第六章04 戦士として
「くそっ!また駄目だった!」
ファルジン城内にある修練場、その中で行われていたある模擬戦がたった今終結した。精鋭騎士団に入団してまだ間もない頃のカインと団長であるグフタフで行われた模擬戦だ。それを見ていた周りの兵士達から歓声が上がる。
「はっはっは!また太刀筋が良くなったなカイン!」
豪快に笑いながら賞賛するグフタフ。当のカインは地面に大の字で突っ伏して不服そうだ。尻尾も機嫌が悪そうにブンブン空を切りながら動いている。
「どんなに強くなっても、あんたに勝てないんじゃまだ足りねぇ……足りねぇんだ」
「ほう……勝利へのこだわりを持つのはいいことだ。だが俺より強い者はこの世界沢山いるぞ?」
「そうなのか?……まぁいいや。まずは俺に勝ったあんたに勝たないとな。……勝たなきゃ意味がねえんだ!じゃねえと俺は……先には進めねぇ」
「カイン、お前はまだまだ強くなれる……が、もう少し心に余裕を持て。どんな時でも柔軟に対応するのだ」
「そんなん出来るのかね……あんたも分かってるとは思うが、相当な馬鹿だぜ俺?」
「はっはっは!今は分からなくてもいいさ!それよりどうする?まだやるか?」
「おうよ!あったりまえだぜ!」
差し出されたグフタフの手を取り立ち上がるカイン。グフタフを見るその目は傭兵時代の濁ったものではなく誇り高き戦士の眼差しに戻っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
リザに振り下ろされる巨大な槍からの一撃。目の前にいる魚人の攻撃を難なく躱しながらリザは朝食べたパンの事を思い出していた。口の中に広がる焼きたてのパンとバターの味……早く次が食べたい。お一人様限定10個という事で、最大まで買ってここに来るまでに8個食べてしまった。残り2個……味わって食べなければ。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!この槍兵隊中隊長であるトットリンの攻撃を躱すとは……貴様やりおるな!!!!!これまで他の中隊長達が敗れたのも頷ける強さよ!!!!だがそれもこれまで!!!!貴様はこの精鋭騎士団一番隊所属槍兵隊中隊長トットリンの槍の露となって死ぬのだ!!!!!さぁ!!!さぁさぁ覚悟するがいい!!!!いくぞ!!!唸れひっさ……」
最後まで喋るより前にリザの一撃を横っ面に食らい吹き飛ばされる槍兵の魚人。
「ああ!トットリンさんがやられた!」
「騎士団でも有数の槍の使い手で話が長く声がデカい上に酒の席になるとやたら腹芸をやりたがるあのトットリンさんが!」
なんか話が長くなりそうだったからつい……とりあえずどいてもらったけど大丈夫だったかな?……と思いつつ鳴り始める腹の音に更に憂鬱になるリザであった。
「くっ……!」
「お、お前いけよ!」
「ちょ、押すなって!」
勇者リザの強さを目のあたりにして兵士達の士気も著しく下がってしまっていた。リザを遠巻きに取り囲みはするが、リザのこれまでの戦いを見て挑もうとする勇気ある者はもう殆ど残っていなかったのだ。こちらに向かって来ない兵士達を見てリザは改めて真っ直ぐ王都へと歩いて移動を始める。
「おうおうおう!派手にやってくれてるじゃねえか。勇者さんよぅ」
リザの前を塞ぐように並んでいた黒い兵士達が次々と道を開けていく。その中から白い装備に身を包んだ一人の蜥蜴男が姿を現した。そのままリザの前まで歩いていくと濁った瞳でリザを凝視する。
「タキノじゃ世話になったなぁ」
「……」
蜥蜴男カインの言葉を受けてもリザは無言のままだった。暫くすると思い出したように話しかけてきた。
「……どちら様ですか?」
「あれー!?俺名乗ってなかったっけ!?」
「ごめんなさい。興味ない事は中々覚えられなくて」
「ほほう」
カインの顔に青筋が浮かぶ。今にも食って掛かりそうな勢いのカインを横から出てきた猫耳の弓兵が押し留めた。
「ちょっとー!?何挑発に乗ってるニャ!」
「はぁ!?挑発になんざ乗ってねーし!ちょっとメンチ切ろうと前に出ただけだし!」
二人のやり取りを見てもリザの歩みは変わらない。その姿を見て周りの兵士達は距離を取っていく。行く前に居座るカインを除いて。
「ハッ!こっちの事なんざ意に介さないってワケかよ」
カインは脇に差した鞘から剣を抜く。出てきたのは細めの湾曲した刀身を持つ剣……所謂、刀と呼ばれる業物。カインがまだ傭兵として各地を転々としていた頃に見つけて以来ずっと愛用している異国の剣だ。剣先をリザへと向け腰を落とし、構えを取る。それでもリザは歩みを止めない。
「お前ら手を出すんじゃねえぞ!……それと後な!俺の名前はカインだ!カイン・シャムシール!覚えとけ!……そんじゃいくぜぇ!」
たった一瞬。その一瞬で間合いを詰めるとカインは渾身の一太刀で切り払う。リザの頭と胴体が離れ離れに……はならずリザは紙一重でその斬撃をバックステップする事により回避していた。
「逃がすかぁ!喰らえ必殺剣!斬・漸塵斬!!!!」
蜥蜴男の言語で『力のある半月』という意味の言葉が紡がれる。カインは刀を垂直に構えると目にも止まらぬ速さで跳躍して後方へ下がったリザを追撃、切り伏せる。だがその一撃もリザには届かなかった。
ドガオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!!!!!
轟音と共に地面に叩きつけられる刀身。大地を抉り周囲に土煙をまき散らす。この大振りの一撃がカインに僅かな隙を生じさせ、それをリザは見逃さなかった。回避したその足でカインの真横まで詰め寄ると剣をを手に、カインのガラ空きになった脇腹を狙う。だが……。
「……!」
そのまま踏み込んだ足をズラしカインから離れるリザ。先刻までリザがいた空を何かが一瞬通り抜ける。それはカインの左腕。その腕には一本の剣が逆手に握られていた。カインが最初に使っていた刀より刀身が短いもう一つの刀。忍刀と呼ばれる隠し剣だ。
「奇襲剣、双・抜刀!これも避けたか。まぁそんな上手くはいかねえか」
距離を取ったリザへと向き直り長刀と短刀、二本の刀を構えるカイン。その構えは先程とは全く違うものになっていた。リザがその変化に少し戸惑っているとカインはすぐさま行動を開始した。二本の刀を突き出すように構えリザに向かい突進していく。
「突撃剣、重・土竜突!」
蜥蜴男の用語で『猛き牡牛』という意味のこの技は、一点突破の突撃で例え避けてもその二本の刀で追撃を行える二段構えの突進剣だ。直感で避けるのを止めたリザは剣でその突進を受け切ろうと構える。
「避けなかったのは良い判断だ……だがその体で耐えられるかな!?」
カインの全体重を乗せた渾身の突撃。その力はリザの想像を遥かに越えるものだった。
「ぐっ……!」
「そいやぁ!」
勢いに押され、そのまま後方へ吹き飛ばされるリザ。地面を転がり態勢を崩してしまう。その勢いのまま追撃に出るカイン。
「おらぁ!オラオラオラオラオラオラァ!!!!!!!!」
二本の刀から繰り出される嵐のような斬撃を辛くも避けながら少しずつだが態勢を立て直していくリザ。
「……はぁ!」
「うぉ!?」
リザの一撃がカインの攻撃をはじき返す。尚も剣を構え反撃の態勢を崩さないリザ。カインは追撃を止め一旦距離を取る。この一連の戦い、僅かな間の出来事だった。
「す、すげえ……!」
「ヒャッハー!流石カイン副団長だぜー!」
「「「やっちまえー!」」」
周りの兵士達から歓声が沸き起こる。その様子を見ながら弓兵のミカは先程の戦いを冷静に分析していた。
リザは朝からずっと戦い続けてきたというのに全く息を切らしていない。この国の兵士達が弱いわけではない。四大魔王の一角であるファルジオン軍の精鋭が一方的に倒されているこの状況が異常事態なのだ。そんな怪物のような勇者を相手に善戦しているカイン。だが先程繰り出した斬撃を撃ち返したリザはその剣筋を見切り始めているようだ。
(うーん……いくら私達に必殺の連携があるとはいえ……このままだとまずいニャ)
ミカはカインを見る。その姿は今にも怒髪天を衝きかねない勢いだ。その理由はリザの剣にあった。
「てめえ……この期に及んでまだ抜かないつもりか!」
カインは構えるリザの剣を見て忌々しそうに呟く。その剣には未だ鞘が納められていた。朝から始まった精鋭騎士団との戦闘中ずっと剣は鞘に納められたままだったのだ。明らかに手を抜かれている、そうカインやミカは感じていた。
「……」
「だんまりか。……なら俺が抜かなかった事を後悔させてやる!」
言うやなリザに飛び掛かるカイン。だがその繰り出される斬撃をリザは意図もたやすく回避していく。その動きは先程よりも正確で無駄がなくなっていた。
((もう動きを見切っているのか!?)ニャ!?)
最小限の動きでカインの攻撃を退けているリザ。そのままカインの斬撃に合わせて剣を振るう。
ガキイィン!
「ぐっ……!」
傍から見ると軽い攻撃に見てたその一撃でカインの攻撃は全てははじき返され、その顔は怒りと焦りで歪んでいく。
「くそっ!まだまだぁ!!」
それでもカインはリザへと立ち向かっていく。どちらが優勢かはこの場にいる者達には火を見るよりも明らかだった。繰り出す斬撃を全て躱され、弾かれ、リザからの攻撃はなんとか凌ぎ切っているものの、カインの姿はボロボロでもはや悲壮感が漂い始めていた。
「はぁ!」
ガキィィン!
「ぐおおお!?」
この日何度目かもわからないリザからの一撃で弾き飛ばされるカイン。大きめの剣を片手で難なく振り回しカインを追い詰めるリザの姿はその場にいるファルジオンの兵士達を畏怖させる。歓声はすっかり鳴りを潜めリザの繰り出す大剣の打撃音だけが戦場に鳴り響いていた。
何度打ちのめしても向かって来るカインに嫌気がさしたのか、先に勝負を付けに来たのはリザの方だった。
「しつこい!……もうこれで終わりです!」
瞬時に跳躍すると振り回した鞘付の剣をそのままカインに叩きつける。防御姿勢を取ったカインがいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
「「「ふ、副団長ー!」」」」
「カインー!」
兵士達やミカの悲痛な叫びを聞きながらカインは後方へと飛ばさていく。刀をブレーキがわりに突き立てなんとか態勢を整えるカインの前に最後の一撃を加えるべく追撃してきたリザの姿があった。
その光景を見て誰もが終わったと思った……その時だった。
ゴスッッッ
何かが砕けたような鈍い音が辺りに響いた。
カインに最後の一撃を加えるべく剣を振り上げたリザ……その脇腹に何かが突き刺さっている。それは鉄製の球。カインのしなやかに伸びた尻尾の先端に括り付けられていた鉄球、それがリザの脇腹に深く食い込んでいた。
「……がはっ!」
剣を手放しその場に蹲るリザ。脇腹を圧迫された事によって呼吸が困難になっていたのだ。骨も何本か折れてしまっている。息苦しさと苦痛でこれまで表情を崩さなかったリザの顔が初めて歪んだ。
「だーかーら!言ったろ。後悔するってよ」
リザが落とした剣を拾いながらカインがぶっきらぼうに呟く。ボロボロになっているはずのカインの足取りは戦う前とあまり変わらず確かなもので、ダメージは殆ど残ってはいないようだった。
「す……すげええ!副団長!!」
「あの勇者に勝っちまったああああ!!!」
「やったー!」
静かになっていた周囲からまた歓声が沸き起こる。この逆転劇に、この場にいた兵士達の興奮は決起の時以上に高まった。
「カ、カイン!もしかして今までのは全部演技だったの!?……ニャ!」
「あったりめえだ!舐めプしてくる奴に本気なんか出せるか!」
驚きのあまり思わず語尾を忘れそうになるミカ。
「ただの戦闘バカだと思ってたけどこんな芸当が出来るなんてニャ」
「どんな時も柔軟に……俺も少しは成長したってことさ」
そう言うとカインはリザへ向き直り高らかに叫んだ。
「どうだ!これが俺の奥の手……二刀一尾・三刀尾流だ!」
その言葉に呼応するかのように変幻自在に動き回る尻尾。
カインは元々蜥蜴男として恵まれた体型を持ってはいなかった。蜥蜴男の平均を下回る身長、このどうしようもないリーチの不利を補うべく彼が目を付けたのが……しなやかに伸びる自分の尻尾だった。他の蜥蜴男と比べても長く色々な動きにも対応できる筋力を備えていたその尻尾は、彼の三つ目の武器となった。
「……さて」
カインはいまだに蹲るリザに向かってその剣を向ける。
「お前の見切りは確かにすげえよ……だが少しばかり見すぎたな。まぁそのおかげで尻尾の不意打ちが決まったんだけどな」
「……ずっと見ていたの?私の目の動きを……!」
やっと声を出せるほど回復したリザがいまだ苦痛が残る顔を上げカインへ言葉をぶつける。
「おうともよ。……どうやら喋れるくらいには回復したようだな」
「どうしてトドメを刺さなかったの?」
「喋れるようになったら今度は質問攻めかよ」
カインはリザの剣をそのまま放り投げて返す。
「ムカつくだろ?手抜かれると。こんな風によ」
「……!」
「二度は言わねえ。今度は本気でこい」
「……」
剣を拾うとリザはゆっくりと立ち上がる。先程の脇腹のダメージは完全とは言えないが動ける程度には回復したようだ。
「わかりました。本気で戦うと約束しましょう。でもその前に……」
そのまま剣を構えると思いきや、リザは深々と頭を下げたのだ。
「ごめんなさい!体力温存しておきたくて……力を抑えていました!」
「まぁそんなこったろーと思ってたよ」
「後、御飯の事とか考えてて上の空だった時がよくありました!」
「おめー戦う前にパン食ってたよな!?まだ食い足りなかったのかよ!?」
「足りません!お腹空きました!」
「ああもうわかったよ!終わったら沢山食えばいい!だから全力で戦えよ!」
「はい!全力でいかせていだただきます!戦いも!お昼御飯も!!!」
「飯の方が語尾に気合入ってんじゃねーかクッソー!」
リザの話を聞いているうちに再び鳴り始めた腹の音を聞きながら、カインは朝飯を食べずに来た事を少し後悔した。
「い、いいんですかミカ隊長!?」
「勇者もう回復しちゃいましたよ!?」
「さっきのでトドメ刺しておいた方が良かったのでは……!?」
「カインはもうああなったら何も言う事聞いてくれないニャ……。色々連携とか練習したのに全部ブチ壊しニャ!」
「 …… 」
対峙する二人を遠巻きで見ている兵士達とコソコソ会話するミカ。そしていつの間にかミカの横にいるモズ。カイン達と行う連携の為にずっと待機していが話の流れを見て戻ってきていたようだ。
「後輩相手に兵士がどうとか偉そうにのたまってた癖に結局こうなるニャ……。あの戦闘バカ!」
「 …… 」
「えっ……後はまかせよう?……フン!まぁ骨くらいは拾ってやるニャ」
モズの常人では聞き取り辛い小声すらも聞き取れる獣人ミカの地獄耳。モズの言葉を受け止め文句を言いつつ覚悟を決めたようだ。それを見た兵士達も同様に次々とカインへ声援を送っていく。
「やっちまえ副団長ー!」
「絶対負けるんじゃねえぞー!」
「もっと稽古の時手加減しろ糞トカゲー!」
「若干ヤジがあるニャ……」
精鋭騎士団全員がカインに全てを託した。
「おりゃあ!!!」
「とお!」
ガキィン!シュバ!ガキィン!!ガキィン!!!
二人の戦いは更に激しいものとなっていた。以前とは比べ物にならない速さと力で繰り出されるリザの攻撃。それを二本の刀と尻尾を駆使して何とか退けるカイン。本気のぶつかり合いはどんどん激しさを増していった。
「流麗剣……破・流水斬!」
「……はぁ!」
刀身から繰り出した衝撃波が大地を切り裂きながらリザを襲う。だが衝撃波はリザが振り払った剣の剣圧で掻き消されてしまう。その剣にはもう鞘は取付られていなかった。リザの剣は鞘から解放され刀身が美しく輝く。
「やるな!」
「あなたこそ!……トカゲの人!」
「名前ちゃんと覚えろや!」
互いの力は互角。この戦いを見ていた者達はそう感じていた。……だが戦っている当事者でるカインは既に悟っていた。この戦い、長引けば長引くほど不利になると。リザの見切りは正確だ。このまま戦っていけば嫌でもカインの太刀筋は見切られてしまうだろう。それ程の観察眼と運動神経を持ち合わせているリザに長期戦を挑むのは無謀。カインの残された選択肢はもうこれしかなかった。
「確かにさっきとは別人のようにつえーよ……だがまだ隠しているだろ?……必殺の一撃を!」
「!……知っているんですね。私の必殺技を」
「ああそうだ。俺は知っている。二度も見た。ノミナミで一度。そして……グフタフさんがやられた時に一度!」
グフタフと共に勇者討伐の任務についていたカインはそこで見る事になる……全てを飲み込む圧倒的な光の奔流を。自分が何度挑んでも倒せなかった男の亡骸を。
「アレを撃たずとして何が本気か!お前の約束は口先だけか!」
「……!」
「この俺を倒したきゃ全力で撃ってこい!勇者ァ!!!」
「……わかりました!お見せします、私の全力を!」
リザが剣を掲げると刀身が眩き輝き、天を貫かんとする光の竜巻が現れた。圧倒的な力に空と大地が震える。
「うわー!これヤバいやつだ!」
発生した突風で吹き飛ばされるのを堪えながら、ミカが叫ぶ。
「おいミカ!死にたくなけりゃ兵士共連れて早く避難しろ!」
「い、言われなくてもそうするニャ!……けどカインは?」
「ここまではゲイルの作戦通りに運んだんだ……後は俺のやりたいようにやらせてもらうぜ!お前やモズにはまだ仕事が残ってるんだろ?とっとと行け!」
「……了解ニャ!みんな急いで退避!退避ニャー!」
蜘蛛の子を散らすように精鋭騎士団の兵士達は戦場から離れていく。激しい風が吹きすさぶ中、光の柱の前には一人の蜥蜴男だけが残った。男の顔にはこの戦いが始まって初めて笑みが浮かんでいた。
「確かに団長の言った通りだ……俺より強え奴は沢山いやがる……正直ムカつくぜ」
二つの刀を抜き光の柱へ、リザへと構える。光の柱を見据えるカインの目にもう濁りはなくなっていた。真っすぐに好敵手を見据える誇り高き戦士の目だ。
「いいぜ勇者!いつでもこいやぁ!」
「ではいきます!ひっさつの……ひっさつけーん!」
シュ……ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
リザが光の剣を振りかぶるとカインの姿はその光の中に吸い込まれていった。
「けほっけほっ……みんなー!無事ニャー!?」
土埃にまみれたミカが周囲に向けて叫ぶ。
「俺たちはなんとかー!」
「各部隊、全員無事でーす!」
次々に上がる精鋭騎士団兵士達の報告。その中にはモズ達隠密部隊の姿も見える。その声にホッと胸を撫で下ろすミカ。
「……後はカインだけニャ」
周囲に蔓延していた土煙が晴れてくると、見えてきたのは……悠然と立つ勇者と一直線に抉られた大地、そして真っ二つにされた王都の城壁だった。
「300年以上崩される事がなかった鉄壁の城壁が破壊されるなんて……」
「そんな……」
「もう終わりだぁ……」
その光景を見て絶望的な表情で声を漏らす兵士達。誰もが失意のどん底に叩き落されていた、その時だった。
「ウ゛オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ァ ァ ァ ァ ! ! ! ! ! ! !」
抉れた地面から突然、何かが突き出し叫んだ。一同驚いて振り返ると、そこにいたのはボロボロになったカインだった。特注で作られた鎧に施された付与魔法のおかげかなんとか一命は取り留めたようだ。
「カイン!生きてたの!?」
「やっぱすげえぜ副団長ー!」
「「「わー!!!」」」
さっきまで絶望的だった兵士達からカインに向かい沸き起こる歓声。……だがカインの様子がおかしいことにミカはすぐに気づいた。
「……」
「……カイン?」
カインは兵士やミカの声を無視し、そのまま歩き始める。折れた刀を握りしめながらフラフラの足取りでそのまま勇者リザの元へと向かっていく。
「……俺は……まだ……たたかえる……」
道中うわごとの様に繰り返される言葉。カインの姿を確認したリザは剣を構える。……だがリザにはもうわかっていた。目の焦点が合っていない、この蜥蜴男の意識はもうすでに無い事を。それでも構えを崩さなかったのはカインと結んだ『本気で戦う』という約束を守る彼女なりの誠意だった。
「……お……れハ……ま……ダ……」
折れた刀を振り上げる腕は力なく、その腕を振り下ろす事も叶わないままカインはその場に倒れ伏した。
「あなたの太刀筋……すごく読みづらかったですよカ……カ、カルイさん」
「あ、カインですニャ」
「えっそうでしたかすみません。……ではお疲れ様でした」
倒れたカインとミカに一礼すると、リザは破壊した城壁の大穴から王都へと消えていった……。
ファルジオン王国精鋭騎士団一番隊隊長兼副団長 カイン・シャムシール……戦闘不能




