第四章03 共同作戦
「ふぁ~……いい湯だなぁ。兄ちゃんも来れば良かったのに~」
火輪荘の温泉施設の一つ、大浴場の湯船にゆったり浸かりながらフレイアが一人呟く。ゲイルと別れた後フレイアは部屋でくつろいでいたが、ロゼ達に誘われ渋々温泉へ入ることになった……その割に温泉を満喫しているが。
大浴場はフレイア以外にも他のお客達で大変な賑わいを見せていた。カブサナでも五指に入る宿泊施設である火輪荘の面目躍如といった所か。
「流石に風呂で一緒は無理だがな」
フレイアの呟きを聞いたロゼがフレイアの近くに寄ってきた。普段軽装鎧を着こなしているロゼも温泉では何も着けていないありのままの姿だ。
「むっ……中々良い物をお持ちのようで」
エルフ特有のしなやかな肢体、そしてダークエルフの褐色の肌に張りのあるロゼの胸をまじまじと見ながらフレイアが恨めしそうに話す。……なるべく自分の胸を見ないようにしながら。
「エルフはやっぱりすげーなー」
「うっ……そんなジロジロ見るな!」
「えーいいじゃん女同士なんだしー」
「そうどすそうどす」
「ユキメ貴様どさくさに紛れて何言ってるんだ!?」
ロゼは慌てて胸を隠しながら警戒して後ずさる。フレイアの隣にはいつの間にかユキメがいた。雪のように白い肌と華奢な体に不釣り合いな二つの突起を見たフレイアは驚きの声を上げる。
「魔王軍レベル高いな……!」
「うふふ……ではあの方を見て更に驚いて欲しいどすなぁ」
ユキメが指差す方を見たフレイアに……電撃が走る。そこには……二つの山が存在していたからだ。こんなに大きな乳をフレイアはかつて見た事がなかった。
「アンジュさんマジすげえっス!」
「あらあら~?何のお話~?」
アンジュが湯船に浸かりながらゆっくりフレイア達の元へ向かってくる。湯水を押しのけ迫ってくる二つの山にフレイアは思わず息を飲んだ。
「はい!おっぱいの話です!サー!」
「ちょっ!?少しは包み隠せよ!」
「あら、恥ずかしいわ~」
そう言いながらも笑顔を見せるアンジュに、大人の余裕を感じるフレイアだった。
「ちょっとー!あなたがお土産屋寄りたいとか言って連れまわしたせいで遅れてしまったではないですかー!」
「まぁまぁいいじゃないかニャ。ライラっちはせっかちだニャー」
「ライラっちってゆーな!あなたのせいでフレイアまで真似しだしたんですからね!」
ブツクサ文句を言いながら遅れてライラとミカが大浴場に入ってきた。
「私はまだ成長期だけど……ライラっちは逞しく生きて欲しいな」
「まーたなんか失礼な事言ってやがりますね……」
ライラの凹凸のほぼない体を見て何故か慈愛に満ちた顔でサムズアップするフレイア。そしてそんな彼女を思いきり怪訝な顔で見るライラ。これで今回の魔王軍女子会のメンツが全員揃った事になる。
「全くこんな無礼な娘に育てるなんて……兄の顔が見てみたいものですよ!私は!」
「仕事場でいつも見てるしさっきも会ったじゃーん!」
フレイアとライラがしょうもない言い争いをしている隣でロゼは神妙な面持ちで呟いた。
「しかし先程ゲイルが言っていた魔王様の極秘任務……一体どんな任務なんだろうな」
帰り際にゲイルがその場を切り抜ける為に思わず口にした話だったが、あの場にいて魔王直々の任務の事を気にならない者はいなかったようだ。
「温泉へ行くからお土産買ってきて~、とか?」
「ははっ!そんな単純な事ではないだろ~。魔王様直々の命だぞ」
冗談を交えながら盛り上がる女子会……それが正解だとは露知らずに。
「しかし魔王様の命令とはいえゲイルもよくやるな。私達のような戦闘職でもないのに勇者と戦うなんて」
「そうやね~」
話題は極秘任務からそれを受けたゲイルへと移っていった。
「あいつ、いつも疲れた顔して前から心配してたのだ」
「ちょっと年寄りみたいやったもんね~。まだ若いのに枯れてはるんかね?」
「あのー実はね……ゲイル君前に私の胸を見ても何も言ってくれなかったの。だから……もしかして男の人が好きなんじゃないかって」
「「それだ!」」
兄が皆に好き勝手言われる度にフレイアがプルプル震えだす。そして……。
「兄ちゃんはそんなんじゃないよ~!」
あんまりな兄の扱いにフレイアがとうとうキレた。
「ちゃんと女性に興味ありますー!女の人の裸の絵が描いてある本、ベットの下見たらいっぱいあったしー!」
「そ、そっかー……ホントすまん」
「でも今度から見つけてもそっとしておいてあげてな。可哀想やから……」
「あらまあ」
言い過ぎた事と更に別の意味で申し訳なくなりロゼ達はフレイアに謝罪した。……そして何故か嬉しそうなアンジュ。
少し冷静になった後、フレイアは極秘任務で今も動いているであろう兄ゲイルの事を思い出す。
「兄ちゃん大丈夫かな……」
まずい……これはまずいぞ!そもそもリザはお土産コーナーにいたはずでは……?それが何故今ここにいる!?
そして何よりまずいのは……焦って咄嗟に岩の後ろに隠れてしまった俺の行動だ。これでは本当に覗きだと思われてしまう!くそっ!こんなはずでは……!
この露店風呂中央にあるこの大きな岩の陰に隠れながらリザが温泉から出るまでこの場をやり過ごそう……そう考えていると何か聞こえてくる。
「やっぱりあの魔族に頼んでよかったなー」
鼻歌交じりにリザの独り言が聞こえてきた。どうやらこちらには気づいていないようだ。……ならば話は早い。このまま出るまで隠れさせて貰おう。
「色々良い事教えてくれるし、本当は悪い人達じゃないもかもしれないなぁ」
いやいやそれはあんたを倒す為だし……と突っ込みそうになってなんとか踏み止まる。しかしリザも少しずつだがファルジオン王国への認識が変わっているようだ。個人的にそれは嬉しく思ったりする。魔王を名乗るだけあってファルジオン王の外からの評価は中々厳しいものが多い。実際は民の声をよく聞き、民第一の色々な政策を打ち出す王の国民からの評価はとても高い。これは王国に直に来てみないとわからない事なのかもしれない。
温泉に浸かりながらそんな事を考えていると肩にとてつもなく嫌な感触を感じる。この悍ましい感じは……!
「ぎゃあアァぁあァ!!!蜘蛛ォォォォォ!!!!!」
俺が最も忌み嫌い恐れる存在……漆黒の魔蟲、蜘蛛。昔のトラウマから触るどころか見る事すら困難な虫そのものだった。肩に乗った蜘蛛を全力で振り払い、この悪夢のような状況から逃れる為に力一杯のたうち回る。
「あ」
リザと目が合った。一心不乱に動いていた為、今自分がどのような状況かわからなかったがみるみる赤面していくリザを見てすぐ理解した。あ、終わったわ俺……社会的に。
「きゃあああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
温泉に響き渡る悲鳴。だがそれは目の前にいるリザからではなかった。声のする山の方向に目をやると……何か丸いものがこちらへ転がり込んでくる。しかもものすごい速さで。
「どいでくださああああああああああああああああああああい!!!!!!」
その丸い物体は跳ねて高らかに飛んだ後、そのまま温泉に勢いよく飛び込んでいった。水飛沫が収まった後、とりあえず回避に成功した俺とリザが見たものは……目を回して温泉に浮いている一人の女の子だった。
「私の名はナナキ。七星堂の店主ゼブンの娘です」
意識を取り戻した女の子……ナナキが自己紹介する。獣人特有の耳と、目が前髪に隠れがちの見た目からして普通の女の子だ。聞くと歳はうちの妹と同い年だという。着ていた七星堂の割烹着は濡れてしまったので今は風鈴亭備え付けの浴衣を着ている。
今いるのは脱衣所。温泉に突っ込んで気絶した少女ナナキを介抱する為、俺達はここへ運び込んだのだ。とりあえず俺もリザも普段着に着替えてある。
「あの時俺を突き飛ばした子か!」
「その節は本当にすみませんでした!」
今朝の七星堂の一件を思い出すとナナキは何度も頭を下げて謝罪してきた。……あんまり何度も頭を下げるので逆に申し訳なくなってくる。
「もういいよ気にしてないし。それよりなんでお店が急に休みになったか教えて欲しいんだが」
「あ、はい……それはですね……」
ナナキの話では、『七星』のメイン材料であるナナハナの畑が荒らされてしまい、菓子が作れなくなってしまっているという事だった。ナナハナは多くの糖分と魔力を含む植物なのだが糖分を取り出す製法が極めて難しく成功例は七星堂直伝の製法を含めてもなお少ない。おまけにナナハナが育つのは龍脈が豊富な地域に限られ栽培はとても難しい。龍脈の減衰によって現在王国内ではこのカブサナの極一部でしか育たない貴重な植物になっているのが現状だ。
「うちが栽培していたナナハナの畑が荒らされて、材料であるナナハナが満足に採取できなくなってしまいました。……ですので」
「……ですので?」
「父はお店を畳むと言い出したんです」
「「……なんですとー!?」」
俺とリザはほぼ同時にナナキへ詰め寄っていた。すごい剣幕だったのかナナキは驚いて顔を強張らせる。
「ひぃ!す、すみません!私も父を説得したのですが、肝心の材料がないのではと……」
ナナキが本当に申し訳なさそうに何度も頭を下げる。
「それで父に店を畳むのを止めて貰うために私がナナハナを手に入れてくる!と店を出たんです」
「それで俺とぶつかったのか……」
「あの時は本当にほんっとーにすみませんでした!」
「わ、わかったからそれはもういいって!」
ひたすら頭を下げるナナキをなんとか止める。
「さっきナナハナを手に入れるって言ってたけど何かアテはあるのかい?あれは希少植物で魔王軍でも管理してるのは極僅かなんだが」
「はい!店を出て街を彷徨ってる時に私、思い出したんです!小さい頃、森ですごく広大なナナハナ畑を見た事を!」
両手と体を使って花畑の大きさをジェスチャーするナナキ。ピョンピョン飛び跳ねるところがちょっとかわいい。
「あの思い出の景色にあるナナハナ花畑が見つかれば、うちのお店も閉店しなくて済みます!」
「なるほどなー!」
目を輝かせて力説するナナキとそれを見てうんうん頷くリザ。その光景に……ちょっと眩暈がしてくる。
「盛り上がってる所悪いが……ナナハナは年々減少傾向にあって、その思い出の花畑が今でもあるという確証はないんじゃ……」
と言った所でハッと声を紡ぐがもう遅かった。俺の言葉に水を差されたナナキの顔はみるみる曇っていく。あぁそんなつもりはなかったんだが。
「そうですよね……私の記憶違いって事もありますよね……本当にすみません……」
「そんなことないって!」
落ち込むナナキをリザが励ます。こいつの自信はどこから湧いてくるのか。
「でもあれからずっと探してるんですが見つからなくて……誤って温泉に落ちたりしちゃいましたし……やっぱり私の記憶違いなのではと……」
「私達も手伝うよ!ナナキが見た花畑を探そう!」
「私達って俺もかよ!」
一纏めにされ非難の声を上げるがリザはものともしない。ですよねー……言い出したら聞かない事はもう嫌という程思い知らされてたし。
「このままお店が閉店したら七星が食べられなくなっちゃうんだよ!?」
「ウッ……それはそうなんだが……うーん」
リザにしてはまともな正論で痛いところを突かれてしまう。七星が手に入らないと首が飛ぶのは必至。俺だけならいいが家族にまで罪が及ぶのはなんとしても避けたい。……やるしかねぇ。
「あーわかったよ!花畑探しだろうが何だろうがやってやらぁ!」
「わぁい!さっすがー」
「お二人とも……すみませ……いえ、本当にありがとうございます!」
感謝と申し訳なさで何度も頭を下げる七星堂の娘ナナキ。何故か自信満々に不敵な笑みを浮かべる勇者リザ。そして色々崖っぷちの魔王軍書記官ゲイルこと俺。
普通なら接点なんてなさそうな、おかしな三人の共同作戦が始まろうとしていた。




