080 サラクン12:騎士団長エドマン・フェニル
――ロイルたちがウルドの森に突入する少し前。
街道沿いでは黒い変異種のオーガと騎士たちが入り乱れて戦っていた。
オーガ百体に対して、騎士はその五倍、五百人だ。
昨日、北方師団長からオーガと交戦に入ったとの報告を受け、騎士団長エドマン・フェニルは即座に出撃命令を下した。
その数二千。サラクンに召集されていた騎士たちのほとんどが駆り出されることになった。
現場に到着したのは三時間後。
先遣隊の北方師団三百騎のうち、生き残っていたのは数十騎。
全滅寸前、間に合ったのはギリギリだった。
騎士団も兵数を増したが、オーガは次々と森から現れる。
騎士団はオーガを相手に一昼夜、血みどろの消耗戦を繰り広げた。
その結果がこの数字。
騎士側はこれ以上の増援を望めないのに対し、森から出て来るオーガは尽きない。
勝敗がどちらに傾くか、まだまだ予断を許さない状況だった。
前線の後方、安全な高台に建てられた天幕――急ごしらえの司令本部の中、騎士団長フェニルは落ち着かない様子でぐるぐると歩いていた。
「すこしは落ち着いたらどうです?」
声をかけたのは魔技師団の主席魔導技師であり、ヒダント砲の開発者でもあるルチオ・ヒダント。
浮き足立っているフェニルとは対照的に、落ち着き払った彼は椅子に深く腰かけ、紅茶の香りを楽しんでいる。
「なんだとッ!」
「いまさら、あなたがジタバタしたところで、なにか変わるんですか?」
ヒダントはバカにした物言いをする。
彼は腹を立てていた。
研究室から連れ出され、こんな場所で一夜を過ごすハメになったことに。
嫌味のひとつも言いたくなるものだ。
「非論理的ですよ。行動はなにかを変えるために起こすのです。うろちょろ歩いたり、私に怒りをぶつけたりしても、なにも変わりませんよ。腰を下ろして、一緒に紅茶を楽しみませんか?」
昨日、ここに到着してから、ヒダントはずっとこの調子だ。
金属と金属がぶつかる高い音。
オーガのうなり声。
騎士の叫び。
それを聞いても眉ひとつ動かさない。
ヒダント砲が爆音を上げるたびに、静かな笑みを浮かべるだけだった。
まるで自分の研究室にいるかのような平穏を見せつけている。
その態度がまた、フェニルには鼻についた。
なんで、コイツは平気なんだ。
死ぬかもしれないんだぞ?
ヒダントの振る舞いを見ていると、自分の臆病さを指摘されているようで、怒りが湧いてくる。
だが、今のフェニルにとっては怒りよりも、恐れの方が強かった。
報告の度に減っていく残存兵の数字にフェニルは怯え、焦っていた。
そして、後悔も――。
――コイツの口車に乗って騎士を減らすんじゃなかった。
団長就任と同時に始まった騎士団のリストラ。
魔道具によって戦力を強化し、騎士を減らす。
これまではそれで上手くいっていた。
浮いた運営金も一部はポケットに入ったし、残りを返還したことで、領主からの覚えもめでたかった。
だが、騎士を減らしたことがこの窮状を招いている。
リストラ前だったら、もう千人は投入できた。
それだけいれば、ここまでの苦戦はなかっただろう。
それに――。
「魔導兵器も言ってるほどの効果はないじゃないか」
恨みがましい視線を向けられても、ヒダントの表情は変わらない。
「ヒダント砲も魔銃も想定通り、いや、それ以上の働きをしてますよ。問題なのは、魔導兵器ではなく、想定以上の現象が起きたことですよ」
ヒダントは笑みを浮かべたまま、目を細める。
「人のせいにしないで下さい。これは、この状況を想定していなかったあなたの責任です」
「なっ……」
「これほどの状況に対応するための資金も人員も預かってませんからね。魔導技師の仕事は、依頼された物を作る、ただそれのみです」
フェニルは絶句するが、ヒダントはそれだけ言うと興味をなくしたかのようにフェニルから視線を離し、ティーカップを傾けた。
口論で勝ち目のないフェニルは黙り込むしかなかった。
次回――『サラクン13:救援』




