081 サラクン13:救援
ヒダントの言葉に従うのは癪だったが、立ち尽くしていてもしょうがない。
フェニルは椅子に腰を下ろした。
とてもではないが、隣に座る魔技師のように紅茶を楽しむ余裕など彼にはなかった。
冷めたカップを掴むと、一気に流し込んだ。
紅茶の味などわからない。
ただ、自分の喉が乾ききっていたことだけがわかった。
カップをテーブルに戻すと、彼は膝を小刻みに揺すり始めた。
フェニルが団長の座を得たのは、武勲によってではなく、政治力によってだ。
領主である伯爵にすり寄り、魔道具導入によるコスト削減を提示し、今のポジションを得たのだ。
一軍の将が備えるべき武力も、胆力も、判断力も、すべて欠けていた。
ろくな指揮もとれない彼は、天幕で怯えてることしかできなかった。
――そこに伝令が報告にやって来た。
「団長、伝令ですっ!」
「なんだ?」
また減った数字を聞かされるのか。
そう思うと胃が痛んだが、もたらされたのは朗報だった。
「団長。メルキからの増援が到着しました」
「入ってもらえ」
「はっ」
フェニルは立ち上がって、待ち人を迎える。
藁にも縋りたい思いだった彼は、頬をほころばす。
伝令兵に従って入ってきたのは二人の騎士。
派遣隊のリーダーであるペルスと副官の男だ。
歩く度に揺れる白銀色の髪。
ミスリルメイルに身を包んでいても、抜群のスタイルであることは明らか。
整った顔立ちには正義感があふれ、生真面目さが伝わってくる。
部下だったら手籠めにしてるところだな――窮状にも関わらず、フェニルは下卑た考えを浮かべていた。
「我が主、ディン伯爵の命を受け参上した、ディン騎士団ペルス・ネージュだ。急場により、失礼はご容赦願いたい」
「こちらは礼を言う立場だ。気になされないで欲しい」
二人が握手を交わすと、ヒダントも立ち上がる。
ペルスに歩み寄り、右手を差し出す。
フェニルに対するときとは、まったく別の振る舞いだ。
「いやあ、綺麗なお嬢さんだ。お近づきになりたいなあ。あっ、僕はルチオ・ヒダント。魔技師をやってるんだ。よろしくね」
口調まで馴れ馴れしくなっている。
ペルスは差し出された手を少し見つめた後、表情も変えず無言で握り返す。
「しっかりした手だなあ。さすがは騎士だ。僕は女の子の手は柔らかい方がいいと思っていたけど、考えを改めないとね。いや、素晴らしい手だ」
ヒダントは左手も出し、じっとり汗ばんだ両手でペルスの右手を撫で回す。
それでも、ペルスの眉はピクリとも動かない。
「ペルスちゃん。その顔もいいけど、笑顔はもっと素敵だと思うな。ねえ、笑ってよ。ニコッてさあ。ほらほら」
「ヒダント、いい加減にしろ」
「はあい。怒られちゃったね」
フェニルの叱責にヒダントはおどけた態度でペルスから手を離した。
ふざけた男だ――ペルスは内心で軽蔑する。
男の汗で湿った右手が不快だった。
今すぐにも洗い流したい思いを、ペルスは鋼の心で押さえつけた。
「あっ、そうだ。メルキで魔技師が必要だったらいつでも呼んでね。そのときは、このムサいオッサンなんか捨てて、キミのとこに飛んでくからね。よろしく〜」
言いたいだけ言ってから、ヒダントは椅子に戻った。
ヒダントの言葉は叛意ありととらえられてもしかたがない発言だ。
それを理由に斬り捨てられたらどれだけ良かったか。
だが、二人は一蓮托生。
フェニルは怒りに耐えることしかできなかった。
「報告を続けてもよろしいか?」
「ああ、すまないな」
余計なことしやがって――フェニルは心の中でヒダントに毒づいた。
「今回の派兵は精鋭騎士17名、それにAランクパーティーを含む冒険者7名だ」
たった、それだけか――喉元まで出かかった言葉をフェニルはなんとか飲み込む。
もっと大人数を期待していたのだ。
だが、所詮は他領のこと。
メルキ側が義理を果たす最小限の人数しか派遣しなかったことに、フェニルは肩を落とす。
派遣された者たちの実力を知らないフェニルにとっては、そう解釈する他なかった。
フェニルの内心を知ってか知らないでか、ペルスは続ける。
「冒険者は既に森に入っている。我々騎士は街道の戦いに加わるべきだと思っているのだが?」
「ああ、そうしてくれ」
「我々はどこにつけばいい? 戦局を教えてもらいたい」
「戦局……」
フェニルは言い淀む。
指揮は参謀に任せきり、戦局など把握していなかった。
「……そちらの判断に任せる」
フェニルはうつむきがちにつぶやいた。
視線を下げていたせいで、ペルスの視線が冷たくなったことには気づけなかった。
「では、失礼する」
ペルスは踵を返し、副官とともに退出していった。
次回――『サラクン14:二人の指揮官』




