第六章07 二人の魔法使い
空が燃えている。
山が燃えている。
村が燃えている。
家が燃えている。
人が燃えている。
家族が燃えている。
燃える。
燃える。
燃える。
燃える。
燃える。
燃える。
燃える。
燃える。
……
…
…
何故だ!!!!!!!!
何故なのだ!何故このような仕打ちを受けねばならない!山奥でずっと静かに暮らしていたのに!
何故!!!!!!!!
何故!!!!!!!
何故!!!!!!
なぜ!!!!!
なぜ!!!!
ナゼ!!!
……!!
…
…
許せない。
許せるはずがない。
絶対に。
許さない。
……許してなるものか!!!!!!!!!!!!!!
奴らの体から皮膚を、骨から肉を引きはがして!骨についてる肉片も全部そげ落とす!それでもまだ十分じゃない!足りない!足りない!
絶対に!!!!!!!
許さない!!!!!!
家族の、村の皆の感じた痛み、悲しみ、くやしさ、恨み、無念を……。
うちらが晴らしてみせる。
寒い。氷で出来たドームに閉じ込められてリザが最初に思ったことはこの一言だった。
ファルジオン王国には四季がある。そして今の季節は冬。寒いのは当たり前なのだが、この氷のドームの中の寒さは想像を絶していた。体に冷気の刃が突き刺さり肉を抉っていくような、そんな極寒の檻の中に黒と白の二人の女が対峙している。
「ようこそ、うちの世界へ」
そう言い優雅に一礼する透き通るような白い肌を持つ女ユキメ。この冷気の中でも彼女の余裕は崩れない。それもそのはず、彼女は雪人……寒冷の地を生活の基盤とするこの種族は冷気、寒さには大きな耐性がある。むしろこの『絶対零度の闘技場』で作られた氷の要塞の中こそ彼女の主戦場なのだ。
それとは対照的に黒づくめのリザは寒さによって急激に体温を奪われはじめ先程から小さな震えが止まらなくなっている。これまで体験した事のない寒さにリザは直面していた。
「あんたには恨みはないんやけどねぇ……」
「……!」
一瞬。リザが自分の吐いた白い息に目が遮られたたった一瞬、ユキメはリザの視界から消えた。気付いた時にはもう間合いに踏み込まれていた。
ユキメから放たれる重い刹那の一撃。
シュバ!
「あら。外れてもうたわ」
「くっ……!」
首を狙った薙ぎ払いを間一髪で退けるリザ。だが避けれたものの首筋から一筋の血が流れ慌ててリザは手で押さえる。その様子を見てケタケタ笑うユキメをリザは睨みつける。
「あーこわいこわい。そんな見られてまうとうち……もっと嬲りたくなってまうわぁ」
愛用する自身の身の丈より遥かに長い大薙刀『雪化粧』を軽々と振り回しユキメが構える。
戦場で戦う戦闘魔導士の中でも更に近接戦闘もこなせる者達を魔法戦士・魔法剣士と呼ぶ。ただでさえ少ない魔法使い……ましてや近接戦闘まで扱う為、その数は圧倒的に少ない。ユキメは魔法戦術団でもロゼと肩を並べる屈指の魔法戦士だ。だがそんな二人でも戦い方には大きな差異がある。直線的で正面から正々堂々と戦うロゼに対してユキメは絡め手を使い敵を追い詰める。その最たるものがこの氷壁の中での戦法だ。
「弾けて喰らえ……『氷菓の飛礫』!」
詠唱したユキメがフッと息を吹きかけると空気中にいくつもの小さな氷の塊が作られていき腕を翻すと一斉にリザへ向かって弾丸のように弾け飛んで行く。一つ一つの威力はさほど強くはないが当たれば肉に食い込み軽いしもやけや凍傷のようなダメージを与える為、油断できない。
「いった……くっ!」
氷壁の中動きも制限されながらもリザは致命傷を避ける為、氷塊の雨の中をなんとか防御姿勢を取り回避していく。だが暫くするとその動きが緩慢になりどんどんぎこちなくなっていく。それでも氷の雨とユキメの槍術の波状攻撃をなんとか避け続けていたリザだったが、その視界が唐突に――。
「あ……れ……?」
歪む。
それはリザに訪れた突然の睡魔。全身から起こる震えの中、何が起きたのかリザは今にもこと切れそうな朧げな思考で考えを巡らす。低体温症……その言葉へ辿り着くより先にユキメが声を上げる。
「フフ……怖いやろ?この『絶対零度の闘技場』の中は時が経つほど寒くなっていくんえ。どんどんどんどん寒くなってなぁ……最後はみいんな……凍死や」
「……!」
リザが凍る姿を想像したのか、愉快そうに笑うユキメにリザはすぐさま攻撃を仕掛ける。……だがそれもユキメの策の一つ。焦れば焦る程冷静な判断力が失われて行き増々彼女の思う壺へとはまっていく。
言葉巧みに相手を追い詰め絡めていき嬲っていく……鮮血と恩讐に彩られた一人の悪鬼の戦い。
「ほぉれ!ほれ!どうしたん!?さっきより動きが悪ぅなっとるよ!」
「……くっ!はぁっ!」
攻勢をかけていたはずがあっという間にユキメに主導権を奪われてしまう。
パキィン!
震えかじかんだ手で辛うじて掴んでいた剣がリザの手から離れる。それと当時に膝を付いて動けなくなってしまう。
「……ぁ!が……!」
寒さで喉が凍り付き声もまともに出せない。生気が残っていたリザの目から光が失われていく。
「あぁ……もう終いかぁ……ほんま残念やねぇ」
勝利を確信しゆっくりとリザの前へと歩き出すユキメ。
「ほな……さようなら」
薙刀をリザの頭へ向け振り上げる。
リザの頭が鮮血に染まり。
終わる。
はずだった。
だが。
気になった。
気になってしまった。
何故。
何故この期に及んでも尚。
剣を奪われても尚、この少女は首から手を離そうとはしなかったのか。
何故……。
その手が。
ゆっくりと。
離れる。
ユキメの目に入ったのは――。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンン!!!!!!!
真っ赤な輝きと共に氷の檻の中響き渡る爆音。咄嗟の判断で後方に飛び退き爆風を回避するユキメ。一瞬疑問が浮かんた事で踏み込みが甘くなった事が功を奏したようだ。いまだ爆発の土煙が舞う場所を見るユキメの顔は驚愕に満ちていた。
「馬鹿な……!あれは……あれは付与魔法!?」
ユキメがあの一瞬見えたものは、血で描かれた魔法陣の一部。『炎舞連合』がよく使う爆発の罠に用いられる付与魔法の文字だ。
(勇者が魔法を使うなんて情報はなかったはず……!)
何故?この国に入ってから……そしてそれ以前からも、勇者リザが魔法を使ったという記録は一切なかった。なのに何故彼女はこの土壇場で魔法を行使できるようになったのか……?いくつもの考えを巡らせていたユキメが……一つの結論に達した。
(城下町で仕掛けられた付与魔法を見て……即興で覚えたというの!?)
信じられない。もし一流の才能ある魔法使いが産まれたとしても、一から魔法を習得するには何年もの修行と自身の魔力の調整が必要になる。それをたった数刻見ただけで彼女は習得してしまったという事になる。それはこの世界の常識からはあまりにも逸脱した事だった。
そしてそこまで思考を巡らせてからユキメは自分が大きな過ちを犯している事に気づいてしまう。何故リザが首に付与魔法を施していたのか。付与魔法を覚えられるのなら当然……口上魔法も覚えられるはず。そんな彼女に回避する為といはえ距離を取るべきではなかったのだ。
「くっ……まだや!」
爆風が晴れ見えてきたリザの姿は多少の火傷痕があるとはいえ致命傷は負っていなかった。ユキメの予想通り自身のダメージを最小限にする為、付与魔法の威力を抑えていたのだ。もう凍傷の心配はどこにもない。
槍を構え大技を繰り出そうとしているユキメの顔にいつもの余裕ある笑みは残されていなかった。
「アラシヤマ流槍兵術奥義……『月下大雪斬』!」
振り上げられた槍から繰り出された強烈な冷気の刃と氷塊が地面を抉りながらリザへと襲い掛かる。
だがそれよりも早く、そして正確にリザの口から紡がれていく魔力の籠った『力ある言葉』。ユキメも知っているこの国で最も有名な火属性攻撃魔法。
それが完成した時、ユキメの目に写ったのは――。
『やあ!君がユキメだね?』
ファルジオン城の廊下を歩いていると不意に呼び止められる。このやたら見た目麗しい銀髪のダークエルフ……うちはこいつを知っている。魔法戦術団の期待のホープと持て囃されている女だ。名前は……思い出すのもめんどいから一応聞いておくか。
『そうやけど……あんたは?』
『私はロゼッタ!ロゼッタ・ブライトニング。家族や友人からはロゼと呼ばれているな!』
ああそうそうロゼッタ。特に気にもしてなかったな。うちら雪人はダークエルフとはあまり馴染みがないし。そもそもこいつら南方の生活圏でうちのいた北方にはいなかったからなぁ。そんな事をぼんやり考えていると、このダークエルフは自分のペースで矢継ぎ早に話を続いていく。
『ミランダ団長から聞いたんだ。私以外にも腕の立つ魔法戦士がいるって!これは是非とも会っておかなければと思ったんだ!』
『はぁ……』
やたら語気荒く目を輝かせながら話してくる。……こういう暑苦しい奴は苦手だ。
『よければ私と手合わせしてくれ!』
『えっ……うーん……まぁええけど……今は急ぎの用あるからまた今度な』
そんな用はない。めんどくさいから適当にあしらっただけだ。
『よし!わかった!約束だからなー!』
……それなのにこいつは馬鹿丸出しの笑顔でその場を離れるうちに手を振り続けている。多分うちの姿が見えなくなるまでやるんだろう。……アホか。
『あんなんに構ってられるか。……うちにはやらなければならない事があるんや』
その日、寝る頃にはあのダークエルフの事は綺麗さっぱり忘れていた。
そして次の日。
『やあユキメ!早速だが手合わせしてくれ!』
早朝の魔法演習場。いきなりこのアホエルフが開幕早々話しかけてきた。忘れていた昨日の出来事がまたぶり返してくる。ウザい。
『……今は演習中やからまた今度な~』
『うむ!了解した!』
心の広いうちはやんわりとお断りする。まぁ本当に演習中だししゃーないしゃーない。
別の日。
『さぁユキメ!手合わせしてくれ!』
『うーん、また今度な』
また次の日。
『さぁユキメ!手合わせ……やらないか』
『またいつかな~』
そのまた次の日。
『ヘーイ!そこのユキメ!手合わせ……やろうぜ!』
『……あーまた今度』
そのまた次の日。
『うおー!ユキメー!』
『……』
そのまた次の日。
『やあ!また会ったなユ……』
『……あーもう!うっさいわ!』
何日も四六時中付き纏われ、心の広いうちの堪忍袋もとうとうブチ切れた。
『ホントなんなんあんた!?なんでそんなうちにばっかり構ってくるん!?』
『え!?逆にユキメは気にならないか?自分と同等がそれ以上の相手なのだぞ!一介の剣士として戦ってみたいじゃないか!』
『あんた本業魔法使いやろ』
『いやはや実は魔法を学んでいた時より剣術を習っていた時の方が長くてね。私は魔法使いより剣士の方が性に合ってるのさ』
『ふーん……へんなやつ!』
『なっ……!』
あっつい本音が。……あら?なんやめっちゃ項垂れてる。あかん、めんどくさいやつやこれ。
『わ、私ってどこか変なのだろうか……?』
『うーん変って言うか……アホまるだし!って感じやね』
『アホ……』
あー更に項垂れてる……ほんまめんどいなぁ。
『……あーもうしゃーなしやね!手合わせでもなんでもやったるわ!これでええやろ!』
『ほんとか!これはありがたい!』
さっきまでこの世の終わりみたいな顔してた奴がめっちゃ目を輝かせて迫ってきよる。……ちょっとこいつのあしらい方が解った気がした。
『ほらグズグズしとらんではよ行くえ!……ロゼッタ』
「……!……キメ!…ユキメ!しっかりしろユキメ!」
繰り返し聞こえて来る自分の名前。聞き慣れた声に重い瞼をゆっくり開けるとそこにはユキメがいつも見る顔があった。
「ロゼ……そないに声張り上げんともよう聞こえるよ」
「ユキメ!気が付いたか!良かった……!」
「……すまんね。うち負けてもうたわ」
そう言うとユキメが周りを見渡す。爆発で吹き飛んだ氷壁の破片が今だに周囲に降り続いていて、まるで細氷のようだ。
「ご苦労だった。後は私に任せろ」
「……ロゼ、うちな……言わなあかん事が……あるんよ。うち……」
「……お前が昔から私たちの前では本気で戦えない事はわかっていたよ。無理をして話す必要はない。何があってもユキエはユキメ。変わらないさ」
「……ほんまおおきに……な……」
最後にそう呟くとユキメはこと切れたかのように動かなくなる。
「アンジュ、ユキメを頼む」
「ええ、まかせて」
気を失ったユキメをアンジュに託してロゼは今だ健在である勇者の元へと歩き出す。
「待たせたな。感謝する」
「いえ、おかまいなく。……少しでも体力を回復させたかったので」
ユキメとの戦いの傷跡は完全には癒えなかったようだが、それでもしっかりとした足取りで立ち上がるリザ。魔法戦術団団長代理であるロゼと勇者リザ。二人が対峙する。
「まずは非礼を詫びたい」
「……?」
「決して君を侮っていた訳ではなかった。それでも魔法戦術団がここまで追い詰められたのは私の見通しが甘かったせいだ」
「……」
「私のせいで不用意に仲間達を傷つけた。……だからこの落とし前は団長代理である私が取らねばならない!」
剣を抜き構えを取る。その鬼気迫る表情に一瞬リザは気圧されてしまう。
「……私の全力……全身全霊を持ってお前を……倒す!」
ロゼの啖呵が切られると共に辺り一帯に雷雲が発生し、ロゼの周囲に青白い静電気がバチバチ音を立てて帯電していく。周囲の変化にリザも警戒を強める。ロゼの口から『力ある言葉』が紡がれていく。
「我……雷なり!我が雷鳴に貫けるものなし!我が一撃は電光石火、雷そのものなり!……千電万来!『雷神招来』!」
ドガシャァァァァァァァァァンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!
雷雲から稲妻が迸りロゼの体を撃ち抜く。全身が雷に打ちひしがれロゼの体は大きく仰け反り痙攣する。暫くすると痙攣は収まり……ロゼの魔法は完成した。
「すごい……あれがロゼちゃんなの?」
遠巻きから見ていたアンジュがロゼの姿を見て思わず息を飲む。目を血走らせ身体からバチバチと稲妻を放電させ、毛という毛が逆立ったロゼの姿は、元の美しい姿とは似ても似つかない猛獣のような様相だった。
『雷神招来』……体に雷の力を内包させる事により身体能力を爆発的に増幅させるロゼが編み出した口上魔法。基本的に体からすぐに流れてしまう雷の力を全身に施した付与魔法で無理やり抑え込む事で強力な力を得られる。だが長く使うと体中の筋肉・神経が焼き切れてしまうので、その活動時間は限りなく少ない。数えて十程度といった所である。
「私の奥の手……あまり長くは持たないのでな……すぐに終わらせてもらう!」
「……いつでもどうぞ」
「……いざ!」
壱つ
一瞬で間合いを詰めたロゼが繰り出した突き。『雷神招来』によって神速の域に達した突きがリザの右胸目がけて放たれる。リザは間一髪、剣で突きの軌道を逸らし回避する……がその顔が苦痛で歪む。ロゼの体から放たれる稲妻の力が剣を伝ってリザの体を走り抜けていったからだ。
弐つ
突きの軌道を逸らされたロゼが、強化された身体能力を駆使し踏み止まると驚異的な速度で錐揉み回転しながら斬りつける。あの一瞬でロゼと接触する事は危険と判断したリザが斬撃に触れる事無く後方へ退く。
参つ
視覚も強化されたロゼのにとってリザの動きはスローモーションの様に映って見えていた。後方へ退下がったリザをたった一瞬の動きで間合いを詰める。
肆つ
放たれる一閃。避けるのは不可能と見たリザがその一撃を剣で受けてしまう。流れる放電を受けリザの表情が苦痛に染まる。
伍つ
なんとかロゼの追撃から逃れる為に剣の力の解放を試みるリザだったが、それを察知したロゼから放たれた雷撃によって妨害されてしまう。リザはここまで逃げることに精一杯で更にロゼが攻勢を仕掛ける。
陸つ
避けられもせず防戦一方になるリザ。棒立ちの状態でロゼの剣撃を捌き続ける。戦いは完全にロゼのペースだ。だがそれでもロゼは手を緩めない。ロゼはリザの目がまだ死んでいない事を目の前にし理解しているからだ。
漆つ
完全に死角を突いたはず一撃。だがその剣撃は全く予想外の動きで避けられてしまう。その動きにロゼは一瞬驚きの顔を浮かべる。何故ならロゼもよく知る人物の動きによく似ていたからだ。それを皮切りにロゼの攻撃が少しずつ当らなくなっていく。最初はまぐれだと思っていたロゼもその動きがただの模倣ではない事を認めざるを得なくなっていった。今のリザの動作はあの蜥蜴野郎と全く同じだったのだ。
魔法で活性化した脳が危険を告げる。ユキメとの戦いで魔法を使った時から感じていた違和感。この勇者はこの短期間に見て・覚え・習得し自分のものへと昇華していく……こんなもの『成長』などと呼べるものではない……これはもはや『進化』なのではないか?今はまだ届かなくてもこのまま放置すればいずれ魔王様を凌ぐ存在になるのではないか?そんな疑問が刹那の間にいくつも浮かび上がる。
捌つ
ロゼの思考のブレを見計らって打ち据えられるリザの攻撃。剣を受けロゼは自身の雷の力がリザに伝っていない事に気付く。よく見るとリザの剣には薄いオーラの膜が張られていて、それが雷を弾いている。必殺剣を使う時の力を応用したのだろう。この短い間にロゼへの対策を次々と打ち立て彼女を追い詰めていく。攻守は完全に入れ替わった……かのように見えた。
玖つ
ロゼへと攻勢を強めるべく踏み込んだリザの体が……ガクンと崩れた。これまでの戦いで消耗したリザの体力は本人の想像を遥かに超えるものだった。体が言う事をきかない……リザの顔に焦りの表情が浮かぶ。それを好機と見たロゼが最後の一撃を繰り出す。纏った雷を最大限放出させた超高速の突き。膝をついたリザにまさに届こうとしたその時――。
拾
バチィィィィィィィンンンン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「が……!は……!」
ロゼの体に想像を絶する激痛が走り抜ける。神経が、筋肉が、体が焼け焦げる嫌な匂いが満ちていく。時間切れの合図。体中から荒れ狂う雷が放出されていき、それが終わると同時にロゼの体が崩れ落ちていく。
「あ、と……いっぽ……たりなかったか……」
ロゼの体はリザを過りそのまま地面へと突っ伏した。
「すまない……みな……ユキメ……」
か細く微かに聞こえた懺悔の言葉。それがこの戦いでのロゼ最後の言葉になった。
「私達の負けです」
リザが声のする方へ向くと角、羽、尻尾が生えたやたら胸の大きな女性が降伏のポーズを取りながら近づいてくる。歩くたびに大きく揺れる胸にリザが驚いているとその女性はゆっくりとだが確かな言葉で話を続けていく。
「私は魔法戦術団第七救護班班長のアンジュ・ヴィエル。……もう魔法戦術団にあなたを倒す戦力は残されていないわ」
「……そうみたいですね」
「そこで倒れてる子、治療してもいいかしら?」
「どうぞ」
「ありがとね勇者ちゃん」
そう言うとウインクして見せるアンジュ。倒れているロゼを抱きかかえると治癒の魔法の詠唱を始める。それを見届けてリザはいまだ自由が利かない体を奮い立たせ、城のある方向へと歩き出す。
「ちょっと待って。何故勇者ちゃんはそんなにボロボロになってまでお城を目指すの?お姉さんにちょっと聞かせて欲しいな」
「……魔王を倒す、それが約束だから。約束は必ず守らなきゃいけないから」
そう言うとまた歩みを再開する。……が少ししてから振り返りアンジュに一言告げた。
「私は勇者ちゃんじゃないです。あと私の名前はリザです」
「あら、ごめんなさいねリザちゃん」
結局ちゃん付けで呼ばれてしまったがアンジュに言われると悪い気はしなかった。
「あなたにとって私は敵。でも看護する者として言わせてもらうわ。これ以上戦うとあなたの体は持たない。本当なら今すぐ治療が必要な程よ。出来ればこのまま降伏して治療させて貰いたいの」
「……ごめんなさい。それは出来ません」
「そう……ならもう私は止めない。これからまだ戦いは続くわ。無理だと思ったらすぐに降参して治療を受けるのよ」
「ありがとうアンジュ……さん」
そう言って笑顔で頭を下げるリザ。その顔には年頃の少女のあどけなさが残っていた。その後ろ姿を眺めながらアンジュは考える。何故こんな少女が……魔王軍の生え抜きである精鋭騎士団、魔法戦術団を相手にこんな大立ち回りが出来るのか?それも一人も死者を出さずに。……本当にあの子は人間なのか?
「はぁ……私達とんでもない子を相手にしちゃったのかもね、ゲイル君。……気を付けてね」
城で待機してるであろうゲイル達に向かって小さく呟いてから、アンジュは救護活動に戻っていった。
ファルジオン王国魔法戦術団五番隊隊長兼副団長 ロゼッタ・ブライトニング……戦闘不能
同じく魔法戦術団六番隊組長 ユキメ・アラシヤマ……戦闘不能
同じく魔法戦術団第七救護班班長 アンジュ・ヴィエル……救護活動により戦線離脱




