086 壁
困惑の中、ただ一人、ディズが動き出した――。
「おい、ディズ?」
「大丈夫だよ」
ディズは何気ない足取りで壁に向かって歩いて行く。
そして、胸元からロザリオを取り出した。
墓守りにハッタリをかましたときに見せつけたロザリオだ。
聖女としての身分を示すものだとばかり思い込んでいたが――。
ディズはロザリオを首から外し、片手で持つ。
壁に向かってゆっくりと歩み寄り――ロザリオを壁に押しつける。
すると――。
ロザリオが押しつけられた場所から波紋が広がり、壁を揺らしていく。
しばらくして揺れが収まると、人が通れそうな穴がぽっかりと開いていた。
「うん、やっぱり」
クルリと振り向いたディズの顔には確信が浮かんでいた。
「ディズさん、あなたは……」
「お前、聖女だったのか?」
サンディとヴォルクが同時に詰め寄る。
「……はあ、やっぱり、神様の手のひらからは逃れられないんだ」
ディズからはなにか諦観めいた思いを感じる。
「説明してもらえるか?」
「時間が惜しいから、手短に話すね」
みんなの視線がディズに集中する。
「察しているかもしれないけど、私は聖女。正確には、元聖女だけどね。クビになったから」
あらためて、ディズはロザリオを皆に見せつける。
「聖女の役割は知ってる?」
「癒やしを与え、世に平穏をもたらす――ですか?」
「サンディちゃん、よく知ってるね。経典にはそう書かれているし、それも聖女の大切な役割よ。でもね――それは表向き」
「どういうことだ?」
「聖女の役割はアイツ――」
ディズは前方を指差す。
そこにいるのは――魔眼のバロル。
枝葉の隙間から、不吉な目が覗いている。
動きはしないが、じっとこちらを見つめている。
「――アイツみたいな古き神々を封じること。それが、聖女の真の役目」
「つーことは……」
「古き神々は聖女でないと封印できないんだ」
皆、気楽に考えていた。
どんな強いモンスターだろうと、それ以上の力で倒せばいい。
それだけだ。
それが冒険者の考え方で、生き方だ。
だが、状況は俺らの想像をはるかに超えていた。
「みんなにはアイツを弱らせて欲しい。トドメは私が刺すから。その方法も知っているし、私にしかできないことだからねっ」
笑顔を浮かべるディズだったが、どこか寂しそうだ。
毎日、一緒にいた俺には、それがわかった。
「なあ、どうしてクビになったんだ?」
ヴォルクが問う。
ディズの力量を不安に思っているのかもしれない。
「聖教会も一枚岩じゃないんだ。古き神々は教会内でも秘された存在なんだ。聖女とトップしか知らない秘密。だから、そんなのおとぎ話だっていう人たちが今は主流派なんだ」
ディズの話にみな、聞き入っている。
「私は神聖魔法がまったく使えないんだよね。だから、癒やしを与えることも、世に平穏をもたらすこともできない。それで、クビになっちゃったんだ」
以前俺に言ったときと同様、あっけらかんと言い放つ。
「でも、安心して。腕前には自信があるから」
ディズは笑顔で力こぶを作ってみせる。
「なあ、ディズ――」
そんなディズにヴォルクが真剣な声をかけた――。
次回――『森の中心部』




