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WIP 23/? トリスタンとの邂逅

 1番大きく、1番立派な陣幕に来た。

 赤を基調として様々な刺繍のほどこされた陣幕である。出入り口は鎧を着こんだいかめしい兵士によって固められている。その厳戒態勢は陣幕をちょっとした要塞じみて見せていた。


 グレゴワールは気楽な調子で番兵にあいさつをした。

 2、3言葉を交わすと、番兵は陣幕の中へ消える。

 そして、ほどなく戻って来た。


「お入りください」


 出入り口が開かれる。

 まずはグレゴワールが入った。

 マルギットがそのあとに続く。

 シャルロットがこちらを振り返る。


「ネージュとヤイヌはここで待っててくれるかしら?

 オデットは当然入るとして――

 タスさんもいらっしゃい。

 マルギットが入ったということは、侍従の随伴は認められているみたいだし」


 ネージュとヤイヌを残し、陣幕へ入った。


 内部はがらんとした空間だ。

 会議に使うのであろう机や、物資などはある。

 しかし内部にいるのは男性が1人だけだった。


 オデットの伯父のトリスタンに違いないはずだ。

 となるとどれほど若くとも40代、オデットの父の兄ということをかんがみれば50代もありうる。

 しかし見た目は若い。やや童顔にすら見える。

 童顔の男性――トリスタンが、困ったような顔をした。


「やあオデット。

 ずいぶんと急な来訪だね。

 何もなければ久々に会ったことを喜びたいところだけれど――

 少々状況がよろしくない。

 きっと、あまりよくない報せを持ってきたのだろう?」


 表情には憔悴の色が見えた。

 オデットは彼の前で軽く膝を折って礼をする。


「伯父様、お久しぶりです。

 グレゴワールから聞きましたわ。

 なんでも最近、周囲に不審な動きがあるとか」


「そのようだね。

 ……僕はこれでも元帥だ。

 それが、本国にある陣の中で命を狙われるなど――

 まさに異常な事態だよ。

 ……本国はどうなっているんだい?

 最近は情報も満足に仕入れることができなくてね」


「……実は、伯父様の娘という赤子が現れたのです。

 宰相派はその子を担ぎ上げ、わたくしを玉座から追い落とそうと……

 わたくしは、その赤子が本当に伯父様の子なのか、確認に参りました」


「……なるほど。

 だから最近になって急に命が狙われるようになったのか。

 おかしいと思ったんだ。

 どうにも敵国の暗殺部隊とは思えない敵が多い。

 鎧は偽装しているようだが、山賊や傭兵とも思えない相手ばかりだしね。

 それに、ここは警備が万全だ。

 だというのに、まるで目こぼしされているように暗殺者が入ってくる……

 やり口に権力闘争の陰を感じたよ。

 僕はもう宮廷の権力闘争とはほとんどかかわりがないのにね。

 グレゴワールがいなければ、僕はとっくに死んでいただろう

 ……ひどい話さ。そういうのが嫌で戦場に腰をおろしたっていうのにね」


「心中、お察しいたします」


「ああ、かしこまらないでくれ。

 僕も楽な立場ではないが――

 オデットだって大変だろう。

 ……玉座というのはただ座るだけで途方もない力がいる。

 弟も君も、よくやっていると思うよ。

 それで――僕の子供の件だけれど」


「はい」


「僕に子供はいないはずだ。

 仮にいたとして、その子を玉座に就ける意思はない。

 権力闘争が嫌でここにいるんだ。

 なぜ自ら災いの種をまかなければならないのか。

 ……まあ、僕もこの歳だ。

 心当たりがまったくないわけではないけれど――

 オデットと玉座を争うということは、それなりの家柄の女性の子でもあるんだろう?

 だったらやっぱり、僕の子ではないはずだが」


 望んでいた答えをもらい、安堵した空気が流れる。

 オデットたちはここでトリスタンが〝その子は僕の実の子だ。王座をよこせ〟と答えることは想定すらしていなかった。そうなっていたらまた目的の練り直しになるところだったのである。

 オデットがホッと息をつく。


「そうでしたか。

 ……あの、実は、そのことでもう1点報告がありまして。

 伯父様のお母様は、その――

 ……おじいさまのいとこである女性だとかいう話が」


「……なるほど。

 その話は本当だよ。

 父――オデットにとっての祖父から、昔聞かされた。

 会いに行ったこともある。こっそりとね。

 ……だいたい話が見えてきたね。

 つまり僕の子をみごもったという女性は、僕の母の縁者ということだろう?」


「伯父様の姪だと主張しておりますわ」


「ああ、よかった。

 これで盤石だ。

 その人が僕のあいだと子を成すことは、絶対にありえない。

 君の祖父は血の近い者とのあいだに僕を成したことを、ずいぶん謝罪していたよ。

 ……僕はね、償えない過ちを負いたくはないんだ。

 自分の子供に僕と同じ出生を背負わせるなんてありえない。

 わずかの可能性もなく、オデットと玉座を争う子は、僕の子ではないと断言しよう」


「……なるほど。

 では、その情報を王都に持ち帰り、宰相派を黙らせて参りますわ」


「待ってくれ。

 おそらく僕に暗殺者を仕向けたのも宰相派だろう。

 オデットも危険な目に遭っているんじゃないか?

 ここまでやっておいて、宰相がすんなり引き下がるとは思えない。

 連中は勝負に出ている。

 だから、君1人で王都へ戻るのはあまりにも危険だ。

 ……僕も行こう。

 何があるかわからないからね」


「いえ、それには及びませんわ。

 たしかに、命を狙われたこともございますが……

 グレゴワールに曰く、伯父様は戦場に欠かせないとのこと。

 宮廷の問題はわたくしどもが片付けます。

 ですので、伯父様はどうか戦場から離れないよう……」


「しかしだね……

 君の身が心配なんだよ。

 僕と僕の兵がついて行けば、道中でなにがあっても対応ができる。

 それとも君は、強い軍団を率いているのかい?

 ……グレゴワール。

 ここまでオデットを案内したあなたであれば、その兵も見ただろう?

 正直に答えてくれ。

 オデットを託すにふさわしい猛者を、彼女は従えていたかい?」


 視線が鋭くなる。

 それを受けて、グレゴワールは笑った。


「いやあ、そう問われれば嘘はつけませんなあ。

 ぶっちゃけ話にならんかと。

 みな、そこそこ強いお嬢ちゃんたちという感じではありますが……

 話が娘を筆頭に、実戦経験が足らんという雰囲気ですな。

 ぼんやりした、のどかで平和な娘さんたちです。

 戦場に出れば一瞬で死にそうですなあ。

 ああ、ただ――」


「気になることがあるのかい?」


「1人、雰囲気が異様な者がおりますなあ。

 ほれそこに」


 グレゴワールの視線がタスさんをとらえる。

 タスさんは無表情に受け止め――

 おもむろに、スカートの下から弩を抜いた。


 シャルロットがおどろく。


「ちょっとタスさん!?」


 グレゴワールが笑った。


「はっはあー。

 こいつは粋のいいお嬢さんだ」


 矢が放たれる。

 真っ直ぐにグレゴワールのいる方向へ矢は飛んで行き――

 彼のすぐ横を通って、陣幕に穴を空けた。


 外からくぐもった男の声。

 次いで、陣幕の周囲で様々な音がする。


 まずは悲鳴にも似た声。おそらく矢が命中した男に駆け寄る足音。

 次いで金属がこすれるような、わずかな音。

 それから、おどろきの声。

 鉄と鉄がぶつかり合う音がして――


 ザスザスザス! と四方八方から陣幕に武器が突き立てられた。


 剣や槍は陣幕を切り取り、外と中の隔たりをなくす。

 そして、複数人の男たちがなだれこんできた。

 どう見ても穏やかな雰囲気ではない。

 殺意と焦りのある目で、男たちはトリスタンをにらんでいた。

 グレゴワールが笑う。


「おやあ、こいつはおかしい。

 陣幕から矢が飛んで来たんだ。

 トリスタン様の身を案じて飛びこむぐらいはあるだろう。

 だが――殺意がトリスタン様に向いているのはどういうわけかな?」


 陣幕を取り囲む男たちのうち、もっとも背の低い1人が応じた。


「くそっ……!

 突撃のまさにその瞬間に矢を放っておいて白々しい!

 なぜ我らがトリスタンの命を狙っているとわかった!?」


「はっはっは。で、なんでだ?」


 グレゴワールが楽しげにタスさんを見る。

 タスさんはシャルロットに耳打ちした。


「……」


「……ああ、また『チャート』なのね。

 それにしても、陣幕の中からよく外の相手に矢を当てたわね……

 1つ間違えたら無関係な兵に当たって大混乱よ。

 ……え? 『先行で乱数調整をしておいた』?

 また不思議なことを……」


 乱数調整というのは、TASに必要不可欠な技能だが……

 これはなにも、行動を起こす直前にしなければならないものではない。


 乱数調整によって得られる結果には、ある程度のパターンがある。

 わずかの調整で完全に結果ががらりと変わるわけではなく、ある程度の区域があって、その区域の中にいるうちにはなにをしたって結果は変わらないのだ。

 この区域のことを〝乱数テーブル〟と呼ぶ。


 一般的に、TASというものは、めまぐるしく乱数テーブルをとっかえひっかえしてその都度望む結果を得るためにカサカサするものと思われがちだ。

 しかし、乱数調整だって立派なタイムロスなのである。

 レベルアップなどと同様、少なくてすむならばそれにこしたことはない。

 なので暇な時に調整しておいて、また調整が必要になるまでは無駄な動きをしないというのも、TASにとっては重要なことなのだった。


 グレゴワールが剣を抜く。


「まったくまったく!

 愉快なお友達を連れているなあ、シャルロット!

 襲撃が来るところまでは読めていたが、正確な位置までは俺もさすがにわからなかったぞ!」


「読めていたんですか!?」


「そりゃそうだろ。

 オデット陛下の姿はなるべく隠したが、隠しきれるわけもない。

 で、どうにも宰相派はオデット陛下とトリスタン様を接触させたくないんだろう?

 だったらここらで思い切った行動に出るのは予想できる」


「……お父様も意外とものを考えていらっしゃるんですね」


「はっはあ! そうだろう!

 だが父を褒めるのはもう少し待ってもらおうか。

 ――我が騎士団よ!

 事前に話した通りだ。不届き者を捕らえよ!」


 合図と同時に、複数人の兵士たちが動く。

 宰相派の兵たちは、陣幕にいるトリスタンを包囲するように出現したが――

 それをさらに包囲するように、グレゴワールの兵たちが布陣した。


 宰相派の兵たちは狼狽した。

 しかし、前に進むしか道はないと察しているのだろう。

 背後を取り囲まれながらも、トリスタンに向けて走ってくる。


 だが――無駄な試みだ。

 タスさんの弩が放たれ、近付く兵を狙撃する。

 グレゴワールが剣を振るえば、接近して来る者がはじき飛ばされる。


 質において、敵はグレゴワールとタスさんを上回ってはいない。

 さらに背後を包囲されているとあっては――

 決着は時間の問題だった。

 そしてタスさんがいる以上、時間の問題というのはつまり〝一瞬〟という意味なのであった。

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