件のひとつとなっていて、その妻となる貴族女性に魔獣退治に必須な野営を経験させることが、この林間学習の真の目的だと聞いた。

だというのに、この高原にはお手洗いやシャワー室などの水回り用の施設があらかじめ用意されていたのだから笑うしかない。こんなおままごとで野営の何が分かるのだろうと疑問に思う。


マールムはパレルモ伯爵令嬢になった10歳の頃から人のいない辺鄙な地や、深い森の奥などへ行き、強い魔獣を集めてきた。そのため、何もない荒地での野営など慣れたものなのだ。


……カサリ


寝袋の中から紙が擦れる音がした。確認すると、封筒にも入っていない一枚の折りたたまれた紙が挟まっている。

「A・M」と書いてあるが、昨晩テイムしたアラスター・マルティネス公爵令息に違いない。


つまり、アラスターはマールムが寝ている間にこのテントへ侵入し、寝袋へ手紙を入れたということ。

思わずゾッと鳥肌が立つし、自分を怖がらせたアラスターに対して怒りが収まらない。


……”正午まで”と指定したんだから、もっと穏便な手段を取りなさいよ!


これまで人間をテイムした数は多くない。それでも少ないながら、テイムで指定しなかった部分へは本人の性格が出てしまうことは分かっている。


この深夜の奇行から想像するに、アラスターは仕事をなるべく早く終わらせたいせっかちな性格、もしくは、女人しかいないテントへ入ることを躊躇しない無骨な性格、または、女性を怖がらせてしまうと想像できない無神経な性格のいずれかなのだろう。どれもマールムの好みではない。


まさかアラスターへ自分の悪行がバレているせいで気を遣って貰えなかったとは、ついぞ思っていなかった。


……『婚約者を溺愛しているドミニク殿下と妹の安全が心配な自分が林間学習で厳戒態勢を敷いていた。怪しい動きをした者には漏れなく監視を付けていたため、一人行動していたマールム嬢へも監視が付いた』……


これが昨晩、王国騎士の監視がマールムに付いていた理由のようだ。

おおむね納得はできるのだが、『一人行動していたマールム嬢』という言い回しがなんとなくしっくりこない、気がする。


……“オリーブに裏庭へ呼び出された“と認識を変えたのに、こんな表現になる?実際一人行動してた時に監視が付いたのだろうけど、それが“呼び出された“と認識が変わっても、“一人行動“して裏庭まで来てたことになるか……。この書き方でもおかしくない、かな?


マールムは少しの違和感を見過ごし、この手紙の内容で納得してしまった。


昨晩の計画は、あと一歩で完遂しなかった。アラスターからの手紙で明かされたその理由。


本当は生徒が眠るテントまで飛熊を誘導し、もっと多くの人へ派手にテイムを見せつけるつもりだったのだが、早すぎる騎士の対応のせいで裏庭で収束されてしまった。


それでも一番の目的だった、マールムが力のある歌姫だと王族であるサイラスとカイルへアピールすることは叶った。

まさか昨晩のうちにカイルと恋仲になれるとまでは思っていなかったが、これでカイルとの結婚に大きく近付いただろう。


こうなると、二番目の目的が失敗したことだけが残念でならない。

その原因はドミニクとアラスターがフレイアのために厳戒態勢を敷いていたことで、充分な数と戦力の騎士で素早く飛熊に対応されてしまったせいだと分かった。これまでなんとも思っていなかったフレイア・マルティネス公爵令嬢が憎たらしい。


……あの公爵令嬢のせいでオリーブを殺せなかったじゃない。


昨晩の計画、マールムの第二の目的は、異母姉オリーブを殺すことだった。


貴族学園入学の半年前、マールムはヒポトリアを捕まえにミミ湖へ行った。そのミミ湖で湖畔に佇む銀髪の美しい男性を見かけ、一目で彼に心を奪われてしまったのだ。


幸い銀髪のおかげで、彼が王弟カイル殿下だということも、貴族学園の魔法科で教師をしていることもすぐに分かった。

元庶子の伯爵令嬢には過ぎた相手だが、マールムは歌姫だ。しかもただの歌姫ではない。強い魔獣や聖獣だってテイムできる力のある歌姫だと理解してもらえれば王族と結婚することは可能だろう。


貴族学園入学直前、マールムは魔獣を捕まえる時だけ借りていた人魚のペンダントを母から正式に譲り受けた。


母からは、高爵位で資産のある家の次男か三男をテイムの力を使ってでも婿にするのだと言われたが、マールムは婿探しなどするつもりなどこれっぽっちもなかった。だって、マールムの心の1番深いところに、すでにカイルがいたからだ。


貴族学園は魔法科に行くと母に伝えると、官吏科に行けと怒られてしまった。魔法科を希望する理由を聞かれ、カイルと知り合うためと白状したところ、母は最初は応援してくれていたのだ。


それなのに、入学後しばらくしてマールムにカイルをテイムする気持ちがないことが母にバレると、一転し大反対されてしまった。


好きな人をテイムして手に入れても虚しいに決まっている。母だって父のことをテイムしていないというのに、自分のことは棚に上げて怒ってくる性格の悪さに呆れるしかない。


マールムがテイムなしでカイルと結ばれたならば、王族のカイルが伯爵位であるパレルモ家へ婿入りしてくることはありえない。マールムが王弟夫人になったら、次期パレルモ伯爵は血縁が近いオリーブに決まる可能性が出てくる。


そう怒鳴り散らす母を、パレルモ伯爵家をテイムの力を使って侯爵家へ陞爵させてカイルに婿入りしてもらうからと、オリーブが跡を継ぐことはないからと宥めていたマールム。


母はマールムが跡取りにならない事で怒っているのではない。本質は、父の前妻の娘オリーブがパレルモ伯爵になることが許せないだけ。

そもそも、母がもう一人子供を産めば問題ないのだが、父から母への愛が冷めきっている現状では叶わない。それもまた母が不機嫌になる理由となっていた。


ここまでマールムはオリーブのことなど何とも思っていなかった。母が反対しているだけで、マールムとしてはオリーブが次期パレルモ伯爵になっても全く構わなかったのだ。


でも、昨日の昼、カイルの方から笑顔でオリーブへ話しかけているところを見たことで状況は変わる。

マールムへ冷たい態度を取るカイルが、オリーブへは自ら話しかけていた。しかも、笑顔で。


マールムがオリーブを憎まないはずがない。


そして気付く。オリーブが死ねば、母はカイルとマールムの結婚に反対しなくなると。


……後はオリーブを殺せば良いだけね。


マールムは決意を新たにし、寝袋から出て、顔を洗うためにテントから外へと出た。

そしてまた、ふと唇に手を当て、カイルとのキスを思い出していた。


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