第六章02 決戦前夜
「……とういうわけだが何か質問は?」
一通り作戦内容を話終わって俺は会議室全体を見渡す。皆誰もが真剣な表情で話を聞いている。当然だ。この国の未来が懸かった戦いがこれから始まるのだから。
「……俺はいいぜ」
最初に声を発したのはカインだった。
「お前の作戦、最高だな!何が最高って精鋭騎士団が一番手でやり合えるってことがだよ!」
「……チッ!やはりそこだけは納得いかんな!」
カインの発言にロゼが立ち上がり食って掛かる。
「ゲイル、魔法戦術団も最前線で戦わせろ!」
「それは駄目だ。魔法部隊を配置する位置にはミカの弓兵隊を配備する予定だ。魔法戦術団のスペースを確保するのは難しい」
「くっ!」
ロゼが悔しそうに俯く。
「納得いかないのですが!私も!」
ロゼの次に立ち上がったのはライラだ。
「この王都を知り尽くしている近衛騎士団こそ最前線で戦うべきではないのですか!?」
「お前達は精鋭騎士団がやられた時の為の保険だ。できれば戦力は温存していて欲しい」
「ハッハッハー!お前らの出番ネーから!」
「「おのれー!」」
「カイン!お前もイチイチ煽るな!」
またもや一触即発になりかけるカインとロゼを俺はユキメと一緒に嗜める。仲が良いんだが悪いんだか本当に……。
作戦はシンプルにこうだ。王都城壁前でカイン達精鋭騎士団が勇者を迎撃。万が一それが破られ内部に侵入された場合、王都内で待機している魔法戦術団がこれを討伐。それすらも突破され城へと入り込まれる際には近衛騎士団が最後に城を死守する。王国の戦力を全て投入する分かりやすい大規模作戦だ。
「……本当にそれでいいんですか?」
新たに口火を切ったのは、それまでずっと静かに作戦内容を聞いていた弟のヴォルトだった。
「俺達三人はどの部隊にも所属せず、魔王様のいる玉座前の渡り廊下で待機となっています……」
「あーそうだな。そんな最後尾じゃ今回手柄は立てられそうにないな。経験の浅いお前には悪ぃが。はっはっはっ」
「……なんで、なんでそんなに冷静でいられるんですか!兄貴が俺達を切り札って言った意味がやっとわかった……兄は皆さんを当て馬に使おうとしているんですよ!」
ヴォルトの叫びが部屋中に響き渡る。……ヴォルトの言う事は間違っていない。この作戦は言わば消耗戦……勇者の力が尽きるのが先か、魔王軍が尽きるのが先か……はっきり言って未知数だ。俺はカイン達をこの先の見えない泥沼の戦場に送り出し、自分達は最も生還の可能性が高い所に居座るというのだ。立案した自分で言うのも何だが、虫のいい話だ。
一瞬静まりかえった会議室でいの一番に声を出したのはカインだった。
「だからどうした?どんな作戦であれ指揮官に従うのが俺達兵士の務めだ。たとえお前が言うような作戦でもだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。だがな、これだけは覚えておけ。一番槍は戦場での誉れ……精鋭騎士団はハナから負けるつもりなんざ欠片もねーよ!精鋭騎士団だけじゃねえ……魔法戦術団や近衛騎士団もだ!なぁ!」
「当たり前だ!犬死に行くつもりなぞ毛頭ない!勝つのは魔王軍であり魔法戦術団なのだ!……だからその一番槍を寄越せバカ!私達の方が確実に倒せる!」
「いいえ!近衛騎士団の方が確実です!一番槍を渡して引っ込んでて下さい!やりますよ、私は!」
「やだねー!死んだって渡すかバーカ!バーカ!」
「「おーのーれー!」」
「まーた始まったよ……」
結局始まった喧嘩に頭を抱えながらチラリと弟の方を見る。……やはりまだ完全には理解していない、と言うような顔をしていた。
「ヴォルト、これからこの国の兵士になるお前ならそのうち分かるようになるさ」
「兄さん……」
「兵士に関して言えば、今の所お前の兄貴の方が経験は多いな。少し前まで書記官しかやってこなかった癖によぉ」
さっきまで喧嘩してたはずなのにカインや他の皆もニヤニヤしながら俺を見てくる。リザとの戦いを積み重ねていくうちに、俺にもこの国の一人の兵士としての責務や覚悟が身に付いてきたようだ。
「うっせー!好きで書記官しかやってこなかった訳じゃないんですぅー!時代が悪いんですー!」
「「「「あーはいはい」」」」
「 …… 」
「あっモズも『それはないない』って言ってるニャ」
「ちゃんと聞こえるように言って!?」
「皆仲が良いわねぇ~」
憎まれ口を憎まれ口で返すと皆顔を合わせ笑い出してしまう。カイン達とは俺が城に勤め始めてからだから、もうそこそこ長い付き合いになる。これは変に湿っぽくならない為のカイン達なりの配慮なんだと自然とわかるようになった。
「よーし!ひと段落したところで……泣いても笑っても次で最後だ!全力でいくぞー!」
「「「「「「「「「「おー!!!!!」」」」」」」」」」
「よーし行くぞー。夜は寒いから二人共暖かい恰好していくんだぞ」
「うん……で、どこ行くの兄ちゃん?」
「いい所だよ」
すっかり夜も更けたファルジオン王都。町人は避難していて町に人はほぼいない。夜になると更に静けさが増している。そんな中、俺達三人はある場所に向かって歩いていた。冬場、夜は更に冷えるので三人共防寒具は念入りに着込んでいる。……が、気になる所が一ヶ所だけあった。
「おいフレイ、昼間もそうだったがミニスカートはどうにかならなかったのか?見てるこっちまで寒くなってくるんだが」
「ふっふっふ……知らないのかい兄ちゃん?美少女にとって……脚は命なんだよ!」
「しらんがな」
フレイアは上はこそちゃんと着込んでいるものの、下は短めのスカートと長めのソックスのみでどうにも見た目寒そうでいけない。
「俺がこの間買ってやったスボンはどうした?あれは暖かいぞー」
「あれダサいから嫌!」
「年頃の女子の服装はわからんな……」
キッパリ言われ少し落ち込む。
暫く進むと城の堀の横手にある普段でもあまり人が通らない路地へ出る。その路地を曲がるとその先に仄かな光が輝いている場所があった。
「着いたぞ」
こここそが……ファルジオン王国飲食店でも穴場中の穴場の屋台、ラゥ麺専門『ちるめら』なのだ!
「……ん?おう。ゲイルさんかい」
「久しぶりだなおっちゃん」
のれんの奥から響いてくるのはこの『ちるめら』店長の野太い声。店主のおっちゃんに挨拶を済ませると俺達は三席しかない椅子に腰かける。
「いつものやつ、三つ頼むわ」
「あいよ」
小慣れたやり取りで注文を済ませると隣に座っていたフレイアが目を輝かせながら俺に話しかけてきた。
「兄ちゃん常連さんなの!?」
「昔グフタフさんに連れてきて貰ってな。それからは徹夜続きとかで腹減るとこっそり来るようになったんだ」
「ゲイルさん達にはよくひいきにさせて貰ってますよ」
「明日には店を閉めると聞いたんでな。……有事とはいえ、すまないなおっちゃん」
「いえいえ、久しぶりの休みが作れたんですから年末は久々に故郷に帰って家族サービスでもやってますさ。年明けには戻ってきますんでその時はまた来てくださいよ」
「……ありがとう」
この店は屋台で移動式のお店なのだが、決まった日に城の近くにあるこの路地で店を始める。その美味しさから王国市民だけでなくファルジオン城の兵士達にも人気が高い。店長はそういう輩と長く接してきているからか、色々察してくれる。それが城勤務としては色々助かっているのだ。それもこの店の人気の理由の一つだ。
そうこうしている内にダシの効いたスープの美味しそうな香りが立ち込めて来る。もうすぐ完成だ。
「はいよ、ラゥ麺三丁!」
俺達の前に並べられた三つのどんぶりには茹で上がった麺に色とりどりの野菜と肉厚たっぷりのトン肉がこれみようがしに敷きつけられている。それを包み込むように黄金色のショー油スープが湯気と共に輝きを放ち続けている。これは空きっ腹には色々堪えるぞ。では早速……。
「「「いただきます!!!」」」
ゆっくりとスープを匙ですくい口へ運ぶ。濃厚なショー油スープの味が口の中に広がっていく。ダシに使われているのはノミナミでその日採れた新鮮な魚介類。寒空の中この暖かいスープを噛み締めながら味わう。
ふと隣の兄妹達を見ると……一心不乱に麺を啜り野菜を肉をかっ喰らっている。……君達もうちょい味わって食べなさいな。
「うんまぁーい!ラゥ麺って初めて食べたけどこんなに美味いんだ!」
「うんうんわかったらもうちょいお淑やかに食べようね。女の子なんだよ君」
フレイアの口の周りに着いたスープや野菜の食べカスを拭いていると突然、ヴォルトが号泣し始めた。
「修行中はずっと精進料理みたいな質素な食事しか取れなかったからさ……美味い……めっちゃ美味いよ兄さん!おかわりしていい!?」
「ああ……どんどんお食べ。今日は俺の奢りだ」
「「わぁい!!」」
二人がおかわりを食べ始めるのを見届けてから俺は麺を啜り始めた。
俺が一丁食べ終わった時には空のどんぶりが目の前に何皿も積み重なっていた。
「「ごちそうさまでした!」」
満足気に腹を撫でる弟達。それだけでもここに来た甲斐はあったというものだ。
「久々にすっげえ食ったぁ……」
「余は満足じゃよー」
「気に入ってもらえたようでなによりだ」
食後に少し一服し、会計を済ませると店主に挨拶して城へと向かい歩き出す。その道中でヴォルトは申し訳なさそうに声をかけてきた。
「兄さんごめん。俺、何も分かってなかったよ」
「気にするな。お前が指摘した事も事実だからな」
「……兄さんは俺達があの勇者に勝てると思う?」
「勝算がなければこんな大規模作戦はやらないさ。なんだ心配かヴォルト?」
「俺は修行して強くなった……気でいた。でも俺にはカインさん達のような兵士としての気概も覚悟もなかった」
「それはこれから培われていくものだ。つまり今後のお前達次第ってことだな。やる気があるなら俺が全力でサポートしてやる。大いに期待しているぞ新人達よ」
「……!ああやってみるよ。やってみせる!戦斧に懸けても!」
「まっかせてよ兄ちゃん!私は母上や『北の魔導士』を超える魔法使いになるんだから!」
色々吹っ切れたヴォルトと中々大きな目標を掲げたフレイア。だが妹よ……その目標は中々大きく出たな。大変だぞ。
「頼もしいなお前達!そんなお前たちに朗報だ。まぁこれ伝える為に三人になる必要があった訳なんだが」
俺は懐から一枚の封筒を取り出した。宛先はファルジオン城。差出人は……ヴォルト達もよく知る人物からだ。
「婆様からの手紙だ。我ら魔族に伝わる奥義の使用許可が出たぞ!」
「「おおー!!」」
顔を見合わせ驚く二人。一昔前に宮廷魔術師長を務め、今は魔族の長老として部族を牽引している婆様の許しが出たという事……二人もその意味がわかっているからだ。
「これは……絶対負けられないな!頑張ろうフレイ!」
「うん!ヴォル兄ゲイル兄……私やるよ!うおー!」
「ああ……勝ってまたラゥ麺食いにいくぞ!」
「「わぁい!!」」
勇者到着まで後一日と迫った朝。俺は魔王様への報告の為に玉座の間へと馳せ参じていた。
「かねてより進めていました王都住民の避難が完了しました」
魔王様の表情は変わらずベールで伺えない。そのまま話を続ける事にした。
「精鋭騎士団、王都正面正門前にて待機。魔法戦術団、王都中央広場にて陣地作成。近衛騎士団、ファルジオン城正門前にて整列。これでいつでも勇者を迎撃できます!」
今回の大規模作戦の説明を済ませると俺は魔王様の言葉を待つ。
「大儀であったゲイルよ」
「お言葉感謝痛み入ります」
「だがな、もうよいのだ」
「……は?」
突然の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「わしももう歳でな。最後はベッドの上でより戦って散りたいと思っておったんじゃ。こんな老いぼれの残りカスで勇者殿が満足するとは思えんが……な。この国はもうわしのような老人ではなく、お前達のような意欲溢れる若い者達にまかせたいのだ」
「何を……仰っているのかわからないのですが」
魔王様の声を聞いている間も自然と体が震えて来るのがわかった。声も。心も。震えて……止まらない。
「あなたは!何もわかっていない!あなたが作り築き上げてきた国は俺達がどうこう出来る程矮小なものではないんです!」
自分でもよくわかっていない。でも叫ばずにはいられなかった。自分たちが今まで行ってきた事、父上達が行ってきた事全てを否定されたような気がしたからだ。
「あなたはこの国になくてはならない方だ!これからもずっと!必ず……必ず俺達が守護り抜いて見せます!」
俺は高らかに宣言すると玉座の間を後にした。
一人残った玉座の間。魔王ファルジオンは一人満足気に笑う。皺の多くなった顔に刻まれる笑顔。
「フフ、アスマよ……見ているか?お前の息子、増々お前に似てきよったぞ。……あの子達が作る……国の為に……わしは何が出来るかな……?」
勇者到着まで残り一日……それぞれが思い思いの時を過ごす。
最後まで己の肉体を鍛え続ける者。
長年使ってきた仕事道具を丁寧に手入れする者。
新調した武器の調整と試し討ちを細部まで行う者。
いつでも動けるよう隊の意思伝達を確認する者。
王国と滅んだ故郷を重ね黄昏る者。
一人でも死なせないよう応急手当の対応に余念がない者。
亡き兄の意志を継ぐ決意をする者。
意志を継ぎ手に入れた武器を我が物とすべく奮闘する者。
美味しい物を沢山食べて早めに就寝する者。
そして、誰にも明かせぬ決意を固める者。
誰の前にも新しい太陽がまた昇る。
ファルジオン王国史上最も長い一日が始まろうとしていた。




