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WIP 17/? 山脈地帯

 領土を抜けて北上していくと、切り立った岩山が脈々と続く地形が見えてきた。

 北部にあるという山脈地帯だ。先が見通せないほどに山々が連なるこの場所ならば、たしかに宰相派の目を誤魔化すことが可能だろう。


 シャルロットたちは平坦な道を選んで馬を歩かせる。

 横に並ぶことができない細い道を抜けて行く。

 ……すると苦労のかいあって、少し広い場所に出ることができた。頭上には岩が屋根のように張り出している。キャンプ地とするにはうってつけだろう。


 時刻はとうに夜になろうとしている。

 ……ランプはあるが、夜の山で動き回るのは自殺行為だろう。

 シャルロットが提案する。


「今日はここで休みましょうか。

 次はどこに休めるような場所があるかわからないし……」


 反対を述べる者はいない。

 満場一致で休息所の設営が進められることとなった。

 シャルロットがタスさんへたずねる。


「野営はしたことあるかしら?

 屋根がない場合はテントを張ったりするのだけれど……

 上の岩が屋根代わりになりそうね。

 雨や雪が降っていたらその限りでもないけれど、今は大丈夫でしょう。

 標高が高くなれば油断はできないけれどね。

 それから、大事なのは火を絶やさないこと。

 火は獣を遠ざけてくれるわ。

 燃えているだけで安心もできるわよね。

 なんというか、文明を感じる?

 大事なことよ。

 野営が長引いた時なんかはそういう些細なことが心の支えになったりするわ。

 まあ、周囲に植物がある場合は延焼に気をつけないといけないのだけど……

 あと水場が近ければ言うことはないのだけれど……

 さすがにそこまでは無理そうね。

 今回はまだ物資が潤沢にあるから無理して探すこともないし。

 でも、旅が長くなってきたら、屋根や広さより水場が優先されるわ。

 数日食べないのはどうにかなるけれど、飲まないのは無理だもの」


 苦々しい顔だった。昔なにかあったのだろう。

 ネージュが石と木ぎれを並べて火をおこす準備をしつつたずねる。


「シャルロット……

 貴族のお嬢ちゃんのわりに詳しいな?」


「昔、王都の学校で実習があったのよ。

 たくさんの貴族の子女が集められて教育を受けるの。

 主に騎士になるための知識、実技――

 あとは神官になるために神聖言語を学んだりするわね。

 知ってるかしら?

 神官って、神聖言語をしゃべれないとつとまらないのよ。

 卒業までそんなようなことをやって……

 自分に適正があると思う道に進むことになるわ。

 私は父の教育もあって騎士の素養があったらしいのだけれど……

 ……色々あってね。

 領地に帰って生涯を終えるつもりでいたわ」


 苦笑する。

 オデットが微笑んだ。


「シャルロットはね、騎士より神官より、事務官の才能がありましたのよ。

 目立たないけれど必要な才能ですわ。

 騎乗して戦っても強いのですけれど……

 そちらは持って生まれた才能というより、英才教育のたまものですわね」


 シャルロットがあいまいな表情になった。


「父は騎士ですからね。

 昔から武芸や戦術は教え込まれたわ。

 ……しかし陛下、お言葉ですが――

 事務官の才能の方も、英才教育のたまものです。

 なにせ父がそちら方面はまったくダメな人でしたので。

 幼いころから帳簿の管理や陳情の整理はしていたんですよ。

 ある意味で英才教育とも言えます」


「まあ、そうでしたの。

 たしかにシャルロットのお父様は豪快で細かいことが苦手な方ですわね。

 今だから言いますけれど……

 実は、シャルロットをわたくしの秘書官として雇うつもりがありましたのよ。

 ただシャルロットのお父様に泣きつかれましてね。

 あいつがいないとうちの領地がつぶれてしまう――って。

 娘を手放したくない親心もあったのでしょうが……

 半分以上は事実だったのだと思いますわよ」


「……陛下の秘書官ですか。

 学校を卒業した時は12歳とかでしたから……すごい抜擢ですね。

 普通の貴族であれば、子供が陛下直属になるなら止めないでしょうが。

 ……変わり者の父で申し訳ありません」


「いいんですのよ。

 わたくしの秘書官だと、権力の闘争に無関係ではいられませんわ。

 シャルロットを宮廷闘争に巻きこみたくない気持ちもありましたし。

 ……同じぐらい、そばにいてほしい気持ちもあったのですけれどね。

 実際にそうなっていたらきっと――

 ……シャルロットのことも信用できなくなっていたかもしれませんわね」


「……怖いところですね、宮廷というのは」


「まったくですわ。

 しかし、伯父様に会って――

 もしもあの赤ん坊が実の娘ではないとわかったのなら。

 きっと宰相派の息の根を止めるほどの一撃になるでしょう。

 そうすれば闘争もなくなりますわ」


「……もし、実子であると言われたら?」


「その子に王位をゆずりましょう。

 隠居でもしますわ」


「ご冗談を」


「冗談というほどでもありませんわよ。

 王家の権力闘争は、そもそも民にとってはどうでもいいこと。

 よりよい治世が実現されるのであれば、身を引くことにためらいはありませんのよ。

 ……まあ、問題は。

 宰相派の手にあってはその〝よりよい治世〟が実施されそうもないことなのですけれど」


「ともあれ、早く東方の戦地へ行かないといけませんね」


「そうですわね。

 国の端から端まで一瞬で移動できればいいのでしょうけれど」


「さすがにそんな移動手段はありませんね。

 馬に翼でも生えていたらいいのですが」


「それは素敵ですわね」


 シャルロットとオデットが笑いあう。

 着々と野営の準備が進められていった。


 石を積んで円形の場所を確保し、中に木ぎれを入れただけの簡素なかまど。

 そこでは火が焚かれ周囲をだいだい色に照らしている。


 かまどのそばには木を地面に突き刺しただけの簡素な台があった。

 普段はネージュの胸元を守っている鍋が台からぶらさげられ、火にくべられていた。


 シャルロットたちは設営を終えて、今は火を囲んで座っている。

 ネージュが鍋の中身をかき混ぜながらうなずいた。


「こんぐらいでいいな。

 できたぞ。

 豆粥だ」


 豆粥とは、その名の通り豆の粥である。

 水と豆があればできる。塩があるなら美味しくできる。上等な食事とは言いがたいが、豆は水でふくらむので腹持ちがよく食べ応えがあった。


 ネージュが全員にパンを配る。


「おいタス……さん。

 今渡したパンだけどよ。

 絶対にそのまま食うなよ。

 歯が折れるぞ。

 こいつは保存するために固く焼いたパンなんだ。

 粥にひたして柔らかくしながら食うんだぞ。

 あとは、よく噛むんだ。

 そうすると少ない量でも満足できる。

 って、まあ、お前なら量は心配ねーか。

 体ちっこいもんな」


 ネージュが笑った。

 シャルロットが微笑む。


「ネージュだってまだ小さいわよ」


「あたしは人の5倍力があるから、5倍食うんだ。

 ……いや、まあ、5倍食うは言い過ぎた。

 3倍ぐらいかな。

 えっと……まあ、その、傭兵たちの3倍はちょっと多すぎるかな……

 ……同じぐらいの歳のやつの3倍ぐらいだ!

 とにかくこんなちっこいガキと一緒にすんな!

 あたしはもう子供じゃねーんだよ!」


「そういうこと言ううちは子供なのだけれど……

 まあ、あなたがどう扱ってほしいかはわかったわ」


「ぐぬぬ……

 貴族のお嬢ちゃんのくせに大人ぶりやがって」


「年齢的にはあなたより大人だから仕方ないわ。

 ……あと、別にね、侮辱してるわけじゃないのよ?

 あなたは私の騎士団長だもの。

 敬意を払っているわ。

 どういう風に接するのが1番あなたの尊厳を尊重できるのか――

 今はそれを探っているだけ。

 だって、まだ会って間もないからね」


「……そういやそうだな。

 まったく、妙なことになっちまったぜ。

 で、飯が終わったらさっさと寝るぞ。

 獣なり山賊なり出るだろうから――

 交代で見張りをした方がよさそうだな」


「そうねえ。

 ――あら?

 どうしたのタスさん?」


 シャルロットの視線が動く。

 タスさんは彼女に耳打ちした。


「……」


「『敵は出ない』って?

 それもまた占いなのかしら?

 たしか〝チャート〟とかいう占い方法なのよね。

 ……的中率はすさまじいものがあるけれど。

 状況的に獣も山賊も出ない方が不自然ではあるのよねえ。

 ……あら、どうしたの?

 違うの?

 はい? 『もう倒したから出ない』って?

 ……倒した?」


 シャルロットが首をかしげる。

 タスさんはある一点を指差した。


 そこには矢が突き刺さった狼が倒れている。

 数は3頭だ。……群れだとしたらあまりに少ないが、他の狼は仲間がやられたのを見て逃げたのだとすれば説明もつくだろう。

 シャルロットがぽかんと狼たちの死体を見ていた。


「……いつ襲われたのかすらわからなかったわ。

 え? 『これから襲われるはずだった』?

 どういう意味?」


 フラグ管理の問題だ。

 イベントには時系列というものが存在する。

 たとえば高い場所から落ちる場合、〝高い場所にいる〟〝落ちる〟という順番で物事が進んで行くのが自然の摂理だ。

 しかしゲームで物事を自然の摂理通りに進ませようと思った場合、製作者側が〝フラグ管理〟をする必要がある。


 つまり〝落ちる〟という行動を普段はシステム的に禁止にしておき、〝高い場所に行く〟という行為をしたあとでようやく禁止が解かれる――といった具合に決まり事を作っておく作業が必要になるのだ。


 しかしゲームによってはこのフラグ管理が甘い場合もありうる。

 フラグがどう管理されているかを隅々まで知っていれば、現実ではありえないが〝高い場所にのぼらない。だが落ちる〟という不思議なことすら可能になるのだ。


 今回のケースは〝寝床の設営が終わったあと襲われる〟というようにフラグ管理をしておくべきシーンだった。

 しかし設営中に〝寝床の設営が終わったあとに襲ってくる狼〟を倒せるようになってしまっている。


 TASがそこをつかないわけがない。

 なにせイベント開始と同時にイベントを終了させられるのだからかかる時間が短くて済むのだ。

 TASにとって時間は命よりも時系列よりも重いものなのである。なんなら場合によっては時間のために時空すら歪ませることもありうる(誇張や比喩ではない)。


 シャルロットが納得いかないような顔をする。


「……なんだかよくわからないけれど……

 とにかくもう危険はないのね?

 占いによって出た結果と思っていいのかしら?

 いいのね。

 ……なんだかすごく面倒そうな顔をしたわね。

 はいはい占いです。占いですよー、みたいな投げやりさを感じたわ。

 まあいいけど。

 危険がないならゆっくり眠りましょう。

 ありがとうねタスさん。

 陛下を見張りに立たせるわけにもいかないし……

 3人で交代して見張りとなると、疲れてしまうからね。

 無駄な体力の消費を避けられるならそれはいいことだわ。

 なにせ旅は長いのだから。

 ……今日は眠りましょう。

 明日からまた山道を歩くことになるわ」

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