第六章06 雷の牙
「……何か変」
追手を振り払いながら町中を走るリザだったが、先程から少し違和感を感じるようになってきていた。丁度工業区へ入り中央公園へ向かう路地を曲がったあたりからだ。……追手がどんどん少なくなってきている。それと同じくして……。
バチッ バチッ バチッ
バチッ バチッ
バチッ! バチッ! バチッ!
バチッ! バチッ! バチッ!
バチッ!! バチッ!! バチッ!!
バチッ!!! バチッ!!!
弾ける花火のような音が辺りから響き……何かがとてつもない速度で迫ってきている。家々を飛び越えてそれらは走る続けているリザをあっという間に追い抜く。
リザは走るの止め構えを取り周囲を警戒する。
(……囲まれた)
まだ姿は見えない。リザがその気配達の位置を探ろうとした……その時だった。
バチィ!!!
大きな音と共に何かがリザの前へと飛び出してきた。
「全てを焼き尽くす雷火の渦――『雷獣の火葬炉』!」
咄嗟に後方へ飛び退けるリザ。先程までいた所にあった街路樹が光ったと思った瞬間……一瞬で黒い炭と化した。
「むっ!拙僧の魔法が躱されただと!?」
呪文を唱えた禿げ頭の筋骨隆々の男が驚きの声を上げる。
バチン!!
「チッ!どいてろインシネ!霊峰をも崩す雷の激昂――『火竜王の咆哮』!」
インシネと呼ばれた男の後ろから飛び出してきた派手な服装の男が呪文を唱えるとリザの足元が光り輝き始め……。
ドガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!!!!!!
その周囲一帯が大爆発を起こす。辺りに土煙と炎が散乱する。
「オイオイやりすぎだわアイツ」
「ブラストの魔法は相変わらずうるさいくて派手じゃな」
「へっ住民は避難してるんだからいいじゃねえか。いつも細けえなモグじいは」
禿げ頭のインシネとブラストと呼ばれた伊達男に割って入ったのは初老の小鬼。モグじいと呼ばれた小鬼は小声で何か呪文を唱える。
「全てを照らし示す灯――『探索する鬼火』」
すると小さな稲光……静電気のようなものが飛び出し未だに土煙が蔓延する爆発地点へ向かって飛んでいく。暫くすると発光と共に小さな破裂音が聞こえてきた。
「フム……まだ終わってないようじゃぞ」
「あん?」
その呟きから程なくして土煙の中から黒い影が男達へ向かって飛び出してきた。
「マジか!」
「ほーれ言わんこっちゃない」
「んな事言ってないでじじいも何とかしろや!」
飛び出したリザはあっという間に三人への距離を詰める。……だが。
バシュ!!!
黒い影が一瞬でリザの横に接近していた。
「我が脚は雷の矛なり――『雷神蹴!』」
「ぐっ!?」
真横から放たれた雷を帯びた強烈な蹴りを喰らい横道の壁へと吹き飛ばされるリザ。
「あんたたち油断し過ぎよ」
「おおジャッカルか。助かったぜ!」
「もっと気を引き締めてかかりなさいな。相手はミランダ様やロゼ様を退けた勇者なんだからね」
ジャッカルと呼ばれた獣人の女魔導士は冷静に三人を窘める。そうこうしてる間に壁に激突したリザが態勢を立て直そうと動き出す。
「こいつが勇者か兄者ぁ!」
「らしいぜ弟よ!」
バチチッ!!!!
大きな音が鳴り響きリザの前に大男が、背後に背の低い男が立ち塞がる。
(いつの間に……!)
「いくぞ弟ぉ!」
「おうよ兄者ぁ!」
「「『双稲妻』!!」」
「ぐ……あぁ!」
回避が間に合わず二人の雷魔法の直撃を喰らい苦悶の声を上げるリザ。
「う……はぁ!」
だがそれもすぐ止まりリザは二人を剣圧で払い除ける。
「ぐおっ!火力が足りなかったか兄者ぁ!?」
「速さ優先して詠唱省略したのがマズかったか……まぁいいさ。俺達ライトニング兄弟の力はこんなもんじゃない。そうだろ弟よ!」
「おうさ兄者ぁ!」
バチッ!
バチチッ!
他の隊員と合流し小さな男の方、兄のアークが大男の弟ボールを諭す。
あれだけの電撃を喰らっても尚リザは動きに陰りはないようだった。
リザは襲ってきた6人を改めて見渡す。全員老若男女姿形は違えど共通している物がある。それは着ているローブの鮮やかな光沢、そして腕章に描かれた稲妻をモチーフとした紋章。魔法戦術団第五小隊に所属している証だ。
「我が隊の精鋭を相手にしてここまでやるとは……流石だな勇者」
「……あなたは」
隊員達が次々と頭を垂れ避けていく。そこから歩いてくるのは嫌でも目立つ銀髪の女ダークエルフが一人。
「……どちら様ですか?」
「その返しカインで使ってたのはもう聞いているからな!」
「すみません」
「ま、まぁいいさ……貴様の命運もここまでだ!お前はこの魔法戦術団第五小隊隊長ロゼ・ブライトニングと……」
ロゼが構えると他の6人の隊員が一斉に魔法の詠唱を開始する。
「『電撃的殲滅部隊』が倒す!」
「『電撃的殲滅部隊』?」
「そう……ロゼの部隊の中でも特に『機動力』を重視した構成員で組まれた特殊チームだ」
俺の説明にフレイアは興味を示したのかアホ毛をピンピン反応させながら近づいてくる。妹の癖は昔からわかりやすくて良い。
「2年前北方で山賊共が結託して起こした戦……いや戦いと呼べる代物じゃあないな。あれはもう一方的な虐殺だった」
「北方ってことは……あの『セングロス帝国』?」
「そう…山賊は調子に乗って虎の尾を踏んじまったのさ」
当時北部の国境周辺で山賊集団、『月輪団』が略奪、強盗等を繰り返していた。ファルジオンと北方の大国セングロスの間には大小いくつもの部族が自治権を主張し今でも争いが続いている『狭間』と呼ばれる紛争地帯が存在している。山賊の被害は国境外のこの『狭間』にある小さな集落やここを通行する行商の荷台等だけだった為、周辺諸国は手が出せず傍観する事しか出来なかったのだが、略奪を繰り返しながら勢力を増やし、勢いに乗った『月輪団』はあろうことか国境を越え北部『セングロス帝国』の領土内に侵入しその近辺の集落や村々を襲い始めたのだ。これを口実に帝国は嬉々として兵を派遣、山賊達を虱潰しに倒していった。
「まぁ結果は火を見るより明らかだったしな……問題はその後だ」
「その後?」
「帝国の追撃を逃れた一部の山賊達がファルジオン王国へ国境を越え逃げ延びてきたんだ。それはある程度予想してはいたんだが……問題はその早さ。山賊が尻尾を巻いて逃げるのが想定よりも早くてな……王国の対応が一手遅れてしまったんだ。戦意を喪失した残党とはいえ千人規模の大群だ。村や集落が襲われればひとたまりもない。……この一刻を争う事態に名乗りを上げたのが魔法戦術団第五小隊、『雷牙隊』のロゼを含む7人の特殊チーム『電撃的殲滅部隊』だったんだ」
「……あれ?7人だけ?」
「第五小隊の構成員であるインシネ、ブラスト、モグファ、ジャッカル、アークとボールのライトニング兄弟、そして隊長のロゼを含めた少数精鋭。このチームが山賊共が国境近くの村や集落へ到達するよりも早く殲滅したんだ……たった7人で」
この一件以来ロゼの知名度は一気に高まり『電撃的殲滅部隊』と共に『雷神ロゼ』の名は多くの民に知られる事となった。
「雷の牙はそう易々とは折れないぞ……リザ」
「……はぁ!」
「ぐはっ!」
リザの剣閃が煌めき禿げの男を吹き飛ばす。
「……なんという、つよさよ……!」
禿げの男インシネがこと切れるとその場に立っているのはリザとロゼの二人だけになった。
「後は……あなただけです」
「……」
剣をロゼに向けるリザ。ロゼはいまだに俯いたまま内を閉ざし表情は伺えない。電撃的殲滅部隊の精鋭がことごとく倒され形成は一気に逆転した……かに見えた。
それから暫くして……この沈黙はロゼの意外な言葉で唐突に破られる事になる。
「う、うわーわたしのぶたいがまけてしまったー!わたしだけではもうかてないぞー!これはいったんたいきゃくしてさくせんをかんがえなおすしかないなー!」
「……!?」
突然の事で唖然とするリザをよそに、ロゼはくるりと後ろへ振り返るとそのまま走り出す。
「よーし!ちゅうおうこうえんまでたいきゃくだー!」
「……」
「ちゅうおうこうえんまでたいきゃくしてもういちどさくせんかいぎだー!」
「……」
「だいじなことなのでにかいいったぞー!」
何度も振り返りリザの様子を伺いながら走っていくロゼ。いまいち状況が掴めないリザが戸惑っていると……。
(すいません……付いていってあげてください……)
周囲からのすまなそうな小さな声で促され、なんとか事の次第を理解し始めるリザ。
「えーっと……じゃあ行きます」
ロゼを追う形でリザも走り始めるのだった。
……二人の姿が見えなくなると路地で倒れていた魔法戦術団第五小隊の隊員達が誰かも知れず呟き始める。
「……誰だよ隊長にあの役やらせた奴」
「おれじゃない」
「あいつがやった」
「しらない」
「すんだこと」
「ロゼ様……ご武運を」
バチッ!
バチッ!
(ふむ!ちゃんと付いてきているな!流石私の演技力!)
王都南東にある工業地区の路地裏。ものすごい速さで疾走するロゼが後ろを振り返るとそれに追随するようにリザが走ってくる。
(付いてこれるようワザと『雷火』の出力を下げてはいるが……奴も中々のスピードだな)
ロゼは一瞬だけ自分が履く軍靴に目をやる。『雷火』は魔法戦術団第五小隊で配布されている魔法装備だ。施された付与魔法から稲妻を発生し放電しながら加速していく。すさまじい速度を手に入れる事が出来るのだが、あまりにも制御が難しく雷魔法を得意とする第五小隊ですら完全に使いこなせるのはロゼと電撃的殲滅部隊の構成員のみとなっている。移動時に放電独特の音が鳴るので隠密行動には向かないのと制御の難しさと魔力の消費が激しい為、攻撃との併用が出来ないのが欠点と言える。
「しっかり付いてくるがいい……終点がお前の墓場となるのだ」
ロゼが路地を抜ける。それからすぐ後にリザが続く。路地を抜けたリザの前には……煉瓦で舗装された美しい公園が広がっていた。亡き女王の名前を賜り名付けられたエレナ中央自然公園は王国でも屈指の観光スポットだ。女王が好きだったいくつもの花々が彩る庭園、中央には美しい装飾が鏤められた噴水があり、この噴水には愛し合うもの同士で硬貨を投げ入れるとその二人は結ばれるという逸話があり恋人達の定番のデートスポットにもなっている。観光客、カップル、そして老若男女全ての国民から愛される憩いの場。それがエレナ中央公園なのだ。
今は有事という事もあり人はロゼとリザの二人しか見当たらない。リザが公園の美しさに目を奪われた……その時だった。
「凍てつけ……『氷河の古戦場』」
「!しまっ……!」
「ふふっ堪忍な☆」
リザの足元がみるみる氷漬けになっていきリザの足は完全に動かなくなる。リザが公園へ入った瞬間を狙ったユキメの奇襲だった。
「よくやったユキメ!今だ!『不可視の襲撃者』解除!」
ロゼが合図を鳴らすと周囲の景色が歪んで行き、そこから沢山の魔法使いが姿を現していく。地面に描かれた付与魔法の力……『不可視の襲撃者』の効果はその周囲にある物の存在を感知させなくさせると言うもの。それは姿だけではなく、嗅覚、聴覚あらゆるものから完全にシャットダウンできる潜伏魔法、それが『不可視の襲撃者』なのだ。
『不可視の襲撃者』が解除され姿を現した魔法戦術団の魔導士達は火水風土の四部隊から構成されている。これから行う大掛かりな魔法を行使する為のものだ。
「よぉし!野郎共!手筈通りいくぜぇ!夜露死苦ゥ!」
「「「「「ヒャッハー!!!!!」」」」」
カズを筆頭とした赤いモヒカン集団、一番隊『炎舞連合』が詠唱を開始する。
「おっけー。みんなやっちゃってー。姫の為にがんばれー」
「「「「「アイアイサー!!!!!」」」」」
レンをはじめとするニ番隊『水月党』の親衛隊も言の葉を結んでいく。
「それじゃあボチボチまいりやしょうかね皆さん方……!」
「「「「「御意!!!!!」」」」」
ナナキ率いる三番隊『風車』が力ある言葉を口ずさんでいく。
「うむ!ここが正念場よ!『土蜘蛛衆』参る!」
「「「「「押忍!!!!!」」」」」
モンド達第四部隊『土蜘蛛衆』が一斉に呪文を唱え始める。
するとリザの周囲がどんどん歪んでいき膨大な魔力が凝縮され集まって形作られていく。
「「「「この世の全ての厄災から守護る神秘の宝盾――『四大元素の絶対障壁』!!!!」」」」
呪文が完成するとリザの周囲は魔力で作られた何重もの虹色の壁によって固く閉じられた。
「終わったな」
虹色の壁にロゼが近づいていく。
「お前は強い。私達はその強さに敬意を表し……倒さず捕える事にした。この最強の盾を使ってな」
『四大元素の絶対障壁』……ゲイルの母アリアが編み出した四大属性を利用した最強の防御魔法。本来は城や町に展開してありとあらゆる攻撃から対象を守る防衛魔法となるのだが、ロゼはこの魔法を別の視点から利用する事を思いついた。
「最強の盾は同時に内から外へも出さない最強の檻なのだ!お前はもう逃げられない!観念するのだー!」
「あーロゼ、ご高説の所悪いんやけど……多分聞こえてへんよ」
「えっ……マジか」
全てを打ち返す防御魔法に四方を挟まれた状態のリザにロゼの言葉は届いてないようだった。中であれこれ抵抗している姿が見えるがどれも徒労に終わっている。
「ま、まぁいい。勇者はこのまま牢獄へ連れて行く。準備急げ!」
「「「「「御意!!!!!」」」」」
魔法を維持する最小限の人員を残して他はロゼの指示通り城へ移送させる為の用意を進める。ロゼも隊員達に細かな指示を出す為中央公園から離れ歩きはじめた。
「……っ!」
だがそんなロゼの背をとてつもない悪寒が駆け巡る。ロゼの長年のカンが、危険を警鐘する鐘を高らかに鳴り響かせる。ヤバい。これはマジでヤバいぞ。
「ふ、副団長ー!ゆ、勇者が中で何か始めましたー!」
「なっ……!」
振り返ったロゼの瞳に映ったのは、絶対無敵の壁の中で剣を掲げる勇者の姿だった。剣から強大な力の渦が溢れ出し、荒れ狂い魔法で作られた障壁を震わせていく。
「もっと魔力を注ぎ込め!破られるぞ!」
「やってるんじゃが……これは……マズいのぅ!」
「オラァ!てめえら!もっと気合い入れやがれー!ヤキ入れんぞー!」
「うわーなにこの力……ちょっとドン引きなんですけど……!」
「力の渦がどんどん中で膨れ上がっていく……だと!?」
四部隊は必死に抵抗するが、リザの力によって『四大元素の絶対障壁』は風船のように膨らみ今にも破裂してしまいそうな危険な状態へと発展していた。危険と判断したロゼは隊員達に撤退の指示を出す。出さざるを得なかった。
「総員退避ー!衝撃に備えろ!」
そう言うと他の隊員達と共にロゼも防御用の魔法の詠唱を開始する。
防御魔法の詠唱が完成した瞬間――。
パリィン
想定していたよりも軽い破裂音と共に『四大元素の絶対障壁』は決壊した。
ドガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンン!!!!!!!!!!!!
それと同時にリザの剣から放たれた光の渦が天を貫きその衝撃波が周囲一帯を吹き飛ばす。
「「「うわああああ!!!!!」」」
「くっ……!」
ロゼの防御障壁の展開が早かったおかげで隊員達はなんとかこの衝撃に耐える事が出来たようだ。
「くそっ!ここまでお膳立てしてもダメなのかよ……!」
衝撃が収まりその中心で剣を構えるリザを見てカズがくやしそうに呻く。
「……いや、そうでもないぞカズ」
ロゼはリザの様子を見てすぐに違和感の正体に気づいた。肩で息をしている。明らかに疲弊しているのだ。魔法戦術団の追撃を躱し、電撃的殲滅部隊と戦い、ロゼ達が使う『雷火』にも負けない走力を使っても尚疲れを見せなかったあのリザが。
『あの剣の技、かなりの体力を消費するみたいニャ。ゲイルの言う通り勇者の体力は無尽蔵というわけではなさそうニャ』
ロゼが出撃する前にミカから聞いた報告。あの力は想像以上にリザの体力を消耗させているのだ。その事をロゼは自身の目で確かめる事になった。
「どうやら眉唾ではないらしいな。……ならば私のやるべき事は決まった」
覚悟を決め、剣を抜きリザの元へと向かっていくロゼ。
「姐さん……!」
「お前たちはよくやってくれた。少し休め」
『四大元素の絶対障壁』の発動・維持・リザへの抵抗によって魔法戦術団の四部隊の魔力は殆ど残ってはいなかったのだ。それを察していたロゼは彼らを下がらせ自らリザの前へと赴く。
「ちょい待ちロゼ」
ロゼとリザの間に割って入ったのはユキメだった。
「困るんやわぁ、魔法戦術団の大将がそない簡単に出られちゃ」
「……何が言いたいユキメ」
「それはなぁ……」
ロゼがユキメの言葉を待つ。帰ってきた言葉は……。
「我死合うは氷雪の決闘場――『絶対零度の闘技場』!」
「……!ユキメ!?」
呪文の詠唱。
ユキメを中心に猛烈な吹雪が吹き荒び、近くにいたロゼはたまらず吹き飛ばされてしまう。
「くっ!待て!ユキメ!」
あっという間にリザとユキメは分厚い氷の壁の中へと消えていく。花の王都の中央、エレナ中央自然公園に巨大な氷のドームが姿を現す。
ロゼが最後に見たユキメの顔は……こころなしか笑っているように見えた。




