070 サラクン9:変異種オーガ(下)
「オーガ……。変異種か!」
ゲララの言葉が終わらないうち、オーガは騎士たちの前に立ちはだかる。
騎士たちは剣先をオーガに向けるが、まだ動揺から立ち直っていない。
オーガが無造作に剣を払うと、それだけで三人が両断された。
「なっ……」
「中隊長、指揮を」
「…………っ」
「チッ。総員、距離をとって包囲しろ。防御優先だ」
目を見開いてかたまっているゲララに代わって、副官が指示を飛ばす。
騎士たちもそれで我を取り戻した。
正面にいた騎士は後退し、左右両翼の騎士は散らばって取り囲む。
「ヒダント砲が撃てるまで時間を稼げっ!」
命令があれば、騎士は動ける。
考えるより先に身体が動く。
副官の言葉で崩壊寸前だった騎士たちは持ち直した。
オーガはあまり知性が高くない。
目の前の敵を倒すことしか考えていない。
いくら強大な相手とはいえ、知性と数で優っていればやりようはある。
それが騎士の戦い方だ。
オーガは正面に向かって大剣を振るう。
狙われた騎士たちは立ち向かおうとせず、全力で後退する。
空振って体勢を崩したオーガに向かって――。
「今だッ!!!」
副官の声とともに、右から、左から、後ろから。
無数の銀閃が襲いかかる。
オーガのどす黒い血が幾条も飛び散った――。
肌を切り裂いた程度。
たいしたダメージではない。
だが、これでいい。
焦る必要はない。
相手が弱るまで、削り続ければいい。
手応えを感じた騎士の間に余裕が生まれる。
「よしっ、その調子だッ!」
副官の指揮のもと、騎士たちは一丸となった。
ただ一人を除いて……。
「中隊長、指揮をッ!」
「あぅ……あぅ……」
実戦経験豊富で、部下からの信望も厚い副官とは異なり、ゲララは実戦を離れて久しい。
いつも空調の効いた部屋から偉そうに命令を下していただけだ。
ゲララの顔は恐怖に歪んでいた。
使い物にならないと副官は判断した。
自分が指揮するしかないと。
「焦るなッ! 時間を稼ぐんだッ!」
騎士たちは上手く立ち回り、小さな傷を積み重ねていく。
ここまでは順調だ。
だが、順調なときこそ、慎重にならなければならない。
副官はそのことをよく知っていた。
「ヒダント砲、発射可能ですッ!」
「よしっ、空けろッ!」
副官の言葉に、騎士たちが左右に別れ、射線を確保する。
「撃てッ!」
合図とともに、ヒダント砲が火を吹く――。
近距離からの発射は、一射目よりも強力。
巨大な魔力弾はオーガの胴を穿つ。
土手っ腹に大穴を空けたオーガは断末魔の叫びを残して斃れた。
騎士たちの間に歓声が上がる。
サラクンの騎士は弱いわけではない。
上層部は安穏のうちに腐敗しているが、現場の彼らは盗賊狩りやモンスター退治に東奔西走している。
個々の実力ではベテラン冒険者に及ばないもの、平地における集団戦においてはその強さを発揮する。
変異種のオーガを退治した彼らは、あらためて自分たちの強さを自覚し、自信を取り戻した。
だが、安心もつかの間――。
「モンスターが三体ッ。こちらに接近中ッ!」
副官の顔が歪む。
浮かれ気味だった空気は、一瞬にして霧散する。
木々が揺れ、地面が響く。
空気は妙に張り詰めていた。
飛び出してきた3つの黒い巨体――。
「変異種だッ!」
三体のオーガ。
どれも皆、黒い。
一体でも大変だったそれが、三体も。
「ヒダント砲はまだ撃てない。死ぬ気で粘るんだッ!」
その声には悲壮感が込められていた。
騎士たちも肚をくくる。
愛する者へ、心の中で別れを告げ、剣を構えた。
「2小隊ごとに分かれて対応しろッ!」
騎士たちは決死の戦いに身を委ねる。
彼らは気がつかなかった。
ドサクサに紛れて、彼らの上官が騎馬に乗って逃走していたことに――。
次回――『サラクン10:出動(上)』




